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雑学探偵 雲竹九十九 失踪事件プロファイリング

作者: 鈴木道草

 あるアパートの一室で若い男性の遺体が発見された。発見したのは登録制のフードデリバリーで働く30歳の男性で、指定された時間に品物を届けに来たところ、玄関のドアがわずかに開いており、中を覗いてみると男性が倒れているのが見え、声をかけたが反応がないので近づいてみると、どうやら亡くなられているようなので、警察に通報したという。


 遺体には目立った外傷もなく、特に不審な点も見られなかったので、心筋梗塞の可能性が高く事件性なしとみられていたが、行政解剖の結果、意外にも死因は窒息死であることが明らかになった。さらに、両手首を詳しく検査すると縛られた形跡があることもわかり、一転して殺人事件として捜査が開始されることとなった。署内では初動捜査の遅れを非難する声も囁かれた。


 捜査一課の溝口警部は、第一発見者の男にもう一度事情聴取するため連絡すると、いま事件現場の近くにいるというので現場で落ち合うことにした。思えば配達先の客が死んでいたというのに、妙に落ち着いた態度であったと気になる節もあった。

 事件現場では、改めて鑑識や捜査員達が作業を行っている。少しして、先日のスポーティな服装とは打って変わってカジュアルな服装の男が訪ねてきた、第一発見者の男だ。名前が変わっていてなんといったかなと思いつつ、

「わざわざご足労願って、申し訳ないね」

 と、溝口警部は優しい言葉で労をねぎらった。が、その眼は口ほど優しさを見せてはいなかった。


 男は「先日は持ち合わせていなかったので」と、自分の名刺を差し出した。

 名前は雲竹九十九、肩書には私立探偵とある。

「うんち・・・」

「いえ、『くもたけ』と読みます」

「そうそう、『くもたけつくも』さんでしたな?昔の人のような珍しいお名前だ。雲竹さんは配達員ではなかったのですか?」

「ええ、本業は私立探偵をしています」

「では、事件日に配達をしていたのは仕事の絡みで?」

「えー、まあ、そんな感じで・・・。その辺は業務上の秘密と申しますか・・・」

 と、雲竹はちょっと見栄を張ってみたが、本当のところ探偵業は全くの閑古鳥状態で、アルバイトをしなければやっていけないというのが実情であった。

「それじゃあ、ここへ配達に来たのは調査か何かで?」

「いえいえ、ここに来たのは偶然でして」

 この男、なにやら隠し事をしているようでどうも怪しい。溝口警部は不信感をますます募らせた。


 少し話したあと、今一度、発見時の状況を詳しく説明すべく、二人はアパートの中へと移動した。

「実は、亡くなられた方は殺された可能性が出てきましてね」

「本当ですか?しかし、外傷はなかったようでしたし、死因は何ですか?」

「窒息死です」

「窒息ですか?」

「ええ」

「でも、首を絞められた跡はありませんでしたよね?」

「そうです。よく見ていますな」


 本当に覚えていて言っているのだろうか?自分が犯人だから首を絞めていないことがわかっているのではないか?と、溝口警部は考えていた。


「じゃあどうやって窒息させたんでしょう?」

「それは、いま捜査中でね。雲竹さん、他に何か気付いたことはないかね?なんでもいいんだけどね」

 雲竹から情報を聞き出すことで、例えば犯人しか知らないようなことが出て来はしないかと、溝口警部は期待しているのだ。

「そうですね。テーブルの上にはウィスキーが出たままになってましたね」

「ああ、これだね。サントリーの角瓶か」

「サントリーの社名の由来は社長が‟鳥井‟だから”トリイさん”をひっくり返してサントリーにしたそうですよ」

「ほう。そうかね?それで?」

「部屋の隅に、車のタイヤがありますね」

「どうやら被害者は車好きのようだね。これはブリジストン製だな」

「ブリジストンの社名の由来は、社長の名前が”石橋”で、直訳したブリッジ・ストーンからきているんです」

「それは、有名なエピソードですな」

「それなら、これはどうです?」

 と、何やら探し物をしている様子で、

「食品包装用ラップフィルム、いわゆるラップは元々アメリカで、銃弾を包み湿気から守る為に作られたもので、その工場で働く従業員の奥さんのアンさんとサラさんはとても仲が良く、二人でよくピクニックへ出かけたのだけれど、その時にサンドウィッチを包むのにラップがとても具合が良かったので、これを食品用として売り出そうということになり、二人の名前を商品名にしたそうです」

「アンとサラ?」

「いいえ、順番が逆です」

「サラとアン?」

「そう。サラアン」

「サラアン・・・ラップ?・・ああ!サランラップ!」

「正解です」

「雲竹さん、なんでもとは言ったけど、別にあなたのウンチクを聞くために来てもらったんじゃないんだが・・・」

 溝口警部は少しむっとした口ぶりで言いながら雲竹のほうを見ると、冷蔵庫を開けて扉側の棚を指さしていた。そこにはなぜか、ラップが入っていた。

「探し物がみつかりましたよ。冷蔵庫の横にはちゃんとラップを置く場所があるのに、ポッカリと空間になっていたので、不思議に思っていたんです」

 そういって、ラップを切るヤマギリの頂点の部分を指さすので、溝口警部が近づいて見てみると、そこにはクッキリと親指の指紋がついていた。

「もし犯人が、このラップを使って被害者を窒息させたのだとしたら?」

 溝口警部は、ハッとなってすぐさま外にいる鑑識を呼びに飛んで行った。


 ラップケースに付いていた指紋は、被害者の入っていた車好きが集まるサークルのメンバーの一人と一致。溝口警部の取り調べにあっさりと犯行を認め、初動捜査の遅れを完全に吹き飛ばすスピード解決となり溝口警部の株を上げた。


 犯人は、被害者と酒を飲んで酔いつぶれさせたあと両手を後ろ手に縛り、ラップで顔をぐるぐる巻きにして窒息させて殺害した。

 被害者が死んだのを確認して手を解き、ラップも剥がして持ち帰って処分したようだ。手を縛るのには部屋にあった家電のコードを使い、ラップも被害者宅にあったものであるから、犯行は計画的というよりは発作的といえるだろう。

 犯行の隠ぺいを謀っているときに、窓からフードデリバリーの配達員が自転車でやって来たのが見えたので、とっさにラップを冷蔵庫に隠して逃げたようだ。

 犯行にラップを使った理由としては、外傷がなければ心臓発作のような病死として処理されるのではないかと思ったと供述している。

 変死体が行政解剖されることを知らなかったようだ。


 現在の警察の捜査能力と科捜研の力を持ってすれば、今回の事件も当然解決できたことは疑う余地はないが、ここまでスピーディに解決できたのは、あの雲竹というウンチク探偵のおかげだろう。溝口警部の中に、ウンチク探偵の名前が深く刻まれた。



 雲竹九十九が雑学に興味を持ったのは、やはり彼の名前が「雲竹」などという風変わりで雑学と似た意味をもつ「薀蓄うんちく」と重なるからなのは、想像に難くない。その延長でクイズやミステリー、超常現象なども雲竹の大好物である。


 自宅兼探偵事務所は今日も相変わらずの閑古鳥が鳴いていた。昼近くになって携帯にフードデリバリーの依頼が入り始めたので、雲竹は事務所に留守の看板を出すと、スポーティな服に着替えデリバリーのバイトに出ることにした。


 何件かの配達をこなし、路上の自販機でコーヒーを買い休憩していると、向かいの電気屋のテレビで流れていたワイドショーに 『山田さん一家の遺体発見!無理心中か!?』というテロップが踊った。


 山田さん一家と言えば、およそ5年前の春に一家4人が姿をくらました事件で、父(58)母(51)娘(27)祖母(80)そして一家の愛犬までもが忽然といなくなるという神隠し事件として有名な前代未聞の事件である。

 事件当時、雲竹もこのミステリーをあれこれと推理したものだが、決定的な結論には至れなかったことを思い出した。


 日も暮れかけたので、バイトを切り上げて事務所に戻ると留守番電話にメッセージが入っていた。相手は捜査一課の溝口警部であった。

 さっそく連絡を取ってみると、相談があるので一緒に晩飯でもどうかというので、二つ返事でオーケーした。


 待ち合わせ場所のカレー屋に着くと店の中で見覚えのある50がらみの男性がこちらに手を振った。溝口警部がいる席はボックス席で、建物の構造上の都合で、そこだけがカウンターや他のボックス席と離れた隅にあり、こっそりと相談するには恰好の席であった。


「俺はここのカレーが好きでね」

 運ばれてきたカレーを美味しそうにほおばりながら、もごもごと警部は話した。

 スプーンの手を止めた雲竹が唐突に、

「カレーで思い出しましたが、うんちの色はどうして茶色なのか知ってます?」

 と、言うのを受けて、溝口警部は飲みかけていた水を吹き出しそうになった。雲竹はおかまいなしに、

「それは胆汁という消化液が黄色で、それに腸内細菌が影響してこの色になるそうですよ」

「だから何を食べてもこの色なのか。いや、それはいいけど、食事中の話題にはふさわしくないな」

 溝口警部はちょっと食欲を無くしたようでスプーンが止まった。

「それで警部さん。相談というのはなんでしょう?」

「それなんだけどね。雲竹さんは、山田さん一家失踪事件は知ってる?」

「ええ、もちろん。有名な事件ですからね。遺体が発見されたそうですね?」

「ああ、そうなんだよ」

「どこで発見されたんです?」

「ダム湖でみつかったんだ。車ごとね。4人と1匹の遺体があったよ」

「事件性はどうなんです?」

「ないね。いまのところ外傷などもみつかってないし、状況的には無理心中が濃厚だと思うけど、雲竹さんはどう思う?」

 雲竹は少し考えてから、もう一度状況を整理してみましょう。と、言った。


「確か母親は、失踪が発覚した日に社員旅行へ行く予定だったんですよね?」

「だけど、待ち合わせの場所に現れなかったので心配した同僚が、家を訪ねて異変に気付いたんだ」

「娘さんは、翌日が休日だったので実家に何かを取りに帰ってきたんでしたっけ?」

「そういう情報もあるね。しかし、無理心中であれば父親が呼んだ可能性も考えられる」

「4人はパジャマ姿のままいなくなったんでしたね」

「そう。サンダルにパジャマ姿だね。それで何者かに拉致されたなんて噂もあったが」

「それは論外ですね。大の大人4人を物音もたてずに連れ去るには、それなりの人数が必要だし、犬まで拉致する必要がないでしょう」

「なるほど。たしかに。そうなるとますます無理心中の線が強いということか」

「いえ。私はそうは思いません」

 溝口警部は驚いて、

「えっ!?無理心中じゃないの?」

「違うと思いますよ。無理心中にしてはおかしな点が2つあります。まず動機がみあたらない」

「動機については、奥さんの浮気で父親が悩んでいたという噂があるよ」

「だとしても、奥さんと二人でというならわかりますが、結婚を控えた娘さんまで一緒にというのは、考えにくいでしょう」

 溝口警部は少し考え込んでから、

「もう一つは?」

「誰が無理心中を図ったにせよ、そんな遅い時間に家族をパジャマ姿で外出させる理由が必要なわけですが、ちょっと考えられない」

 溝口警部はしばらく考えていたが、

「確かに連れ出す方法がわからんなぁ。じゃあ、無理心中じゃなければなんなんだ?」

 雲竹はカレーの最後の一口をほおばってから冷水を飲み干し、コップをテーブルに置いてからひと言。

「交通事故です」

 溝口警部の頭の上で、クエスチョンマークがグルグルと回った。

「よくわからないのだが、交通事故だとしても家族を連れ出す理由が必要なのは変わらないんじゃないの?」

「いえ。無理心中で連れ出す理由は考えつきませんが、単なる事故であれば1つだけ考えられる理由があるんです」

「というと?」

「こんな遅い時間に、80歳にもなるおばあちゃんが一緒に外出するなんてことは考え難いでしょ?」

「それはそうだが、実際に出かけていたんだよ」

「私はおばあちゃんの意思で出かけたんじゃないと思いますよ」

「どういうこと?」

「つまり、高齢のおばあちゃんが急に具合が悪くなったんじゃないかと思うんです」

「なぜ救急車を呼ばなかったんだろう?」

「そこまで緊急じゃなかったか、近所迷惑になるのを避けたか、あるいはすでに手遅れだったのかもしれませんね」

「なるほど、それでみんなでパジャマ姿で病院へ向かったわけだ?犬まで連れて行ったのは、おばあさんがかなり危ない状態だったからなのかもしれんね」

「ところが、道を間違えたのか、運転ミスかなにかでダム湖に転落してしまったのではないでしょうか」

 言い終えて「ちょっと失礼」と、雲竹はトイレへ向かった。

 溝口警部が残りのカレーを食べていると、雲竹がトイレから戻ってくるなり、

「うんこかと思ったらオナラしか出ませんでした。ああ、それで思い出しましたけど、うんことオナラって出す仕組みは同じだって知ってます?うんこは食べ物のカスだと思っている人が多いけど、半分近くは腸内細菌の分泌物やその死骸なんですよ。だから食事を摂らなくてもうんこは出続けるそうですよ」

 溝口警部は呆れ顔で、

「そのうんちのウンチクはまだ続くのかい?」

「警部さん、それって洒落ですか?」

「ちがうわい!」


 後日、警察は山田さん一家は無理心中と発表した。理由としては、車が転落したと思われる場所に車止めがあったことやブレーキ痕がなかったこと、車のキーが刺さったままになっていたことなどである。

 溝口警部も雲竹が推理した内容を報告はしてみたものの、どれも証拠がなく推測の域を出なかったことから、結局は無視されてしまったようだ。こうして山田さん一家失踪事件は無理心中事件として処理されたが、世間的には未解決ミステリーとしていつまでも語られるようになるのだった。 



 

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