15 私、馬小屋で寝るのは初めてですわ
追手をかけられてしまったので、私はそそくさと街を出た。
街は確かに人は多くて紛れやすいが、追手の数が分からない今、街にとどまるのは危険だ。
私は王都に戻ってシュヴァルツ殿下に進言しなければいけないことが、たくさんある。
ヴァイス殿下に話して聞かせなければいけないことも。
私は私の足で帰らなければいけない。たくさんの学びを、私は共有したい。そして、おふたりの考えていることを私も知りたい。
シュヴァルツ殿下の常識のなさは窘めなければならないけれど、シュヴァルツ殿下には見えていて私には見えていなかった物があるかもしれない。
ヴァイス殿下は立派な方だけれど、私やシュヴァルツ殿下が見えている物が見えていないかもしれない。
私たちはもっと話し合ってよくなっていける。私が生きてるのだから、私は私だと証明できる姿のまま、絶対に王都に戻る!
最初は崖から落とされたから、崖から落ちたら人は死にますよと進言するだけのつもりだったけれど……。
私はどれだけ温かい世界で守られてきたんだろう。思い出すと涙が出そうになる。
私は生きていて、元気で、だからここまで帰ってこれたけれど。
いい人も悪い人もいた。怖いという感覚も知った。剣を向けられても、山賊にはあわれみを覚えたけれど、それは私だからそうだっただけ。生命神の加護がなければ、山賊に襲われた時点で私は死んでいた。
いえ、崖から落ちた時点で。
やはり、諌めなければいけない。そして、諭して、殿下たちの話も聞いて、共有して、……そしたら、もっといい国になるかもしれない。
さよなら、と言われた。婚約破棄されたということだろう。その位は分かる、だけど。
私は貴族に生まれて貴族に育った。民じゃない。でも民の中に紛れて旅をした。そして民を知ってしまった。
ただ地図の上を見て、天候記録を見て、流通の流れを机上で話すだけではダメ。肌で感じなければわからないことがあると知った。
民も貴族も関係なく、完璧な人など……不敬罪にあたるだろうけど、王でもありえない。
だから、シュヴァルツ殿下。ヴァイス殿下。一緒に考えましょう。話し合いましょう。
神は運命の道筋を知っていて必要な者に加護を与える。
もし、それが本当ならば、私はこの一人旅を経験する為に生命神の加護を受けたに違いない。
農家が一軒見えてきた。完全な日暮れ前に、民家にたどり着けてよかった。涙も乾いた。考え事をしながら、街から出てずっと走っていたから。
「すみません、もしもし」
「あいよ……、なんだぁ、お嬢さん。そんな汚れて……」
「すみません、一晩、どこか雨風が凌げる場所を貸していただけませんか。あいにく銅貨の持ち合わせがなく、これでなんとか」
出てきたこの家の主人らしき農夫に私が銀貨を差し出すと、困ったように頭をかいた。
「家の中はあいにく俺とかかぁ、子供でいっぱいだ。あんた、馬小屋でもいいなら使っていきな。金はいらねぇが、飯はだせねぇし面倒ごとに巻き込まれるのもごめんだ。夜明けには出てくれ。それでいいなら、厩の藁の上で寝るといい」
「……! ありがとうございます」
「……この位なら分けてやれる。ほら、さっさと厩に入りな。日が暮れたら何にも見えなくなるから」
後ろから、赤子を背負った奥さんが黙って差し出してきた硬いパンを私に渡してくれた。
私の様子から面倒ごとの匂いは感じ取っただろうに、巻き込まないでくれ、とだけ言って厩を貸してくれる。
私は頭を下げてパンを受け取ると、立派な二頭の馬が繋がれた厩の、奥の綺麗な藁置き場に寝転んだ。ひどい匂いだが、ここは街中より安全だ。
少し……だいぶちくちくするけど、追手をかけられて気疲れした私には、柔らかくていい寝床に思えた。
行儀が悪いが、藁から体を起こすのが億劫で、寝たままパンを齧る。硬くてぼそぼそする。半分は残しておいて、明日の朝食べよう。