20 あぁ我が愛しの……!(※シュヴァルツ視点)
今、上座に父上が、俺の隣に母上と兄上が座っている。
向かいにはデオン侯爵、マリアンヌ、デオン侯爵夫人の順に座り、今は下座に立会人として座る予定のマルセル侯爵夫妻が入ってくるのを待つだけだ。
おせぇな……、とは思っていたが、ドアが開いた時にはビックリしたぜ。
おいおい、なんで神官がついてきてんだ? それに、なんだそのくせぇ奴。護衛か何かか? マントを被っていて風体がよくわからねぇが、下に着てるのはドレスだろ。
……まさか、あの不審者はマルセル侯爵の手のものか? リディアの死を調べるために……はは、そんな事しても死んだやつは帰ってこねぇんだよ。いくらでも言いくるめられらぁ。
「遅かったな」
父上が一言声をかける。
「申し訳ございません。こちらにも、準備がございまして」
おいおい国王陛下の言葉に、なんだその無礼な態度は。ははは、マルセル、とうとう娘の死でおかしくなっちまったか?
「確認ですが、本日はシュヴァルツ殿下とマリアンヌ・デオン侯爵令嬢の婚約の取り決めという事でよろしかったですね?」
やっべぇ、本格的に頭イカれてやがる。じゃあ何のためにきたんだっつーの。一応立会人をお前にしてやったのは、死んだリディアのためだぜ?
まぁ殺したのは俺だけどな! ははは!
「その通りだ」
「では、本日の取り決めは無効となるでしょう」
は?
このおっさん、本気で頭イカれてんのか? 一体何をもって無効になるってんだよ。リディアは死んだ。婚約はそれで解消だ。
「マルセル侯爵、失礼ですが……いったい、どういう事でしょう?」
取り繕うまでもなく困惑した顔で訊ねる。マリアンヌも似たような顔をしている。
護衛か密偵かと思ったマントの女がフードを外した瞬間、俺は椅子を蹴倒してたちあがり、そのままへなへなと腰を抜かしてしまった。
「リ、ディア……?」
「お久しぶりでございます、皆さま。シュヴァルツ殿下におかれましては、ご健勝の程、何よりでございます」
「に、偽物だ! たしかに私は助けようとして、リディア嬢の手が滑って落ちていった!」
「えぇ、落ちました。神官様、お願いします」
その間にもボロいマントを脱ぎ去ったリディアは、ぼろぼろになったあの散歩の日に着ていた服、身に付けていたアクセサリー、それそのままにそこに立っている。
神官が錫杖を掲げると、リディアの身体が金色の光に包まれた。おいおいおいおいふざけんなよまじで?!
金色……すなわち生命の色! 生命神の加護だと?!
「まさか……、リディア嬢は生命神の加護が?」
「はい。この通り、眼前でお見せすべきと思い一神官であるわたくしめもこの場に失礼させていただきました」
「では鬼籍は……」
「廃することになります。生きて、ここにいらっしゃいますので」
父上と神官が言葉を交わす。
嘘だろ……、まさか、生きてるなんて……。
俺は必死で頭を回転させた。腑抜けた腰に喝を入れて立ち上がり、リディアに泣き笑いの顔を向けて近付く。
「リディア……、リディア、生きていたんだね……! 生命神様、ありがとうございます……! リディアを生きて、帰してくださって……!」
そして、やたら臭い身体を抱き締めた。おぇ、女の匂いじゃねぇ。吐きそうだ。
されるがままになっていたリディアは、殿下、と固い声で一言告げた。
「いいですか、シュヴァルツ殿下。人はあの高さの崖から落ちたら死ぬのです。愛してる、さようなら、と言って手を離してはなりません」
その場が、一気に凍りつく言葉だった。




