17 私、王都に辿り着きましたわ
「あら、まぁ……、ごめんなさいね、狭かったのよね」
起きたら、マントにくっきりと馬蹄の跡がついていた。どうやら馬に蹴られたらしいが、私は気疲れから気づかずにぐっすり寝てしまっていたらしい。
起きて馬の首を撫でると、馬にまで不審そうに見られて鼻を鳴らされた。逃げたり嫌がったりはしないから、なんだこの生き物、というところだろうか。
時刻は朝日が登り切る前。まだ薄暗い時間だ。
昨日貰った残りのパンを藁の上に座って食べていると、家主の男が何も言わずに農作物をのせる荷馬車に馬を繋ぎ始めた。
「さて……王都近くの農村まで肉と交換に麦を持っていかなきゃならねぇ。藁もだな。人ひとりくらいは藁の下に隙間があるが……」
ずいぶん大きな独り言だ。私は黒パンの最後の一欠片を口に詰め込むと、藁を積むらしい場所の開けてある場所に素早く潜り込んだ。
荷馬車の中に、銀貨を3枚入れておく。このご主人には感謝してもしきれない。
ガタンゴトンと、これまでの比にならない揺れで馬車は進んでいく。私も大きな独り言を言った。
「どうしてここまでよくしてくださるんです?」
少し間を置いて、また大きな独り言が返ってくる。
「面倒ごとに巻き込まれたくねぇからな! こういうのは、さっさと遠くにやっちまうに限るんだ!」
私は藁の下で身を丸めながら、ふふ、と笑ってしまった。
正も不正も。善も悪も。利も害も。
貴族も民も変わらない。ただ、貴族はこういう人たちのお金を使い、こういう人たちの暮らしが良くなるように努める。その義務がある。義務を果たしてこそ、私の幸福なこれまではあった。
私は必ず義務を果たします。生きて王都に帰るのは、そのため。シュヴァルツ殿下に進言する、それ以上の目的ができた。
かなりの時間が経って、馬車が止まった。農家とやらに着いたのだろうか、と思ったが違うようだ。藁が少しどけられ、私はその隙間から荷馬車を降りた。体についた藁を払う。
どうやら、王都を囲う城壁の、門より死角になった場所におろしてくれたらしい。
何か言葉をかけようかと思ったが、主人はそっぽを向いている。早くどこかに行ってくれ、という様子だ。
私はドレスを摘んで一礼すると、まずは近くの木立に隠れた。馬車は、無言で遠ざかって行った。どうか銀貨に気づいてくれますように。
城壁の上は昼間は見回りの兵がいる。今は夕暮れ時だ、交代の時間を狙って、崖を登った時のように城壁を登ろう。
焦れながら、松明が灯される時間を待った。本当に何も見えなくなる前に城壁にへばりつき、松明が灯される前に手袋をして城壁に指をめり込ませて登っていく。
こちらはでこぼことした石を重ねて作ってあるので、崖を登るより楽だ。マントも暗い緑色で、私の金髪とドレスの色を隠してくれている。
登り切る前に、上の足音が遠ざかっていくのを聞いた。すかさず城壁の上の通路にあがり、崖より低いのを見て思い切って飛び降りた。
着地の瞬間、足が鈍い音をたてて一瞬鋭い痛みがはしったが、すぐに痛みはなくなった。
ここは平民街。まだ人々が明るい大通りに面した店で騒いでいる時間。
その人混みの中に、マントの前を手で押さえて紛れ込むようにして走った。
家まで、あと少し。