表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

4-1 皇国外遊

 ローラシア大陸西端に位置するセントドラグ皇国の都は、フランドラグの王都とは比べものにならないほど荘厳であった。

 国の豊かさでいえば、フランドラグと大差はない。

 領土はフランドラグと同じく小国の規模である。豊かな平地があるから石高では上だろうが、飛竜のような特産を持つわけでもない。

 華やかで人通りも多いのは、やはりここが大陸西側諸国の盟主、皇国であるからだ。

 上空から眺めても、建物の作りからして違う。

 通りには五階、六階建ての大きな建物が並び、しかもそれらは国のものではなく商人の私有物であると言う。フランドラグにはこれほどの規模の建造物は王城ぐらいしかない。


「おお」


「そういえば、お前を連れてくるのは初めてだったな、ルッカ」


 思わず漏れ出た嘆声を、隣を飛ぶリュートが聞きとがめた。


「はい。外国へ伴われるのは初めてです」


「そうだったな。俺が誘っても全然乗って来なかったものな」


 平民の出に異国での振る舞いなど分かりはしない。リュートに迷惑を掛けるのではないかとずっと自重してきた。

 いい加減慣れるように隊長のライアンに言われ、今回の外遊に伴われることになったのだ。

 それがいきなり皇都へのお供と言うのは重圧だが、ライアンに言わせれば最もリュートに好意的な国で、部下の多少の粗相くらい笑って許してくれる相手だと言う。

 それも、地上の様子を見れば納得だ。


「――――っ!」


 街には人がひしめき、空を見上げ歓声を上げていた。

 リュートは手を振りそれに答えている。

 やがて、セントドラグの皇城が見えてきた。やはりフランドラグの城とは比べ物にならないくらいに大きい。


「降ります」


 先導の二騎がその城の中庭へと飛竜を向けた。

 セントドラグの竜騎士だ。いずれもフランドラグで操竜術を学び、竜騎士隊にも数年籍を置いている。翼をはためかせ、よどみない動きで着陸した。


「では先に行くぞ」


 通常なら護衛の竜騎士隊が先に降りて安全を確保するべきだろうが、皇国相手にそれは非礼に当たるという。

 相手は宗主国であり、主君の御座所に兵を先入れさせる将などいない。


「みんな、殿下に続いてください」


 ライアンから隊長代理を任されたルッカの指示で、竜騎士隊は隊列を組んだまま中庭に降りた。


「ここが―――」


 周囲を見渡す。

 特に何の変哲もない中庭だが、フランドラグの竜騎士にとっては感慨を禁じ得ない聖地なのだ。

 本来、異国の城内に飛竜を直接乗り入れるなどあり得ないことなのは、ルッカにも分かる。

 それが許されるのは、この中庭が皇国とフランドラグの竜騎士にとって特別な場所であるからだ。

 二百年前、帝国の侵攻により大陸西端のまさにこの地へ追い詰められた皇国の王、すなわち皇天こうてんは、今は城の中庭となったこの場所で一人の竜騎士に斧鉞―――軍事権を象徴する斧と鉞―――を授ける。後のフランドラグ開祖である。

 封建領主となった後も開祖と皇天の緊密な関係は変わりなかった。故に開祖とその護衛の竜騎士は中庭での離着陸を認められていた。

 そしてリュートが竜騎士となり王太子ともなった時に、その不文律が再びよみがえらされたのだ。


「―――竜を乗り換えられたのか、リュート殿下?」


「はっ、陛下。私が自ら母竜の胎より取り上げた竜にございます。フランドラグもまだまだ健在ですが、この機会に陛下にもご覧いただきたく、乗って参りました」


「ふむ、白竜か。何と見事な。―――しかし、あの古龍に何かあったというわけではないのだな。少し心配したぞ」


 金銀に彩られた華美な鎧の兵士を引き連れた初老の人物。これ見よがしな王冠など被ってはいないが、間違いないだろう。

 皇天。この大陸でもっとも貴い、王の中の王。


「これは要らぬご心労をお掛け致しました。あらかじめ書簡でお知らせしておくべきでしたか」


「構わぬよ。皇都の暮らしはあまり変わり映えせぬのでな。殿下の立てる波風は実に心地良い。後で娘にも、白竜を見せてやってくれぬか? 女子おなごが喜びそうな美しき竜よ」


「はっ」


 ライアンから聞いた通り、皇天はリュートへの好意を隠そうとしない。


「今日は、騎士隊を率いている者も違うようだ。ずいぶんと若い騎士のようだが」


「この者は我が軍最年少の竜騎士で、名をルッカ・ドラグシェルフと申します」


 突然水を向けられ、ルッカはぎこちなくも直立した。


「ドラグシェルフというと、確か」


「はい。私の母方の従弟に当たります。言葉を選ばず言わせて頂くと、弟のようなものです」


「ほう、リュート殿下の弟か。ルッカ・ドラグシェルフ殿、兄上のお力になってやってくれ」


「―――はっ、はは、はいっ。ももっ、もちろんで御座います」


 直接声まで掛けられ、大狼狽の末にルッカは深々と頭を下げた。

 リュートやクランと親しく付き合ってはいても、ルッカにとって王族はやはり雲の上の存在である。ましてやその頂点に位置する皇ともなれば、文字通りの天上人だった。


「して、いつものライアン隊長は?」


「はっ、かの者もまた健在でございます。今日は、私とライアンが次の隊長と目している者に、少しは経験を積ませようかと思いまして。―――何しろこの調子ですので」


「ふふっ、なるほどな。確かに殿下の右腕を務めるには、もう少し経験が必要か。しかし殿下とライアン隊長がともに認めるのなら、腕は良いのであろう?」


「はっ、それは文句のつけようがなく」


 何やら自分のことが話されているようだが、内容がまったく頭に入って来ない。


「―――ルッカ殿」


「はっ、はいっ!」


 皇天に名を呼ばれ、再びびしりと直立する。


「ふふっ、そう硬くならず、ごゆるりと皇都を楽しんでいくが良い」


「はっ、ははーっ」


 深々と頭を下げる。


「これは―――」


「ぷっ、くくっ」


 皇天とリュートが笑い出すも、やはりルッカには何を笑われているのか理解が追い付かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ