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4-2 晩餐会

「お前も少しは食ったらどうだ?」


「いえ、私は護衛ですので。―――っ、ちょっと、むぐっ」


 唇にフォークを押し付けられ―――牛の乳で作った熱々のソースがたっぷりとからんだ海老が刺さっている―――、やむなく口を開く。


「どうだ? 美味いか?」


「あふっ、……美味しいけど。おかしな真似はよしてくれ」


 周囲の御婦人方がこちらを見てくすくすと笑っている。


「ふふん。こうして笑われるのが嫌なら、自分で食うことだな。さもないと―――」


「わかった、わかったからっ」


 再びフォークを持ち上げたリュートに両手を上げて降参を示し、ルッカも皿とフォークを手に取った。


「それで良い。お前はもっと楽にしろ。見てみろ、レイフの奴を。他国の貴婦人たちに囲まれて鼻の下を伸ばしてやがるぞ。まっ、あれはさすがにはめを外し過ぎだが」


 皇天主催の晩餐会には、セントドラグのみならず周辺諸国の王侯貴族たちが集まっていた。

 会場はフランドラグなら王城全体が収まってしまいそうなほど広く、飛竜が飛び立てそうなほど高い天井は絢爛豪華なシャンデリアで飾られている。

 女性招待客のきらびやかな衣装と相まって、ただ立っているだけで眩暈がしそうなほどだ。

 しかしそんな中にあっても、フランドラグの竜騎士と言うのは注目を集めるものらしい。

 竜騎士、それもフランドラグ出身者を抱えることは国家にとってある種の名誉であり、それ故に王族は引き抜きを仕掛けてくるし、婚姻を結ぼうとする貴族達も少なくない。


「まあ、レイフ殿もなんだかんだ言って貴族の出ですから」


 気さくに付き合ってくれる者達が多いから忘れがちだが、竜騎士隊の者も大半が貴族である。


「そんなものは関係ないだろう。お前の元にも他国からお誘いは来ているんだろう?」


「……それは、まあ」


 ルッカは言葉を濁した。リュートにはあまり知られたくない話だ。

 他国の使者から打診を受けることは少なくない。

 中には断絶した貴族家の当主として迎えるという国や、入り婿として家を継がせると言ってくる貴族までいる。

 当然、リュートの側を離れると言う選択はルッカにはあり得ないのだが。


「まったく。お前はもっと、俺以外の人間とも触れ合った方が良いな」


 心中を見透かしたようなことをリュートは言う。


「竜騎士隊の皆とは、上手くやれているつもりですが」


「そうではなく、他国の貴族であるとか」


「そんな、無理です」


「あとは、例えばローガンだとか」


「何故、あんな男と」


「……はぁ。いつまでも、俺の隣というわけにはいかないぞ。お前はいずれは隊長として竜騎士隊を率いるようにもなる。そうなれば他国の将軍たちと轡を並べることもあるかもしれない。相手が貴族だからと遠慮してどうする? それに政に関心を持てとは言わないが、軍をしっかりまとめるにはローガンのような文官の協力も必要だ」


「私が隊長になるだなんて、そもそもあり得ません」


「ずいぶんと自己評価が低いんだな」


「そりゃあ、兄さんと一緒にいれば誰だって。兄さんは強くて頭も良い。人望もある。竜に乗ったらそれこそ世界一だ」


 ルッカは偽らざる本音を口にした。


「俺が本気で竜を飛ばして、遅れず付いてこれるのはお前くらいのものだ。俺が世界一なら、お前だって世界で二番目だ。違うか、ルッカ?」


「それは―――」


 否定はしない。

 リュートを除けば竜騎士隊で自分が一番だ、などと言い切る自信はない。それでもリュートのすぐ後にいるのはいつだって自分でありたかった。


「と言うわけで、お前もレイフを少しは見習って、女性の一人も引っ掛けて――――、……いや、あまりお前がよその姫君にモテても困るか」


「どういう意味です?」


「―――さて、あちらの料理はと」


 リュートは何かを誤魔化すように言うと、卓上を物色していく。


「まあ、リュート殿下。お皿にそんなに料理をお盛りになって」


 セントドラグ皇天の一人娘が、人波の中を歩み寄って来た。

 本日の主役の一人である。

 西側諸国では、女性は十五で成人とされる。

 そして王侯貴族の間では、未婚の成人女性が表立って姿を現すことを忌避する考えがある。だからその前年、十四歳を迎える少女達を盛大に祝うのが慣習である。

 この晩餐会もセントドラグや周辺国家から今年十四になる令嬢達を集め、祝福するものだ。

 そしてこの皇女も今年で十四歳になると言う。


「これは不調法を。海の魚は山国のフランドラグではあまり食べられないものですから」


 海魚を焼いて果実のソースで和えたもの。八本脚の異形の生物と巨大な海老や蟹を煮込んだもの。固い殻に覆われた手も足もない生き物の蒸し焼き。いずれもフランドラグでは目にすることが出来ないものだ。


「いえいえ、殿方が沢山お食べになる姿は見ていて気持ちが良いものですわね。ルッカ様も、私のことは気にせずお食べになって下さいね」


 会話の合間にもフォークを動かすリュートの無礼も、皇女は気にしない様子だった。

 先日、白竜ヴァンの見物に来た際に一度顔を合せただけのルッカに微笑みかけるのも忘れない。

 皇天が高齢になってから恵まれた唯一の女の子と言うことで、親からも年の離れた兄達からも溺愛されて育ったと聞くが、挙措には落ち着きがある。クランなどよりもよほどしっかりして見えた。


「まあ、竜の息でお肉をお焼きになるのですか?」


 フランドラグの料理や文化について、皇女は興味深そうに質問を繰り返した。外交上の建前ではなく、本当に楽しそうにリュートと会話を弾ませている。

 リュートの方も飛竜で空を飛んでいる時にも負けないくらいに上機嫌だ。


「それではリュート様は軍の兵糧をお食べになるのですか?」


「ええ、調練の時は兵と同じ物を。今回も道中では何度も口にしました」


「美味しいのでしょうか?」


「味は、……そうですね。今日テーブルに並べられている料理と比べると、それはそれは味気ないものですよ。塩だけで味付けた小麦の団子のスープであったり、干し肉がひとかけらだけ浮かんだ粥であったり」


「それは、……確かにあまり美味しそうではありませんわね」


 皇女は眉をひそめ、声の調子を落とした。

 打てば響くと言う感じで、皇女はリュートの望む反応を嫌味なく返す。


「味だけで言うならそうでしょう。ですが、食事というものは何を食べるかより、誰と食べるかの方が重要だと私は考えます」


「誰と?」


「ええ。味気ないただの兵糧でも一緒に訓練を乗り越えた戦友と肩を並べて食べるなら、この上ない御馳走です。―――もっとも、愛らしい姫君の隣りで味わう本日の料理にはさすがに敵いませんが」


「まあっ、リュート様ったら」


 皇女が年相応の笑顔を浮かべた。


「話が弾んでいるな」


 数名を引き連れて、皇天が姿を現した。


「お父様、お兄様」


「陛下、皇太子殿下、本日はお招き頂きありがとうございます」


 先日中庭で会った時とは異なり、王冠を被り深紅のマントをなびかせ、如何にも王様という装いだ。

 隣りにいる品の良い壮年の男性が嫡子で皇太子と言うことらしい。


「リュート殿下、よくぞ参られた。出来る事なら、もっと頻繁に顔を見せて欲しいものだが。父上がお喜びになる」


「御無沙汰してしまい申し訳ありません。殿下にお呼び頂ければ、いつでも飛んでまいります」


「飛んでまいるか。貴殿なら、まさに文字通り飛んでくるわけだな。飛竜では、フランドラグからここまでどれほどの時が掛かる?」


 皇天が問う。


「そうですね。並みの竜なら四日。フランドラグならば三日といったところでしょうか」


「そんなものか。やはり飛竜というのは凄いものだな」


 皇天が目を細めてうんうんと首を振った。

 皇天がリュートへ向ける目は、皇太子や皇女へ向けるものと変わりない。


「しかし、しばらくはそう気安く呼ぶというわけにもいきませんね、父上。殿下にはフランドラグにいてもらわねば」


 皇太子が真剣な口調言う。


「……帝国ですね」


「うむ。すでに東部はほとんどかの国一色に染まったと言って良い」


 いずれ帝国と雌雄を決する。

 それは、西側諸国に生きる誰もが抱く思いだ。百年以上の時を経てなお皇国を中心に固く連合を保っているのも、その思いがあればこそだ。

 再び拡大路線を隠そうともしなくなった帝国。そして西側諸国に生まれたリュートと言う英雄の再来のような存在。それを機運と感じている者は多い。


「願わくば戦役があまり長引くことなく、我が妹が可憐な年頃のうちにリュート殿下には戦場より解放されて欲しいものだ」


「殿下、それは」


「まあ、お兄様ったら」


「ふふ」


 皇天は皇太子の軽口を否定することなく、口元で小さく微笑んだ。



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