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21 私、婚約をお邪魔してしまいました

 私は、私を抱きしめる殿下の両肩をぐっと掴み、その身を引き剥がす。もう抱き締められても何とも思わない、なんだか嫌悪感すら感じる。


 平民のいろんな表情を見てきたからだろうか。シュヴァルツ殿下の全てが嘘くさく見えるのだ。


「いいですか。婚約破棄をなさりたいなら、理由をはっきりさせた上で書面を交わすものです。私は悪くないけど結婚するのは嫌、そうおっしゃいましたね? ですが、だからといって人を後ろから押して崖から落とそうとして、助けようとしておきながら、さようなら、と言って手を離す。いくら殿下が王宮で育ち、あの高さから人が落ちたら死ぬということを知らなかったからといって、今後そのようなことがあってはなりません。私はその一心で帰ってまいりましたの」


 殿下には口を挟ませない。私は最初に決めたことを、しっかりと殿下に進言した。


 周りも何故か口をつぐんでいる。


 私は人差し指を立て、シュヴァルツ殿下に向かってこんこんとお説教をした。


「少し想像力を働かせればわかることでしょう? 殿下、あなたは旅の最中あんなにも私を、疲れたかい? と気遣いながら馬車を進めてくださった。それだけ、人は疲れやすく脆いものだとご理解なさっていたはず」


「リ、リディア、落ち着いてくれ。私がさようならだとか、結婚が嫌だとか、そんなこと言うはずがないだろう? 5年も一緒にいたんだ、わかってくれるね? あれは事故だった、君は落下のショックで記憶が混濁しているんだ」


「いいえ、はっきり覚えておりますわ。そして、あなたはまるで悪戯を成功させた子供のように、それでいてとても醜悪に笑っていたことも」


「な、何を……」


「私が生命神様の加護をもっていなければ死んでいました。今頃、マリアンヌとの婚約が成立していたでしょう。ですが私は生きています。つまり、私との婚約はまだ、有効です!」


 いつの間にか、テラスまで殿下は後退り、私はテラスの淵まで殿下を追い詰めてしまっていました。


 部屋の中の皆様も私の言葉を聞くために立ち上がって近くに来ています。ヴァイス殿下も、顔面蒼白なマリアンヌも、王妃様も、国王陛下さえも。


 しかし、私との婚約がまだ有効だとはっきりと言われたシュヴァルツ殿下は、テラスの欄干にもたれかかったまま俯いて震えています。


「人間、誰にでも間違いはございますわ。今回は私が生きていた。ですから、私と共にヴァイス殿下の造る国を支えていきましょうね、シュヴァルツ殿下」


 私がにっこりと微笑んで優しい声をかけて近寄り、彼の震える手を黒ずんだ血のついた長手袋の手で握ると、思いっきり振り払われました。


「うるせぇぇぇぇえええええ!! 俺が!! このままいけば!! 王位継承権第一位に収まるはずだったんだ!! 殺したはずなのに、なんで生きてんだこのクソアマがぁ!!」


 別人のような、そして見覚えのある、瞳孔の開いた目でそう叫んだシュヴァルツ殿下に、私を含めて、背後にいた方みんなが絶句した。


 それはそうだ。まさか、王子ともあろうものがここまで汚い言葉で淑女を罵り、殺したはず、と叫んだのだから。


 私はまだまだ頭がお花畑だったようだ。あれは本気の殺し、まさか殺意もなく、ただ悪戯をするように殺されることがあるなんて思ってもいなかった。


 固まった私を含めた一同を見て、シュヴァルツ殿下はハッとして表情を改めた。焦ったような、歪な笑いだ。笑いながら、泣きながら、鼻水まで垂らしている。どこまで醜態をさらすのか。


「ち、ちがうんだ、今のは、君が生きていたことで驚いて、錯乱してしまっぼふっ?!」


 それが言い訳な事くらいは、この場にいる誰もが理解していた。


 そして、それを最後まで聞くに堪えなかったのは、ヴァイス殿下だった。思いっきりシュヴァルツ殿下の顔を殴り飛ばして、欄干の下に落としてしまった。


 ここは王宮の2階。慌てて下を見ると、ふんだんに植えられた灌木の上に落ちて、蹲って震えている。


 よかった、普通の人でもこの高さなら落ちても生きていられるのね。


「リディア・マルセル侯爵令嬢。愚息が取り返しのつかないことをした。心よりお詫び申し上げる。……奴は、此方で処理をする。その内容は申し上げられないことを許して欲しい」


「陛下……えぇ、お任せいたします。でも、そうですね……、私、帰ってくる間に色んなことを学びましたの。そのこと自体にはとても感謝しておりますわ。……どう処理されるかはお任せいたしますが、ティースプーン一杯程度の情けをかけてくださいますと、私も全てが無駄でなかったと思えます」


「…………かたじけない」


 そう、ティースプーン一杯程度の情け。死罪だけは、私が生きて、学び、戻ってきた。そのきっかけをくれた、最低の元婚約者への私からのお礼。


 さて、マリアンヌとは、これで私との縁は切れるでしょう。知らなかったとはいえ、私の……生きているのに変な話ですが……喪が明ける前に元婚約者と婚約しようとした。


 さよなら、マリアンヌ。さよなら、シュヴァルツ殿下。

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― 新着の感想 ―
[一言] 崖から人が落ちたら死ぬということを教えなくてはならない リディアのこの発想はどこからきていたのかと思っていたらそういうことだったんですね たしかに良好な関係の隣人が緊張も罪悪感もなく殺人をな…
[良い点] シュヴァルツが清濁(濁敷かないような気もしますが) 併せのむ有能な政治ビジョンなどというのは 終始、ぎゃははぎゃははとうるさい自画自賛だけだった というのがここにきてはっきりと誰の目にも …
[一言] 「処理」って…「その内容は申し上げられない」って…コワッ!
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