10 不審人物の目撃情報(※シュヴァルツ視点)
宰相の娘、マリアンヌと2日と空けずに会うようになってそろそろ10日も経とうかという頃だ。
城の中でにわかに噂になっている不審人物の話が耳に入ってきた。
なんでも、銅貨の持ち合わせがないからと銀貨を払って宿屋や飯屋、乗り合い馬車を使って、荷物もなく一人旅している女がいるらしい。
俺は昔から城を抜け出しては適当な宝飾品を金に替えて、賭博や酒や女に使ってきた。城の中は窮屈で堪らなくなったのは、思えばこの頃からだったような気がする。
国王になれば、もっと自分の使える金が増える。下町まで抜け出さなくても、好きなだけ女を侍らせ、酒を飲める。
治世もちゃんとするさ。国が傾けば贅沢もできねぇ。せいぜいいい王様になってやろうじゃねぇか。
しかし、兄上が国王になってしまえば、俺はそんな真似ができなくなる。下町に抜け出すことも難しいだろう。あの兄上は遊び心や怠慢というものを母上の腹の中に忘れてきたらしい。
とにかく、平民の中で稼いでいる下町の酌婦ですら、そんなバカな真似はしない。
銅貨100枚で銀貨1枚だ。乗り合い馬車なんざせいぜい銅貨が5枚もあればいいし、宿代も銅貨が10枚か高い宿でも50枚程度だ。安宿でいいならもっと安く済む。
大方どっかの商家の娘が家出でもしたのだろうと思うのだが、王都から離れるどころか王都に向かってきているという。
そんな金遣いの荒くて常識のない商家の娘が王都以外にいるはずがない。下手をしたら貴族の娘かもしれないが、貴族の娘がまず自分で金を持っているはずがない。乗り合い馬車なんてもんの存在を知っているかすら不確かだ。
明らかな不審人物。
悪事を働いているわけではないから特に捕まえるという話は出ていない。
俺もそんな話に付き合う程、今は暇でもない。今はマリアンヌがようやく落ち着いて来たところだ。もう少し時間をかけてから、改めて口説かなければならない。リディアを喪った私を慰めてくれるのは君しかいないとか言ってな! ははは!
リディアの話が主になるのはめんどくせぇ事極まりねぇが、話のネタにこまらねぇのはありがてぇ事だ。酌婦と違って貴族のご令嬢ってやつの話は実につまらねぇ。まだ亡くなった女の話の方が楽しいぜ。殺したのは俺だがな! はは! リディア、と名前を出すたびに顔を曇らせる様なんて滑稽で仕方ねぇ!
マリアンヌと結婚したら、さっさと下町の女どもを召し上げて愛妾にしてやらねぇとな。どうせマリアンヌに手練手管なんざ期待できねぇ。それに下手に身分がある女を愛妾にすると世継ぎだなんだとめんどくせぇ。
中立派であり市民に情けをかけてやる王様、立派だよなぁ、はは! 合法賭博も作ってじゃんじゃか経済を回してやらねぇとな、胴元はもちろん俺だがな! ボロい商売だぜまったく!
俺はマリアンヌと話しながらそんな将来を思い描いて、喪中という退屈な時間をやり過ごした。不審人物の事など、聞いたその日のうちに忘れて。




