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落書きが聴こえる

作者: 幸京

ー50歳の僕へ、ノーベル賞をとりましたか?日本代表に選ばれましたか?億万長者になりましたか?どちらにせよ、きっと立派になっているでしょう。そうだ、今から行きます。会えるのが楽しみですー


気づくと見覚えのある部屋の天井が見える。走馬灯でも見たのだろうか、確かあれは卒業式の時に小学校の教室の壁に書いた落書き。それを思い出しているここは、出し忘れたごみ袋と多くの酒の空き缶が床に散らばる六畳一間のボロアパートだ。もしかして子供の俺が今の俺に会いに来たはいいが、この現状に絶望してあの落書きを思い出させたのか・・・。はっ、あ~くだらないと、自嘲しながら何も変わっていない光景にため息をつく。よく見ろ、これが50歳のお前だよ。離婚して決められた以上の養育費を払い終えても一度も子供に会えず。はっ、ろくなもんじゃねーよ、俺、いわばお前なんて・・・。

「えっと、こんにちわ」

寝転がったまま見上げていた天井の景色が突然変わる。

「うわっ!」

いきなり俺を覗き込む顔が出てきた。とっさに横に跳んで中腰になる。

「な、何だ、お前?おい!」と、部屋中に響く声を出すと、

「え?僕ですよ。昔のあなた。今から会いに行くって書いたじゃないですか」

俺の声量と質問に心底驚いた様子でそいつは答える。

そいつ、いやこいつ、というか俺、そう俺だ。そこに、ガキの頃の俺がいた。


「え、それでどうですか?大人の僕は何になりましたか?」

昔の俺は、今の俺の真正面に座りこんで、嬉々とした顔で聞いてくる。

誰かのイタズラなのか夢なのか、よくよく考えたらもうどっちでも良いと思う。

こいつが何であれ、もう俺にはやることは一つなんだから。どうせなら付き合ってやるか。

「おい、いいか。とにかく一生懸命に勉強をしろ。運動も出来ないなりに必死にやれ。そうだな、ロトの当選番号を教えてやるから成人したら買え。書いていたノーベル賞や日本代表は無理だが、億万長者にはなれるぞ」

「え、億万長者ですか?」嬉しそうにガキの俺は言う。

「ああ、そうすれば、そうすればよ、賢介に・・・」

言葉が詰まる。

「賢介?」

「あ、あ~、子供だ、俺のな。もう15年も会ってないけど」

「え?僕。結婚して子供生まれるんですか?でも離婚・・・ですか?」

「はは、リストラでな。再就職で元々低かった給料はさらに下がり、前の奥さんにも迷惑かけて。節約節約で小遣い減らされてイライラして喧嘩が絶えず。でもあいつがどんだけ必死にやってくれたのか理解した時はすでに遅しだ。いいか、高卒で成績もクソだから就職活動で苦労するぞ。だから勉強を頑張れ、運動もな。とにかく俺、お前は根性がない。出来なければすぐに投げ出す。いいか、どんなことも頑張るんだ。冷めて自分に逃げ道を与えるのはカッコ悪いぞ。努力を習慣化して大学に進学、そんで良いところに就職だ、あれ、そうなったらロトはいらないか。まぁ教えてもいいが、とにかく賢介にとってカッコいい親父になるんだ、いや、なってくれ。俺にはなれなかったカッコいい親父に」

「え、じゃあ僕、努力しないと負け犬ですか?」

狼狽えながらも言われる容赦のない返事に苦笑する。

「ああ、これがお前だ。でも頑張ったら、きっと・・・」

そこまで言ってふと思う。いやでも、こいつが進路変更したら元嫁には会えないんじゃないか?いや、会えても生まれてくるのは本当に賢介か?あの日、あの時に、俺達の元に生まれてきてくれたのが賢介なんじゃないか?賢介は生まれてこないのか?ダメだ、それだけはダメだ、絶対にありえない。

「あ~悪い、本当に悪い。お前はお前で、俺の話を全部忘れて自分の人生を自分なりに生きてくれ。そうすればあいつに会えて賢介も生まれる。だからー」

項垂れながら言うと、目の前の俺が姿そのままに、今の俺の口調で話す。

「意味があったんじゃねーの。これまでの負け犬人生にもよ」

驚き顔を上げると、そいつは明らかに怒気を含んだ顔で立ち上がり俺を見下ろしていた。

「誰でも人生は一度きりで、過去からやり直しなんて出来ないんだよ。今、絶望しても進めよ。何度でもよ。進めば諦めなければ必死になれば変われば、会えるかもしれないだろ。だから死ぬんじゃねーよ。死んだらもう、賢介に会えねーんだぞ」

子供の俺が泣きながら、転倒時に首から外れたロープを指さす。

そう、あの落書きの夢を見る直前、俺は自宅で首を吊っていた。

意識を失いかけるとロープを支えていた棒が外れて、そのまま頭を打ち気を失ったんだ。


気づくと寝転んでいた。景色は見慣れた天井で、周囲は変わらずゴミ袋と酒の空き缶だ。

窓からの景色は夕暮れになりかけているが、実際どのくらい寝ていたんだろう。

あれは夢だったのだろうか?いつのまにか首を吊るために巻いたロープはほどかれて、足元に置いてあった。昔の俺が今の俺に会いに来た。そんなありえない出来事であっても夢だとは思わないし、現実とも思わない。それは本当にどっちでもいい。

俺が今、そう今、こだわることはーーー、賢介に会うために必死に生きる。

さぁ、まずは家の掃除だ。部屋の汚れは心の汚れっていうしな。

立ち上がると、外から近所の子供たちが笑いながら下校するのが聞こえる。

そんな声を聞きながら「色々あると思うけど頑張れよ」そう誰にともなく力強く言う。

すると子供たちの声に交じり、あなたも、と聞こえた気がした。

きっと気のせいだと思う、けど。

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