9 私、街でお金を使いました
マントを被って手袋と革袋をマントのポケットに仕舞うと、ある程度身形は周りに溶け込めた。
兵士さんには感謝しかない。私の服装はどう見ても目立っていたから、こうして周りに溶け込めるというのはとても助かる。
どこに着て行っても恥ずかしくないドレスではあったけれど、さすがにボロボロで血のついた服を着ていたら目立ってしまう。私はできるだけ平穏に王都に帰りたい。
道ゆく人に王都方面の乗り合い馬車の乗り場を教えてもらいながら、私はやっと馬車に乗ることができた。
大きな馬車で、2人掛けの席が8つ、左右に4つずつあり、混むときには立ち乗りする人もいるのだとか。私はなんとか席に収まると、広がってしまうドレスの裾をマントごと膝に乗せるようにして詰めた。こんな馬車は初めてだが、徒歩よりはマシだろう。
馬車は満員になると出発した。その揺れがすごい。私がシュヴァルツ殿下と乗っていた馬車とは雲泥の差だ。
が、特に文句はない。そもそも街道の舗装は貴族の義務だし、歩いてきたのは街道といっても土を平らにならして道にしたものだ。王侯貴族が乗る馬車には揺れを抑える機能がついているが、平民の馬車にそれを求めるのは間違っている。
平民がそんな馬車を使えるように国を豊かにする、それは私たちの仕事。そう思えば、今この現状、徒歩よりも早く移動できる手段が平民に行き渡っているのはいい事だろう。これからの参考にもなるし、私はこのひとり旅はできて良かったと思っている。
(学ぶことも多いし、道に咲く野の花も綺麗だったし、街の様子や兵の働きぶりも見れた……、崖から落ちたら死ぬということを知っている私でも、まだこんなに知らないことがある。シュヴァルツ殿下にも……そしてお兄様であるヴァイス殿下にもたくさんお話しなくては……)
ガッタンゴットンと揺れる馬車の外を眺めながら、街に着いたのは夕暮れ時だったろうか。降りる時に、皆銅貨を3枚払っていた。
(あら、どうしましょう……銅貨の持ち合わせがないわ。銀貨1枚でもいいかしら)
銅貨と銀貨なら、たぶん銀貨の方が高いだろう。着古した服の馭者に、降りる時に銀貨を1枚払った。
「ちょ、ちょ、待ってくだせぇ、お釣りが出せませんぜこんな大金……!」
「あら、それでしたら、そのまま受け取ってくださいな。貴重な体験ができました、ありがとうございます」
ポカン、としている中年の馭者に一礼すると、私は街の中の宿屋を探した。シュヴァルツ殿下と来た時には領主の館に泊めてもらったけど、今はまだ私を私と証明できる人はここにはいない。
しかし、この街は王都を出て5日目頃に泊まった街だったと記憶している。着実に王都に近付いているのは間違いない。
街中の、とりあえず大きそうで静かそうな宿に入った。一泊銅貨20枚と言われて、私はまた銀貨を1枚支払った。明日はまた別の乗り合い馬車に乗るつもりだけど、家に着くまで銀貨を払ってもまだ残りそうな量がある。
お釣りはいらないので、夕飯と朝ごはんを分けて欲しいとお願いしたら、快く了承してくれた。この宿の人もいい人たちだ。後で部屋に運んでくれるとか。
2階の部屋はベッドが2つに小さなクローゼット、お手洗いがついている。お風呂は見当たらなかったが、洗面桶と水差し、清潔なタオルがあったので顔だけでも洗おうかと考えて、やめた。
不潔なのはいやだけれど、私の今の顔は土汚れが付いている。それに、お化粧もしているから、専用の油と石鹸がないのに水で洗ったら酷いことになるだろう。
身体くらいは拭きたい気もするけれど……自分でドレスを着たことも脱いだことも無い。平民ってすごいのね。なんでも自分でやっているんだ。
マント姿のまま夕飯を待って、出てきたのは鶏の香草焼きと白パンにオニオンスープ。味はとても素朴だったけれど、ヘルシーでいいかもしれない。食べ終わった食器は廊下に出しておけばいいということだったので、壁に作り付けのテーブルと木の椅子で食べた。
久しぶりのお肉が美味しい。元気が出る……私はずっと元気だけれど。生命神様の加護のおかげかな。
食べ終わった食器を廊下に出して、寝る支度を済ませ、手だけは綺麗に洗って部屋に鍵をかけて寝た。
明日はもっと王都に近くなる。はやく、シュヴァルツ殿下に進言しなければ……。