勇者と魔王
「ガキーーン・・・ガキン!ガキィィィン!」
1人の若い剣士が振るう、頑強な長刀によって魔王軍幹部の大剣がへし折られ、その際に起こった衝撃波が地面を削り、魔物の集団を一気に薙ぎ倒す。その衝撃音は数キロ先まで響き渡った。
少し離れた場所では、天を衝く様な巨大な体をした魔獣が体中から炎を上げながら地面に崩れ落ち、激しい地響きと共に大量の土煙が発生している。
現在、魔王城のすぐそばにあるバデネロ平原において、勇者パーティーと魔王軍による大規模な戦闘が繰り広げられており、中でもその中心にいる2人が特に激しい戦闘を繰り広げている。その2人とは、この世界の運命を握っている「勇者」と「魔王」である。
魔王クレイヴは最終形態になっており、10メートルを超えるその体は凄まじく濃い瘴気によって形成されている。不気味に光る目が、見た者の精神力を削り取るのだ・・・。
対する勇者アスクは黒髪に端正な顔立ちの青年で、両手にはそれぞれ紋章があり、2本の聖剣を持っている。両肩上部には精霊ユニットが浮遊しており、巨大な魔王を相手に浮遊魔法で空中を移動しながら勇敢に戦っている。
しかし、その熾烈を極めた長い戦いも、ついに終わりを迎える時が来た・・・。勇者に与えられた光の力が魔王の強力な瘴気を抑え込み、片方の聖剣が光を放ちながら、魔王の7つの障壁を突破して実体を貫いたのだ。
「グアアアァっ!!・・・くそっ、勇者めぇぇ~っっ!!!」
魔王の苦しげな叫び声が衝撃波となって戦場に響き渡る・・・。
「勇者よ・・・勝利を喜ぶのは早いぞ!俺が死ぬと発動する広範囲殲滅魔法を俺の核に仕掛けてある。この魔法からは絶対に逃げられないから覚悟するんだな!・・・・フハハハッ」
核が破壊されて魔王の命が尽きた直後、その核に記述してある魔法術式通りに広範囲殲滅魔法『ゼナクティアフレスト』が発動した・・・。
数秒後・・・辺り一帯数キロメートルにおいて、全てが「消滅」した・・・。
* * *
「・・・・・・うう・・・ここはどこだ?」
白くてだだっ広い空間に寝転がっていたアスクは目を覚まし、立ち上がって周りを見渡す。
机や本棚がちょこんと置いてある。机の上には花の鉢植えが飾ってある。更に後ろの何もない空中にドアが浮かんでいる。
するとドアが開き、白いドレスを身に纏った光り輝くような美しい女性がやってきた。
「私は女神のスフローネと申します。・・・この度は魔王を倒して頂きまして、本当に有難うございました。」
「えっ・・・女神様? あの、ここは一体?」
「ここは神界です。」
「神界? 何で俺はそんな所に居るんですか・・・?
「貴方は魔王が仕掛けていた広範囲殲滅魔法によって亡くなられたのです。」
「俺、死んじゃったのか・・・。でもまあ、魔王を倒して国は平和になるだろうから、良かったかな。」
「アスク様達のお陰ですっかり平和になりましたよ。」
「それは良かった・・・。そういえば、仲間達はどうなったんだろう?」
「残念ながら皆様お亡くなりになられました。それと魔王軍も全て消滅しました。」
「そうか・・・みんなも死んじゃったか。」
「それでですね、今回勇者様達パーティの皆様は魔王を倒した功績により、異世界へ転生する事が可能となりました。もちろんこのまま安らかにお眠りになられるという選択も出来ますが・・・。」
「異世界!俺の父さんも異世界のニホンという国から来たって言ってたんだ。やっぱり本当だったんだなあ。」
「・・・お父様もここから転移されましたよ。」
「道理で変わった物ばかり発明するって有名になるはずだよなあ。」
「露天風呂などもすっかり定着していましたね。」
「父さんは本当に楽しそうだったよなあ。思えば俺は勇者の力が発現してからずっと戦ってばかりで、楽しい思い出は余りないんだよなあ。」
「ちなみにお仲間の3名様はすでに全員転生されています。それぞれ転生先の年月が多少は前後するかも知れませんが、皆さんと再会する事も可能だと思いますよ。」
「そうですか・・・。では、俺も転生します。」
「分かりました。現在の装備や能力値などはそのまま引き継がれますか?」
「今まで戦いばかりの人生だったから、これからは平和な場所でゆっくり生きていこうと思うので、勇者の能力や装備は要りません。」
「勇者の能力というのは魂と結びついているので、能力だけを取り除く事は出来ませんが、封印という形で使用出来なくする事は可能です。」
「分かりました。それでお願いします。」
「それと、魔王を倒した際のボーナスとドロップアイテムを、アスクさんのアイテムボックスの中に入れようと思ったのですが、大きくて入らないのでアイテムボックスを最大まで拡張して、入れておきますね。」
向こうの世界でのんびりと生きていく為には、少しはお金も持っていたほうが良さそうだな。
「ではアスク様・・・最後になりますが、前世で思い残した事などありませんか?」
「両親はもう亡くなりましたから、世界が平和になったのであれば特に無いですね。」
「そうですか・・・それでは新たな人生をお楽しみ下さい・・・・。」
・・・そういえば、幼馴染みとの約束は守れなかったな。そこに咲いているランシールの花が大好きな子だったけど、幸せに暮らしているといいな・・・。
優しく微笑む女神様の笑顔に心を奪われていると、そのまま辺りが暖かな光につつまれて消えていった・・・。
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