第11回 歩道橋の上で、夕空の欠片を集めていた君は
【あらすじ】
写真部に所属する高一の男子、要かなめは、冬休み中に雑誌主催の写真コンテストで大賞をとる。
しかしそれは、スマホで撮っただけの何気ない夕空の写真だった。
他の部員たちはその事実に納得がいかず、要をやっかみ、逆に馬鹿にするようになる。
居心地が悪くなった要は、彼らからだんだん距離をとるようになる。
そんな要はある日、地元の歩道橋の上で少女の幽霊と出会う。少女は自分の名前や死因さえも思い出せない、記憶喪失の幽霊だった。せっかく見える人に会えたのだからと、少女は要に名前だけでもつけてほしいと頼む。
「うーん。じゃあ、夕方に出会った幽霊だからユウ、ってのはどう?」
「ユウ、か。いいわね。気に入ったわ!」
その後もなぜか足が向き、歩道橋に行く要。会う度に少女は記憶を少しずつ取り戻していく。しかしその先には、残酷な真実が待ち受けていて――。
写真を通して少女の謎が明かされていく、青春ミステリ。
高一の冬、僕は雑誌主催の写真コンテストで大賞をとった。
写真雑誌『レンズ』の特集ページには、僕の名前がでかでかと載っている。そして、スマホで撮っただけの綺麗な夕空の写真も。
「嘘だろ……」
ダメもとで送ったのに、まさか「大賞」に選ばれるなんて思っていなかった。
僕は震える手で雑誌を閉じ、書店のレジに向かう。
嬉しいのが半分、怖いのが半分。
案の定、ネットでは僕の写真を酷評する人たちであふれかえった。「スマホで撮ったやつを大賞に選ぶなんて」「コンテストの審査も落ちたものだ」とかなんとか。でもそれよりなにより心配だったのは、学校のみんなに知られないかということだった。特に写真部のやつらにバレるとまずい。
でも、杞憂は現実となってしまった。
三学期の始業式。
僕の許可なく、それは校長先生により発表される。
「えー、年末年始、みなさんはどう過ごされていたでしょうか。それぞれにやりたいことがあったかと思います。ところで一年生の宍戸要ししどかなめくんですが、なんとこの冬休み中に写真のコンテストで大賞を――」
いわく、校長先生も写真が趣味でよく『レンズ』を買っていたんだとか。
盲点だった。あれはわりと値段が高いから、学生で買うやつはあまりいないと思ってたのに。でもそうだよな。大人だったら普通に買えちゃうもんな。
その後、あの掲載ページは職員室前の見やすいところに貼られた。顧問の先生はすごいなと褒めてくれたけど、やはり写真部のやつらからはあまりいい反応をもらえなかった。どころか、ネットと同じで僕の作品をぼろくそに批判してきた。
「宍戸、良かったな。スマホごときで大賞がとれてさ」
「まぐれだよ、まぐれ」
「だよなあ。やっぱカメラは一眼レフに限るよ」
そんなことがあって以降、僕はあまり部に近寄らなくなってしまった。
スマホの何がいけないんだ。
そりゃ簡単そうに見えるから下に見る人だっているけれど……でも僕は。
かつて、こう言ってくれた人がいる。
『どんな機材で撮ったって、良い写真は良い写真なんだよ。その価値は変わらない』
誰だったかは忘れてしまった。
けれど、今でもその言葉は僕の胸の中で生きている。
一眼レフも持っているけれど、僕は気軽にすぐ写せるスマホのカメラの方が好きだった。今は高性能なカメラのついた機種がたくさんある。あれを悪く言うやつは全員、スマホを作った人たちに謝ってほしい。
■
ある日の帰り道。
僕は最寄り駅に降り、商店街を抜け、環状八号線を南下していた。
トラックが速度を上げ僕を追い越していく。風が起こり、街路樹の葉が舞いおちる。陽は徐々に傾き――空は切ないほどのオレンジ色に染まりつつあった。
「あ、あの雲すごいなあ……」
空いっぱいに何層もの雲が広がっている。
その中でも西日近くのやつが特に雄大で、陰影も相まってものすごい迫力を見せつけていた。写真に対する熱意が、三学期の始業式以降ダダ下がりになっていたけれど、久々に撮ってみたいという気持ちが沸きあがってくる。
近くに見晴らしのいい場所はないかとロケーションを探していると、あった。一度も使ったことがない歩道橋が。
登下校の途中にあるこれは、いつも置き物と化していた。
僕が物心つく頃にはすでにあった。
今では塗装がところどころはがれ落ちたまま、放置されてしまっている。
階段を上り、橋の部分に移動する。
下には信号のない横断歩道がある。車がちょうど途切れたのか、自転車と数人の歩行者が渡っていた。
よほどのことがない限りこの歩道橋を使おうという人はいない。
現に僕以外誰もいなかった。
「うん、やっぱりここからだとよく見えるな」
ポケットからスマホを取り出し、西に向かって構える。
脇を締めて、そっと撮影ボタンを押す。かしゃり。
夜景モードにするには少し早いと思ったから自動で撮ったけれど、案外悪くなかった。青からオレンジに染まりゆく空と、影になってる雲と、家々。それから橋の上にいる少女――。少女?
「あれ? 今そこに……」
僕以外、誰もいなかったはずなのに。
いつの間にか赤いマフラーをした少女がいた気がした。でも、画面を確認すると誰も写っていない。
「そんな馬鹿な……」
目の錯覚かと両目をこすり、顔を上げると――なんとその少女が目の前にいた。
わっと思わず飛びのく。
「あれ? もしかして君、私が見えてるの?」
鈴を転がすような声。
どういう意味だろう。わけもわからず黙っていると、少女はつぶらな瞳をぱっちりと開けて言った。
「声も、聞こえるみたいだね。嬉しい! 初めてよ。私に気付いた人は!」
赤いマフラーの先をぶんぶんと振って、少女は楽しそうにその場で飛び跳ねる。黒いコートの下のスカートがひるがえって、僕はあわててそこから視線をそらした。
「えっと……あの、勝手に撮ってしまってすみません。でも君じゃなくて、あっちの夕空を撮っていただけですから。なのでええと……さよなら!」
ちょっと変な人なんだと思って、すぐに回れ右をする。でも僕の足は、すぐにぴたりと止まってしまった。
どうして……。
後ろにいたはずの彼女が、もう目の前に移動している。
「待ってよ。もう少し、お話しよ?」
ぞっと怖気が立った。
なんだ、これは。かなり普通じゃないことが起きている。もしかして……。
認めたくなかったが、でもそうだと思わざるを得なかった。僕は一旦逃げるのをやめ、少女と対峙する。
「さっきから、なんなんだ? 君は……。僕に、何か用?」
「やだなーもう、わかってるくせに。私はね、幽霊だよ。ねえ、今スマホで写真撮ってたでしょ? そこに私、写ってた?」
「……」
やはり。そうか。
確信したことで、さらに全身に鳥肌が広がっていく。僕は冷静に答えた。
「いや……写っては、なかったよ」
「そう。やっぱり私、その程度の霊なのね」
「君は……」
「あのね、私、記憶がまったくないの」
「え?」
「記憶喪失。自分の名前も、死因さえ思い出せない。なんでここにいるのかも」
そう言って、少女は歩道橋の欄干に手をつく。
その姿はとても幽霊らしくはなかった。はっきりと僕の目には見えていたからだ。頭の先から、足の先まで。
「ねえ、せっかく見える人に会えたんだからさ、名前つけてくれないかな」
「名前?」
マフラーの上には、セミロングの髪の毛がかかっている。
生きているならばこの強い風に吹かれていただろう。けれどそれは、頭の動きに合わせて揺れているだけだった。
彼女が僕を見る。
「そう。ずっとなくて困ってたのよ。ね、お願い!」
「うーん、そうだなあ……。じゃあ、夕方に出会った幽霊だからユウ、ってのはどう?」
「ユウ、か。いいわね。気に入ったわ!」
そうして彼女はパッと花が咲いたみたいに笑った。
その顔が、とても可愛くて。
思わず僕はドキッとしてしまう。あれ、おかしいな。すぐにこの場を離れたかったはずなのに。
「ね、またここに来てくれない? ずっと独りでいると寂しいのよ」
「……」
どう返事をしていいかわからずにいると、なぜか少女の体がどんどんと薄くなっていった。
「ね、お願い。君が初めてなの。ここで私の姿を見つけてくれた人は。ねえ、お願い。そうじゃなきゃ、私……」
西日が、雲の中に隠れてしまったのか、辺りは急に暗くなってしまった。
それと同時に、少女――ユウの姿もかき消えてしまう。声も、聞こえなくなってしまった。
「なんだったんだ……」
まるで白昼夢だった。僕は歩道橋を後にし、自宅に帰る。
スマホのアルバムを見返してみると、やはりどこにもあの少女は写っていなかった。ただ綺麗な夕空が写っているだけである。
「歩道橋、歩道橋……」
気が向いたので、あの場所を地図で確認したりもしてみた。過去にあのあたりで事件や事故がなかったかどうかも検索してみる。でも、いずれもあの年ごろ――僕と同年代くらいだった――の女の子が死んだというニュースはヒットしなかった。
■■
翌朝。僕はまたあの歩道橋に寄ってみた。
けれどもう、どこにもあの子の姿を見つけることはできなかった。
「何をやってるんだ僕は……」
しかし、どうしても気になって下校するときにもまた寄ってみた。
昨日と同じ時間帯。西の空がオレンジ色になり、辺りも暖色系に染まっている。でも、あの子の姿はやはりなかった。
「やっぱ気のせい、だったのかな……」
僕はスマホを取り出した。昨日とは違う空の色。雲の形。それだけでも収めておきたいと撮影ボタンを押す。かしゃり。
すると――あのユウが現れた。
「あ、やっぱり来てくれたんだ! 嬉しい! えーと……そういえば君、なんて名前だったっけ?」
思いもかけなかった再会に、僕はひそかに胸を熱くした。
この子は、幽霊なのに。こんな風に思うなんておかしいと思った。でも、僕は笑って言う。
「僕は、宍戸要。また会えるとは思ってなかったよ、ユウ」
「へへっ、そう。ユウって名前、つけてくれたよね。ありがと、要」
ユウもそう言って笑う。
でも、その時彼女の身に何かが起こった。
「あ、あああっ……!」
苦悶の表情。そして、ユウは頭を押さえ、がくりとうなだれた。
「ど、どうした……ユウ」
「あ、わ、私……あの人に………………こ、殺された」
【メモ】
・第二会場
・32pt、総合順位3位、会場1位