4 まずは悲しむフリをしなければな(※シュヴァルツ視点)
「なぜリディア嬢を守れなかったんだ!」
「ぐっ……! 兄上、苦しいですよ。離してください……!」
「言え! なぜ、なぜ彼女をあんな危ない場所に……」
「……兄上」
はっはーん、なるほど。身を固めるつもりがないんじゃなく、王位継承権第一位にありながら、兄上は政略結婚じゃなく俺の婚約者のリディアが好きだったわけか。
あの後の俺は馬車は使わずに早馬を使って必死の形相で帰ってきた。
婚約者が目の前で亡くなった。崖に落ちそうになった所で助けようと手を掴んだが、『うっかり』手が滑ってしまって谷底に落ちた、と。土汚れのついた服で汗と土埃に塗れながら、王子のこの俺が必死に帰って報告したんだ。ここまでやらなきゃいけねぇとは、本当に手の掛かる女だった。
あの崖から落ちたら死ぬ。そんなのは、プロポーズに使った父上も母上もご存知だ。マルセル侯爵に至ってはその報告を聞いてから茫然自失、屋敷もずっとお通夜モードだそうだ。
俺は這々の体だったのもあって、空涙を流しながら目の前でリディアを亡くした事を悲しんださ。実際は嬉しくて涙が出たね、こうも呆気なく計画通りに進むとはな! 笑いを堪えすぎて腹がつりそうだった、はぁ全く大変だった。
下がって休め、お前も悲しいだろう、暫く仕事はしなくていい、と言われて部屋に戻った途端の、兄上のこれだ。
俺は顔をしかめて、また涙を流しながら兄上の手を振り解いた。兄上も俺が本気で助けようとして助けられなかった、と姿を見て分かっちゃいるようだ。いやいや、本気で殺そうとして殺しただけなんだけどな? この国のトップは脳内お花畑ばっかりかよ。嫌になるぜまったく。
「……すまない。婚約者を失って一番悲しいのはお前だろうに」
「いいんです。……私がもっと彼女の安全に気を配っていれば……、兄上、まだ少し一人にしてくれませんか」
じゃないと笑いが今にも込み上げてきそうでな。
やっかいだが、神妙に悲しいフリをこれから最低3ヶ月は続けなきゃいけねぇ。マリアンヌは宰相の娘だ、その間に王子の俺を差し置いて結婚する貴族はいねぇから、まぁヨシとするか。
「あまり気を落とすなよ。……何かあれば、話くらいは聞こう」
「……はい、兄上」
ようやく出て行ってくれたか。俺は思わず、ぷっと噴き出してしまった。
まずは汚れた身体を洗って、少し寝るか。婚約破棄一つにこんな手間暇をかける事になるとは……っとに厄介きわまりねぇ女だった。
だーが、これで俺は自由だ。まぁ家族の喪が明けるのは半年後、俺は3ヶ月も大人しくしときゃあいい。
そうだ、マリアンヌをこっそり迎え入れなきゃな。俺のことを慰めに来て欲しいと伝えれば、マリアンヌの方から喜んで来てくれるだろう。父親の思惑も知らないバカ女だからな! あの女が兄上と結婚するはずもねぇ、兄上も断るだろうし何より婚約者のいる俺が好きってんだからよ!
そうすりゃあ婚約者を目の前で亡くした俺を必死に慰めたマリアンヌ以外、俺に寄り付く奴もいねぇし宰相だって折れるしかねぇだろ。
死んでなお俺の出世に手を貸してくれる、いやぁリディア、お前は手が掛かること以外は最高の女だったぜ。
もし加護を与える四神の他に幸運の神なんてのがいたら、俺はきっとその加護の元に生まれていたってことだろうな。
さぁて、暫くは神妙に、おとなしく、精々マリアンヌに儚い王子の印象でも植え付けるかね。