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第25回 妖精姫の反逆 The Fairy Princess' Rebellion

妖精のブランとノアールは大の仲良し。

大人になってもずっとずっと一緒にいられると思っていた。


でも――。世界樹は、妖精王はそれを許してはくれなかった。

成人を迎えた妖精はみな、人間を模した "妖精姫" の姿となり、人間の国の王子に嫁ぎ、その国の人々を手助けしなければならなかった。


ブランは南の島国に。ノアールは北の山岳国に。

どうして離れ離れにならなければならないのか。


やがて片方の妖精姫が人間に逆らった。

もう片方の妖精姫は反逆者となった友を守るため、運命に逆らった。


「わたしと離縁してくださいませ!」

「いいや、離縁しない」


人間の益となるはずの妖精姫が反逆者となった。

世界はそれにどう反応するのか。

興味を持った南の島国の王子が、妻となった妖精姫に手を貸す、そんな物語。

「さあ、妖精姫たちよ。出立のときだ。ブランは南の島国へ、ノアールは北の山岳国へ行くがよい」


 金色の、偉大なる妖精王がそう叫ぶと、世界樹の幹に大きな "うろ" が出現した。

 うろの中は目もくらむような強い光で満たされている。


 この妖精の国に住まう者たちはみな、この聖なる巨木の根元にある花畑から生まれていた。

 色とりどりの花から、その花の色の()()()()()が発生し、その背中から同色の羽が生える――それがここの妖精たちの姿だった。


 ブランとノアールも、この国で生を受けていた。

 ブランは白い花から。ノアールは黒い花から生まれていた。

 ブランは透明な羽と白く発光する幾何学模様の体を。ノアールは薄く色づいた黒い羽と黒く発光する幾何学模様の体を持っていた。


 晴れの日も雨の日も、ブランたちはお互いだけを友として生きてきた。


 だが今、ブランはかつての妖精の姿ではなくなっている。


 妖精たちは成人するとみな、妖精王に "人間を模した体" へと作り変えられていた。

 "妖精姫" という名をつけられ、人間らしい見た目となり、人間の国の王子たちに(とつ)がされ―― "力" を使ってその国の人間たちを助ける使命を負わされていた。


 ブランは人間の大きさにまで体積を増やされ、頭に長い白髪を生やし、フリルのたくさんついた真っ白なドレスを身に着けさせられていた。

 ノアールも人間の大きさにされ、頭に長い黒髪を生やし、ドレープの多い真っ黒なドレスという格好をさせられていた。

 髪や服はブランたちの心情を表しているように、常にざわざわと生き物のようにうごめいている。

 

(気持ち悪い……)


 こんな姿になることが、自分たちの未来だったなんて。

 信じたくなかった。受け入れたくなかった。


 気が付くと隣にいたノアールが、すっと前に出ていた。


「ノア……?」

「か、体が……勝手に……」


 ノアールは自分の意思とはうらはらに、世界樹のうろへと近づいていた。


「待って! 待ってノア!」

「嫌……ブラン、あたし、行きたくない……!」


 振り向いたノアールの両目からは、涙がとめどもなく流れていた。ブランは必死で手を伸ばしたが、周りの小さな妖精たちに囲まれて阻まれてしまう。


「ノア、ノア!」

 

 寝相が悪くて、しょっちゅう羽の先を折り曲げてしまっていたノア。

 泉の水より、雨水を体に取り込むのが好きだったノア。

 意味もなく自分の名前を呼ぶのが好きだったノア。

 暇さえあれば、お互いの幾何学模様を重ねて遊んでいたノア。


 そのノアが今、目の前から消えようとしている。


 ブランは震えた。

 ずっとそばにいた存在がいなくなるなんて、ありえないことだった。だが、こうしている間にもノアの体はどんどん遠ざかっていく。やがて「ブラン」という声だけを残して――ノアは消えた。


「嫌……ノアーーーーッ!!」

「さあ、次はお前の番だ、ブラン」


 妖精王の低い声が、頭上から降りそそぐ。

 もう無二の親友はいない。誰も自分たちを助けてはくれない。ブランは絶望に打ちひしがれながら、世界樹の強すぎる光に()まれていった――。



 気が付くと、知らない土地にいた。

 目の前にはやけに小さくなった世界樹があった。この世界樹は……妖精の国のものとは明らかに違う。ブランは一瞬で、ここが嫁ぎ先の人間の国だと悟った。


「たしか南の島国って……」


 あたりを見回すと奇妙な植物が生えていたり、虫や鳥などが飛んでいた。


「ようこそおいでくださいました、妖精姫様!」


 突然大きな声がして、ブランは跳びあがった。いつのまにかガラの悪そうな男たちに取り囲まれていた。

 彼らは一様にして、植物でできた簡素な服を着ている。

 困惑していると、奥からさらに奇妙な恰好の男たちが現れた。


「なるほど。この者が、かの妖精姫殿というわけか! セルビム?」

「はっ、トロピコ様。"世界樹の分け木" から出でし乙女は妖精姫である、そう歴史書には記されております」


 大柄な若い男はくすんだ金色の長髪を何本も細く編んで、背中側に垂らしていた。頭には五色の鳥の羽と思わしき飾りをぶら下げ、服も同じく五色くらいの布を取り合わせた派手なものとなっている。

 彼は「トロピコ様」と呼ばれていた。

 身分の高い相手――であれば、この男が自分の嫁ぎ先の王子、なのかもしれない。


 すぐ横の、細い目をした黒髪の男は「セルビム」と呼ばれていた。どうやら側近のようだ。黒っぽい布を体に巻き付けて、身長と同じくらい大きな杖をついている。


 ブランは男たちに囲まれ少し緊張していたが、改めてあいさつをした。


「お初にお目にかかります。妖精の国から参りました――純白の妖精姫ブランにございます。以後お見知りおきを……」



 ☽☾



 淡い黄色の光が、まっすぐにこの白亜の宮殿へと落ちてくる。

 流星のように。(くら)い夜空を切り裂きながら。

 純白の妖精姫に与えた離れの塔へと、それは迷いなく降りていく――。


 南の島国の王子トロピコはその様子を執務室の窓から眺めていた。


「あれが、連絡係の妖精だと。そう言うのかセルビム?」


 室内に視線を戻すと、セルビムがそばに控えていた。

 彼はいわゆる賢者と呼ばれる存在だが、十年ほど前に先代の王に拾われ、以来トロピコの指南役となっている。今ではしょっちゅう共にいて会話をするような仲だった。


「ええ。各国の文献によれば、およそそのような存在であるとされています。遅くとも輿入れ当日の夜までには妖精姫のもとへ来て、嫁ぎ先の受け入れ状況などを聞き取り、また報告に戻るようです」

「偵察係、というわけか」


 昼の間に、トロピコと妖精姫の結婚式はつつがなく終えられていた。


「なんら不備や失敗はなく、丁重にもてなせたと思うのだが、どう思う?」

「そうですね……正妃でも側妃でも受け入れてさえしまえばあとはなにも起こらないのですが……輿入れ自体を拒否すると災禍が発生するといわれていますね。ですが、どの国も妖精姫の益を避ける理由がないので、そういう事例自体存在してません」

「そうか。妖精姫の益……あの者の場合はいったいどのような力があるのだろうな」


 妖精姫は個別の力によって各国に違う益を与える。

 ある国では農作物の収穫量が増え、ある国では常に民が健康になり、ある国では湧水が枯れることなく、ある国では天候が安定するようになった。


「私が見たところ、あれは人間の精神面を変化させているようですね」

「精神面?」

「ええ。今日一日臣民たちを観察していましたが、いつもはものすごい荒くれ者たちであるのに、妖精姫の前では怖いくらいおとなしくしていました。おそらく、あれは人を操る能力があります」

「人を操る……」


 それはこの国にどのような益をもたらすのだろうか。

 トロピコが思案していると、背後から急に鈴のなるような声がした。


「夜分に失礼いたします、トロピコ様」


 振り返ると、白く輝く幾何学模様が窓の外に浮いていた。

 異様な光景に息をのむ。それは一瞬ののちに部屋に入ってくると、体組織をすぐ変化させて昼間見た白い娘に変化した。

 ざわざわと白い髪の毛が伸びて結い上げられ、ドレスにフリルが生成されていく。


「緊急のため、こちらの窓から参上いたしました。発言の続きの許可を得ても?」

「……ああ、許可する。いかがした、純白の妖精姫殿」


 動揺が悟られないようトロピコは努めて冷静に応じる。


「……ブラン、とお呼びください。実は先ほど連絡係の妖精が来たのですが、聞き捨てのならない報せを受け取りまして。我が友ノアールが――北の山岳国に嫁いだはずの無二の親友ノアールが、謀反を起こしたというのです」

「なんと……」


 トロピコはセルビムと顔を見合わせた。

 妖精姫が反乱を起こすなど、聞いたことがない。おそらく人類史上初めてのことだった。妖精姫は強い口調で訴える。


「どうか、わたしと離縁してくださいませ! このままでは我が友ノアールが反逆者として罰を受けてしまいます。わたしは今すぐ、彼女を助けに行きたいのです。そのためには――」

「いいや、離縁しない」

「えっ?」


 自分でも意外なことを言ったと思った。

 トロピコは続ける。


「むしろ、俺たちも共に征こう!」

「本気……ですか? わたしはこれから謀反人を助けようというのですよ? それに付き合うなら、あなた方も世界からどう見られるか……」

「かまわん。もう貴女は我が国の妃だ。国の益ともなろう貴女をみすみすここで手放すわけにはいかない。それに、うちは代々海賊の家系だ。今は海運業、となっているが……王として落ち着く前にもうひと暴れしておきたい。血が騒ぐな」


 それは半分本当のことだった。

 海賊の血が騒ぐ。

 だがもう半分は、ブランの能力を見極めるため。また世界情勢がどう動くかを見定めるため、ここで彼女についていくのが得策だと思ったからだった。

 セルビムを見るとニヤニヤと笑っている。おそらくこちらの考えていることをすべて見透かしているのだろう。

 大丈夫だ。自分には妖精族に対抗するための ”五色の守り” と、それを授けてくれた賢者がいる。



 かくて南の島国は、王子トロピコの一存によって出征の運びと相成った。

 それは妖精姫の反逆の報と共に、世界中を駆け巡ったのだった。

【メモ】

・第二会場

・15pt、総合順位66位

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