第122話 恩人
今、アース音楽団が滞在している街はラビット街
ラビット街の隣街にはマーキュリー街がある
私が1度目の世界で過ごしたことがある街
「ねぇ。ジャッカル。ラビット街の後はどこに行くの?」
「サクラ街だよ。」
「この辺りはもう来ない?」
「1年後か1年半後にまた来るよ。俺達は1年ぐらいかけてぐるぐる回って旅をしているから。」
「そう…」
1年後はきっと間に合わない
会いに行くなら今しかない
今の私は赤の他人だろうけど…
一目見るだけでも…
会いたい
私はホリーの部屋に行く
「お願いがあるの。」
「嫌な予感しかない。」
「今回は平和だから!」
「本当かな…。」
「隣街まで一緒に来て欲しいの。」
「え?嫌だよ。脱走したばかりのくせにまたそんな遠出したら信用なくすよ?」
「日帰りで帰ってくるから。」
「なんで行きたいの?」
「1回目の人生でお世話になった恩人に会いたいの。」
「へぇ〜。いいねぇ。感動の再会。俺そういうの好きだよ。」
「今世では会ったこともない…赤の他人だよ。向こうからは私のことなんてわからないから感動の再会なんてならないよ。」
「そうなの?じゃあどうやって会うのさ。」
「家の場所はわかるから。一目会えたら…それだけで満足。」
「切ないねぇ。記憶があるのはルナだけなんて。」
「時間回帰したんだもの。仕方ないわ。」
「そういうことなら大歓迎さ。一緒に会いに行こうか。」
「ありがとう。」
時間回帰のことを話したのがホリーで良かった
1人では行く勇気がなかったから
私の信じられない話を信じてくれて
一緒に行動してくれることが
こんなにも心強い
次の日になり、朝1番に馬車を捕まえて
私達は隣街のマーキュリー街へと出発した
馬車に揺られて1時間半ほどで到着した
「わぁ…」
1度目の人生の時と何も変わらない光景が広がっていた
マーキュリー街ではメイドとして働いていた為
街へ買い出しもよく行っていたので
見慣れた懐かしい光景に言葉を失う
ここで暮らした記憶がどんどん蘇る
八百屋のおじさん
パン屋のおばさん
広場で遊ぶ子供達
全員見知った顔だ
懐かしい
懐かしい
ここで暮らした幸せな日々の記憶が一気に蘇り
心が震える
「ルナ大丈夫?馬車から降りて一歩も歩けてないけど。」
「大丈夫じゃないかも…パン屋のおばさんに話しかけるだけで号泣してしまいそう。こんなにもセンチメンタルになるなんて予想外で…」
「監禁された街じゃないんだね。」
「監禁される前…このマーキュリー街で老夫婦の屋敷でメイドをして働いていたの。」
「マーキュリー街でメイドをしていた時は幸せだったんだね。」
「うん。本当にお世話になった…。とても優しい老夫婦だった…。」
動かなかった足がようやく動かすことが出来るようになった
大好きで大好きでずっと一緒にいたかった
使用人の私にも孫娘のように優しく愛してくれた
「着いた…」
アミュレット家の老夫婦
マシューお爺様とノアお婆様
このアミュレット家の屋敷も懐かしすぎてもう既に泣きそうだ
門から屋敷の様子を覗き見する
一目見れたら
それだけで
「うちに何か用でしょうか?」
「ひゃあ!!」
後ろを振り向くとノアお婆様がいた
「あ…あ…あ…」
私はボロボロと涙を流す
「ど…どうしたの?大丈夫?」
「う…うぅ…」
大丈夫だと言いたいのに号泣して言葉が出なかった
「俺達タイムリープしてきたんです。」
「…え?」
「ちょっ…え!?」
私はびっくりしすぎて思わず涙が引っ込む
「ホリー!?何言って…」
「1度目の世界線で、ルナはここの屋敷で働いていたんです。一目会いたくて来ちゃいました。」
絶句
全部言うじゃん
知ってる情報全部出すじゃん
こんな意味不明なこと言われて
新手の宗教の勧誘にしか見えないよ
不審者だよ
「あ…あの…気にしないで…」
「フフフッ。そうだったの。会いに来てくれてありがとう。ルナ。どうぞ屋敷でお茶でもしながらお話しでもしましょうよ。」
仏のような優しさ
本当に変わらないな…
こんな意味不明なことを言っているのに
屋敷に入れてくれるなんて
でも…こんなチャンスない
「ありがとうございます。お言葉に甘えて…」
私達は屋敷内に招かれて入る
客間に案内されて
私ではないメイドがお茶を入れてくれた
「私はアミュレット・ノアです。タイムリープのお客様のお名前は?」
「ホリーです。」
「ルナです。」
「ホリー。ルナ。よろしくね。」
「あの…マシューお爺様はいらっしゃいますか?」
「ごめんなさいね。今出かけているの。あと30分ほどで帰ってくると思うんだけど…」
「そうですか…」
「フフッ。お爺様の名前、教えてないのに知ってるのね。本当にタイムリープしたのかしら。不思議だわ。」
「あ…個人情報ですよね。申し訳ございません。」
「いいのよ。ルナは私のことどれぐらい知っているの?」
「えっと…紅茶はダージリンが好きで。チョコチップのスコーンと一緒にダージリンティーをよく召し上がっていました。紅茶の淹れた方を教わったのもノアお婆様からで…奥が深く苦戦しましたね。」
「…プッ。アハハ!!よく知ってるのね!きっと私達はとても仲が良かったのね。」
「は…はい!!大好きでした!!」
私は再び涙が止まらなくなってしまう
ノアお婆様がハンカチをくれて
ハンカチで涙を拭う
「もっと聞かせて欲しいわ。1度目の私達の話。」
私は思い出話をたくさんする
私の料理の腕をとても買ってくれてこの屋敷に採用されたこと
私を孫娘のように大切にしてくれたこと
紅茶の淹れ方だけではなく
お花の生け方
裁縫のやり方
ダンスのやり方まで
丁寧に私はノアお婆様から教えてもらったこと
毎日が幸せで楽しかったことを話した
ノアお婆様は私の話をにこやかに頷いて聞いてくれていた
優しい眼差しが嬉しくてつい調子に乗ってたくさん話した
夢中で話をしているとガチャッと音がして人が入ってきた
「ただいま。あれ?この子供達は…?」
マシューお爺様が帰ってきた
「マシューお爺様!!お久しぶりです!!」
私は高揚したテンションのままつい口走ってしまった
今世では1度も会ったことないのに
「…思い出せないけど。懐かしい気がする。どこでお会いしましたか?」
私の中では100点満点の回答をマシューお爺様はしてくれて感動する
時間回帰をしただけで
起こった事実は変わっていない
記憶はなくても
私達の過ごした日々は
確かにあったのだから
「20年前にここで働いていたメイドです。マシューお爺様。」
私はにっこりと答える
マシューお爺様はポカンとした顔で立っていて
ノアお婆様はクスクスと笑っていた
「そろそろ帰ります。お会いできて嬉しかったです。」
「またいつでも遊びに来てね。」
「いえ…おそらく最後になると思います。」
1年後、2人は亡くなる
ここに戻ってくる頃にはもう会えないだろう
「そう…残念だけど。会えて嬉しかったわ。ルナ。」
「こちらこそありがとうございました。お元気で。」
私達は屋敷を出て帰りの馬車を探す
「ホリーは本当に予想外に凄いことをするわね。今回ばかりは感謝しかないけど。」
「俺も気づいたことがあるんだけどさ。ルナって体は子供、頭脳は大人ってことだよね。」
「そうだね。」
「そのわりにはあまりにも行動が幼稚すぎてびっくりだよ。精神年齢30歳には見えないよ。中身おばさんならもう少し落ち着いた行動したら?」
「若い体を手に入れて力を制御出来てないの。」
「はしゃぎすぎだよ。おばさん。」
「次におばさんって言ったらぶっとばす。」
「余裕ある大人のルナちゃん見てみたーい。」
「無理だよ。1度目の人生だって16歳のガキだったんだから。子供時代の年数が増えただけの子供だもん。」
「そうだね。一生幼児だもんね。」
ゴスッ
私はホリーのお腹に肘鉄をする
「グェッ!!ひどいじゃないか!おばさんじゃなくて幼児と言ったのに!殴るなんて!!」
「人を怒らせるようなことばかり言うからよ。」
「事実を言っただけなのに。」
「事実は言ってはいけないの。お世辞というものをホリーは覚えなさい。」
私達は帰りの馬車を捕まえて無事にラビット街へと帰った