2 殺したいと思っていた(※シュヴァルツ視点)
リディア・マルセル。彼女との婚約は5年前に決まっていた。兄はまだ身を固める気はないと言っていたが、俺は違う。
王位継承権は兄と俺では第一位と第二位の違いがある。婚約者としてマルセル侯爵の娘は悪いコマではなかったが、最善の手では無い。
俺が狙っていたのは宰相の娘、マリアンヌ・デオン侯爵令嬢。マルセル侯爵は貴族の保守派ではそこそこの発言力を持つが、デオン侯爵は中立派で最上位の発言力を持つ。当たり前だ、宰相なのだからな。
マリアンヌはまだ淑女としては、などとはぐらかしやがって。中立派が王子のどちらかに傾くのを避けるためだとは知っていた。
兄は王位継承権第一位にあり実務に忙しい。俺もそれなりに実務をこなしてはいたが、このままでは産まれたのが先というだけで兄が国王になるだろう。
俺は貴族の後ろ盾が欲しい。それも強力な。
そして数ヶ月前、マリアンヌが俺に、婚約者がいるのは分かっているがお慕いしています、なんて事を言ってきた! これこそ神の思し召し! マリアンヌには、今すぐは応えられる身ではないと誠実さを見せて、ハンカチを預けた。かならず、迎えにいく、と。結婚式の日取りが決まったせいだろう、父親の思惑など知らずに俺に釣られやがった! 役に立つバカ女だぜまったく!
そのあとすぐに計画をたてた。角が立たないように婚約破棄をしなければいけない。
しかし、リディアには瑕疵のひとつもない。家格に始まり見た目から教養まで何ひとつだ。行動も常に誰かが一緒にいて、罪をでっち上げることもできやしない。忌々しい女だ。まぁ抱く前に離れるのは少し惜しい程の美人だがな。
どうしたって婚約破棄はしたい。そこで、まずはマルセル侯爵家からリディアを引き離すことにした。
婚前旅行と言って直轄地へ行く。護衛は国から出す。そこまで言ってリディアを婚約者である王子の俺に預けないのは不敬罪にも問われかねない。
心配していたようだが、心配しなくていい。手を出したりはしないさ。
ただ、殺すだけ。あぁ、この数ヶ月、本当にお前を殺したかったよリディア!
「朝陽が綺麗なんだ、散歩にいかないか?」
「喜んで、殿下」
そうだ、最後にはとびきり綺麗なものを見せてやろう。王都しか知らないお前に、外の世界を。
直轄地の中でも特に緑の綺麗な王都から離れた場所を選び、父が母にプロポーズした思い出の場所で……、国もこのように険しい崖の縁に立たされることもあるかもしれない、その時隣で支えて欲しい、となんとも歯の浮くようなプロポーズをした、まさに! その! 場所で!
俺はリディアが朝陽に見惚れて前に一歩踏み出たのに合わせて軽く背中を押しただけだ。
そして、腹這いになって助けようとした。それは調べられればすぐわかる。実際に腹這いになった跡も、服に土がついているのも本当だからな。
あぁ、かわいそうなリディア。お前と最後に見たあの美しい朝陽は一生忘れないとも。
「リディア、君は何も悪くない」
ただ俺が、お前と結婚したくないだけだ。
さようならリディア。永遠に。




