12 宰相の娘との婚約(※シュヴァルツ視点)
マリアンヌとの会話で、やっと少しは笑うようになってきた。俺も合わせて少しずつ微笑みかけてやる。
そして時々遠くを見てリディアを思い出す……フリをする。あぁ、何度思い出しても笑えるぜ……、人を殺すってのがクセになるって奴も下町にゃいたが、気持ちが分かるぜ。ありゃ最高だ。
マリアンヌも邪魔になったら適当な所で殺してみるか? と、向かい合ってお茶を飲むマリアンヌを見る。
やっと落ち着いて会話ができるようになったマリアンヌは、俺の視線に微笑み返してきた。
もともと、望みがないと分かっていて俺に気持ちを伝えたこと、迎えに来ると言われて驚いたこと、何かしらリディアに思うところがあったのかと考えても、リディアに欠点らしい欠点は見当たらなかったこと。だから不思議だったと、政略結婚だとしてもどうするつもりだったのだろうと悩み、後悔していた。
マリアンヌは最近はそんな話をするようになった。だいぶ気を許してきているのは分かったが、まったく、女ってのはこえぇ生き物だなぁオイ! ぎゃはは! まだひと月も経ってねぇのに、亡くなったからって早速色目を使ってきやがる!
まぁ殺したのは俺だけどな! そうだよ、お前と、正確にはお前の家と結婚したかったからな! 俺が王位継承権第一位になるために!
中立派の貴族が俺の後ろ盾にたてばいい。俺は中立派にとっていい王になる自信はあるぜ。なんせ平民ってもんを肌で知ってるからな、保守派も革新派もだーめだありゃ。
保守派は今の治世でいいと考えている奴らの集まり。一番いけねぇのは革新派だ。もっと税をかけろ、貴族の生活を盤石なものに、なんてバカ言ってやがる。
バーカ、てめぇらが領地をうまく運営できてねぇだけで、かけるところに金をかけてねぇだけで、長い目でみりゃ勝手に納税分は増えていくんだよ。
俺は別に国を不幸にしたいわけじゃねぇ。よりよくしてぇと思ってる。が、父上をそのまま若くしたような兄上が民草の本音を知ることは一生ねぇな。
だから俺が夜な夜な遊び歩くのも父上は容認してたんだろうがよ。俺に兄上のたりねぇ部分を補わせるために。
そこがお花畑だってんだまったく! 俺がそのまま治世した方がはえぇっつーの! 兄上が生真面目で帝王学っつーのに馴染みやすい人間だったのは認めるがよ、俺はそれこそバカらしかったぜ。
民に時に負担をかけてでも行うべき政策がある? 罵られても実行すべきことがある? はっ、そこをうまく騙くらかすのが王のやるべきことだろうよ。
父上も兄上も民ってもんをしらねぇんだよ。ま、俺が全部知ってるかって言ったらそうじゃねぇのは認めるぜ。だけど、少なくとも、父上や兄上みてぇな考え方はしねぇ。
王とはもっと柔軟で、民を知って民衆の心をがっちり掴まなきゃならねぇんだ。下町のドンと呼ばれるような男たちはその辺の匙加減がよく分かっていたぜ。飴と鞭、それで人が動くってな。
「今日もありがとう、マリアンヌ嬢。そろそろ失礼するよ」
「あの、シュヴァルツ様……、父の書斎に寄っていただけますか?」
今日も今日とて退屈で程々に面白いリディアとの思い出話をした後、区切りのいい所で立ち上がるとマリアンヌがそう言った。
改めて何の用かと思ったが、まぁ宰相と会話できるのはわるかねぇ。
「わかりました。また来るよ、マリアンヌ嬢」
「……はい、お待ちしております」
おります、じゃねぇんだよなぁ! お前の大好きなリディアが死んでまだ喪だってあけてねぇのにな! 女心ってのは怖いねぇ全くよ!
俺は使用人に案内されてデオン侯爵の書斎を訪れた。
「よくいらしてくださいました、シュヴァルツ殿下」
「いえ……、して、御用というのは?」
「単刀直入に申し上げましょう」
時間を無駄にしねぇ奴は好きだぜ。デオン侯爵、あんたの地位はそのままにしといてやるよ。俺の世代になったとしてもな。
「喪があけてからで結構です。マリアンヌと婚約していただけますかな?」
………………っぶぁっはっはっはっは!
はぁー……物事ってのはこうも一気にすすむもんかね。
やっぱりリディアを殺して正解だった。
俺は、今すぐには返事ができない、とは言いながらも、他の令嬢は考えてない、とは付け加えて侯爵邸を後にした。
だって、なぁ? まだ俺の愛しいリディアの喪はあけてねぇんだ。
誰だって、それですぐ乗り換える男は嫌だろ? ま、女はすぐ気持ちを切り替えられるようだがな。その親ってのもよ。
……お花畑すぎて、少しイラッとするぜ、この貴族社会ってやつはよ。