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消失点

健一と美紀は、結婚5周年を祝うためにディズニーワールドを訪れた。


二人にとって初めての海外旅行であり、忙しい日常から離れてリフレッシュするための大切な時間だった。


健一は、この旅行が二人の関係をさらに深める機会になることを期待していたが、美紀は心の奥で不安を抱えていた。海外旅行でよく聞くスリの話が彼女の心に影を落としていたのだ。


「やっとこの日が来たね。ずっと楽しみにしてたんだから、思いっきり楽しもうよ。」


健一は、美紀の手を握りしめながら笑った。


「そうね。でも、やっぱり少し不安なの。初めての海外だし、何かあったらどうしようって。」


美紀は、Tシャツの下に隠した薄型のウエストポーチを軽く触りながら言った。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。二人一緒だし、しっかり準備もしてきたじゃないか。それに、せっかくここまで来たんだから、楽しまないと損だよ。」


健一は彼女に安心感を与えようと優しく微笑んだ。


「うん、そうだね。せっかくだもんね。」


美紀は微笑みを返したが、その笑顔の裏にまだ少し不安が残っていた。


◆◇◆◇◆


カルロス・リプロは、人混みに紛れながら、冷静にターゲットを選んでいた。彼はベテランのスリで、観光客の無防備な瞬間を狙うプロフェッショナルだった。


彼の目に留まったのは、美紀が時折触れて確認していたウエストポーチだった。彼女がそれを気にする仕草は、彼にとって最高のサインだった。


「この夫婦ならいける。彼女の警戒心が強いのがかえって都合がいい。」


カルロスは小さく呟いた。


カルロスは、パレードが始まる前に、観察を続けていた。美紀と健一の動きに目を光らせ、どのタイミングで行動を起こすべきかを冷静に判断していた。


◆◇◆◇◆


カルロスは、美紀と健一がパレードのキャラクターに夢中になっている瞬間を狙った。彼は周囲の人々の動きを注意深く観察しながら、美紀に近づいていった。


「ねぇ、あのキャラクター、すっごく可愛い!写真撮っておこうかな。」


「いいね。俺もあれ、かなり気に入ったよ。後で一緒に撮ろう。」


カルロスはわざと少し速足で歩き、夫婦の少し前を進む。そして、前方から別の観光客が夫婦に向かって歩いてくるタイミングを見計らい、さりげなく体を少し左に傾けた後、急に右に体をよける動作を行った。


前方の観光客はあわててカルロスを避けるが、急に現れた美紀にぶつかる。


ドンッ!!


「わっ。」

「Oops, sorry!」


「大丈夫?」

「うん、大丈夫。びっくりしただけ。」


健一の気遣いに美紀は微笑みを返し歩き出すが、内心では少し動揺していた。


カルロスは美紀が油断している隙をつき左後ろに回り込む。歩行ペースを合わせ、Tシャツ越しにポーチのファスナーに手をかけ、ゆっくりと開けた。二人は先ほどの観光客に意識が向かい、カルロスに気付かなかった。


◆◇◆◇◆


パレードもクライマックス。楽しみにしていた二人は周囲の観客に押されながらもキャラクターたちに近づく。


「見て、あれ!すごくきれい!」

「ほんとだ、これはすごいね。」


 二人がパレードに目を惹かれている最中、カルロスは美紀の背後に迫る。群衆に紛れそっと右手をポーチに伸ばし、慎重に財布の端を掴み、引き寄せ、自身のカバンに滑り込ませた。彼はその場をさりげなく離れ、人混みに姿を消した。


美紀はしばらくパレードを楽しんでいたが、ふとした瞬間に何か違和感を覚えた。


腰元を確認しようとしたとき、彼女は胸のあたりに冷たい汗が流れるのを感じる。


「健一、ちょっと待って……」


彼女は少し戸惑いながら、慎重にポーチに手を伸ばした。


「どうしたの?」

「財布が……ない……」

「なんだって?!」


健一は驚いて周囲を確認したが、怪しい人影はない。


ショックと失望が彼女の心に押し寄せた。二人で貯めた旅行資金が一瞬で消え去ってしまった現実が、彼女を打ちのめした。


「どうしよう……こんなことになるなんて……」


美紀の目に涙が浮かぶ。

健一は美紀の手を取り、何とか彼女を落ち着かせようとしたが、自分自身もどうすべきか分からない。


「一緒に考えよう。何ができるか整理しないと。」

「でも……どうしてこんなことに……」


美紀は自分を責めるように呟いた。


「美紀はちゃんと注意していたよ。スリに気づけなかったのはむしろ俺の責任だから。自分を責める必要はないよ。」


健一は彼女の肩を優しく抱いた。


◆◇◆◇◆


その夜、ホテルの部屋で二人は何度も話し合った。美紀は泣き崩れ、どうしてもっと注意しなかったのかと自分を責めた。健一もまた、彼女を守れなかったことに対する無力感を抱いていた。


「もう……どうすればいいのかわからない……」

「大丈夫だよ美紀。お金は失ったけれど、僕らはお互い無事で一緒にいる。これからどうするか考えよう。」


健一は決意を込めて言った。


「そうね……この経験を無駄にしたくない。私たちはもっと賢くなる必要があるわ。」


決心した二人はすぐに銀行に連絡し、カードの使用を停止した。それから残りの旅行期間に備えて準備を整えた。お金を失ったショックはまだ残っていたが、二人はそれを乗り越え、より慎重に行動することを誓った。


健一は安心させるように微笑んで美紀に言う。


「残りの旅行も楽しもう。お金は失ったけど、他に大事なものを手に入れたんだから。」

「そうね、私たちの絆はもっと強くなった気がする。」


二人はお互いを見つめ合い、その瞬間、失ったもの以上に大切なものを再確認した。お金や物は取り戻せないが、二人の信頼と愛情は一層深まったと感じていた。


その後の旅行は、慎重さを持ちながらも楽しみを見出し、以前よりも落ち着いた心で過ごすことができた。どこかしらで不安はあったが、二人はお互いを支え合いながら、楽しい時間を過ごした。


二人は手を取り合い、これからも一緒に乗り越えていくことを誓った。

こういう紛失防止タグを財布やポーチに入れておくと、なくしてもすぐに探せるから少し安心。


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