5 私、山賊に襲われましたわ
馬車で2週間、街に寄りながらの旅だったから、歩いたら王都までもっとかかるんだろうな。
だけど出掛けが散歩だったからブーツを履いていたし、馬車では気付かなかった野に咲く花の美しさなんかも目に入って、なかなか悪くない旅だ。徒歩もいい。夜も星空を見ながら寝るなんて、なんてロマンチックな体験だろう。
ただ、私は無尽蔵の体力はあるけれど、お腹は空くし……、お金を持ったことが無いからどうしようかと思いながら、お腹の虫を宥めて歩く。屋敷を出て6日、そろそろ目眩がしてきた。
「へへ、いい身形の嬢ちゃんじゃねぇか。ボロボロで怪我もしてるみてぇだな、俺たちが助けてやるよ」
突然、近くに民家の一つもない場所で下卑た男たちに囲まれた。見た目からして、昔読んだ絵本の中に出てきた山賊というものだろう。
彼らの身なりは泥と汗で薄汚れて、髭も生やしっぱなし。周りを囲まれてるので……酷い悪臭に私は顔をしかめた。
かわいそうに……、こんなことをしないと飢えて死んでしまうのだろう。早く帰って、仕事と清潔な服と家を与えてあげられる国にしなくちゃ、と私は気持ちを引き締めた。
自分たちがそんな状況なのに、私を助けてくれようとするなんて。高潔な魂を持っているに違いない。
ノブレスオブリージュ、今こそ私が貴族としての正しい振る舞いをする時。山賊のことを今まで誤解していた。
「はじめまして、私はリディア・マルセル侯爵令嬢。皆さまのご親切には心より御礼申し上げます。確かに私は空腹で身形も皆様の前に晒すには恥ずかしいお姿ですが、怪我はしておりません。今は王都に急いでおりますので、道を開けていただけますと幸いです」
スカートを摘んで目の前の男性に優雅に一礼すると、一瞬変なものを見るような目で見られた後、彼らは大笑いしはじめた。
何か変なことでも言ったかな? でも、私が彼らに求めるのは早急に王都へ帰る道を開けてもらうこと。それ以上でも以下でもない。ご飯は分けて欲しいけれど、彼らの姿を見れば食べるのにも困ってこのようなことをしているのは明白。
私が彼らから取り上げる真似はしてはならない。私は与える側に生まれたのだから。
「なぁに遠慮はいらねぇ……服はダメだがそのアクセサリーなんかは高く売れるだろう。わざわざ侯爵家のお嬢様って教えて下さったからにゃ身代金を要求して、その間に俺たちを慰めてくれりゃあ下町に売り飛ばしたりはしねぇさ! ぎゃははは!」
確かに、他人を助けるのには代価を求めるというのは正しいです。が、私はお断りしたし、私はこの格好で帰らなければいけないし。
だって、私が生きて帰った、とちゃんと証明するには、私がその日着ていたこのオートクチュールの服位しか証拠にならないだろう。今は、アクセサリーの一つも恵むわけにはいかない。
「大変申し訳ないのですが、お渡しできるものは持ち合わせておりません。では、失礼します」
私がそう断って山賊と山賊の間をすっと通り抜けて先に進むと、何か気に障ったのか男が剣を振り上げて襲いかかってきた。
「舐めたマネしやがって! もう命はいい、アクセサリーだけでも奪うぞ!」
「おー!」
本当に今日食べるものにも困っていたのか、男たちは私の体を一斉に剣で斬りつけてきた。
振り向いた私は両腕で頭をかばい、長手袋の上にいくつもの刃を受け、手袋はボロボロに。血もちょっとだけ出たけれど、斬りつけられた傷口は一瞬で塞がり、その回復力に負けて剣が全て折れてしまった。
「な、な、なんだこいつ……」
「け、剣がダメなら殴って気絶させろ!」
商売道具をダメにしてごめんなさい。でも、人をいきなり斬りつけるのはいけません。私じゃなきゃ死んでますよ。
男が殴りかかってきたのを、私は避けられなかった。ただ、一瞬頰にあたった拳で痛っ、と思った時には相手の拳の骨が逆に変な音を立てていた。
同じように蹴りを入れてきた脚の方が砕け、両手で振りかぶった腕が折れ、山賊はみんな尻餅をついてうめいている。
「あのぉ……、お怪我されてますし、武器もありませんし、よろしければ街までお連れしましょうか?」
「ひ、ひぃ、くるな!」
「歩けないでしょう。ご遠慮なく、私力はあるんです」
私は山賊の方の腰に巻いたベルトを全て両手で掴むと、立ち上がれない方もいるのでずるずるずると引きずって歩き出す。
この位の重さなら徒歩のペースが落ちることもない。早く街について、皆さんを治療してもらわないと。
「勘弁してくれぇ……こえぇよぉ……」
「け、ケツが……ケツがいてぇ……!」
さすがに8人は抱えられない。ずるずる引きずりながら、ごめんなさい、と思いつつ私は街へと急いだ。