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3-2 模擬戦

 中天にさしかかる太陽の元、ジャンは再び皇帝に拝謁していた。

 帝都をぐるりと囲う城郭の、ちょうど南門の真上に位置する高楼で、隣りにはレオウルフ将軍も同じように膝を付いている。

 高楼には他に皇族、名門貴族のお歴々に、軍部のお偉方までが居並んでいる。

 南面する皇帝の視線の先―――城郭南壁の正面はこの日のために特別に整地された練兵場で、ジャンとレオウルフ将軍指揮下の隊が向かい合って整列している。

 城壁の上には、民がひしめいている。それは数日前から続く場所取り合戦の勝者達だ。

 ジャンが戦うと聞いてサラも見物したそうにしていたが、昨夜の時点で城壁の上はとっくに隙間なく埋まっていた。

 模擬戦の主役の一人という立場なら、高楼の上に客の一人くらい招待することも出来るかもしれない。が、それは試みてみる前にサラに止められた。貴賓にまぎれての観覧など楽しめるはずがないとは本人の言である。


「今日は、お前の得意の爬竜隊とやらを見られるものと思っていたのだが」


 皇帝が眼下の兵団に目を落として言った。

 ジャンの旗下は歩兵に騎兵という実に一般的な軍構成だ。


「爬竜隊は地形の選択や前もっての下準備があってのものです。このような平地の練兵場で合図を待って一斉に、という戦いには向きません。―――それに何より、あれは手加減というものが出来ませんので」


 ジャンの物言いにレオウルフが不快げに眉をひそめるも、どこ吹く風と流した。


「そうか。対するレオウルフ将軍は自ら飛竜を駆って出撃すると言う話だが、お前の隊は騎馬と歩兵のみで良いのだな?」


「はい。それで何ら問題ありません」


 ジャンの言をさらなる挑発と取ったのか、隣りのレオウルフはいっそう怒気をみなぎらせた。

 二千と二千のぶつかり合いで、互いに五百が騎馬だった。ただの一騎で騎兵数百、歩兵一千にも相当すると言われる竜騎兵の有無は戦力的には決して小さなものではない。


「よし、それなら始めよ」


「はっ」


 二人同時に答えると、城壁を足早に駆け下り自軍へ合流した。


「……むこうは飛竜付きか」


 副官のアインウッドが詰まらなそうに言った。

 この同い年の二十四歳は、士官学校の同期生である。ジャンのように平民の出ではないが下流も下流、貴族とは名ばかりの家系に連なるという。やはり士官学校を卒業したと言うだけで要職を望める血筋では無い。在学中は特に親しくした覚えもないのだが、卒業以来望んでジャンの副官に付いている。

 もう一人の副官サルドは、四十近い歴戦の兵士である。経験を買って引き上げた人物だ。


「レオウルフ将軍の講義を覚えているか?」


 アインウッドに問う。

 レオウルフは、まずは禁軍第一の将軍と言って良いだろう。調練では負け知らずだという。


「確か、飛竜の運用法についての話だった気がするが、はっきりとしたことは覚えていないな。……おいおい、まさかお前も覚えていないのか? ぶっちぎりの主席で卒業したお前が?」


「座学と実戦は別物と言うからな。実戦に出た時に、士官学校で習ったことの大半は忘れることにした」


「忘れることにしたって、それで実際に忘れちまえるもんなのかよ?」


 アインウッドは呆れ顔で言う。


「さあ? ただ少なくともレオウルフ将軍の講義内容は頭に残っていないな」


 それはつまり、六年間の実戦の中で思い返す機会も必要も無かったと言うことだ。


「まったく、お前の頭の中身は一体どうなっているのかね?」


「割って覗いてみるか? 次席のお前なら理解出来るかもしれないぞ」


「いらん。俺はお前になりたいわけではなく、お前に付いていって楽に偉くなりたいだけなんだからな」


 アインウッドが悪びれることなく言うのと同時に、模擬戦の開始を告げる鐘が打ち鳴らされた。

 騎兵が真っ直ぐに駆けて来る。

 禁軍と言うのは装備も個々人の資質もこの国の最精鋭である。大抵は貴族の次男坊三男坊であり、貧困から抜け出すために入隊した平民出身の兵士とは骨格から違う偉丈夫揃いだ。乗っている馬も大きい。小細工の必要を感じていないのだろう。


「迎撃隊形を整えよ」


 一応口に出したが、兵は言われる前から動き始めている。戦場で数えきれないほど経験した場面だ。

 まずは歩兵だけで堅陣を築き、騎兵は一つ所にまとまらせずに散らした。

 兵の身の丈の三倍もある鎌槍が騎兵の突撃を阻み、鎌に引っ掛かった数騎が落馬する。集団戦ならやはり槍は長いに越したことはない。


「――――っ! ―――っ!!」


 城壁の上で民の大歓声が上がった。当然、騎兵の突撃を防いだだけの歩兵に対する賞賛ではあり得ない。

 敵陣から、飛竜が飛び上がっていた。

 帝国では飛竜も竜騎士も軍の規模に比して多くはない。竜が飛ぶ姿を見ること自体珍しいのだろう。颯爽とした竜騎士の派手な戦果を望む声だ。


「今頃離陸するとは、舐められているのでしょうか?」


「いや、目立ちたいだけだろう」


 副官サルドの疑問に率直に答える。

 騎兵の突撃に合わせて上空から圧力を掛けていれば、多少なりこちらの布陣を崩せたはずなのだ。


「来ます。―――迎撃っ」


 サルドの号令で周囲の兵が鎌槍を構える。

 予想通り、レオウルフは自らが最も目立つ戦い方を選んだ。ジャンのいる本陣目掛けての急襲だ。

 地上の戦況などと無関係に、容易く敵中枢を襲撃出来るのは間違いなく竜騎士の強みではある。

 飛竜が白地に黒で横一線のジャンの軍旗に迫ると、歓声はさらに高まった。


「民の期待には答えられそうにないな」


 急降下した飛竜は本陣とぶつかり、そして離脱していく。

 長大な鎌槍で槍衾を作ってやれば、飛竜とておいそれと手は出せないのだ。

 再びレオウルフが降下し、鎌槍の穂先を竜の爪と騎竜槍で薙いでいく。一時槍衾が乱れるも、すぐに兵は整然と槍を構え直して付け入る隙を与えない。

 レオウルフ軍の騎兵が、飛竜の本陣襲撃を援護しようと無理押しにかかる。が、やはり槍衾を崩せず、無為に数を減らしていく。


―――まったく、これでは教えと逆ではないか。


 ふと、レオウルフの講義の内容が甦って来た。

 あえて思い出すほどのこともない、基礎的な話だ。

 竜騎士の運用は大別すると二つ。

 一つは地上の戦場が有利に運ぶように上空から圧力を掛けるやり方だ。常道であり、正攻法である。

 もう一つが上空から直接標的を狙うやり方。今まさにレオウルフが取っている方法だ。

 それはあくまで隙をついての一刺しであり、起死回生の一手の類だ。地上部隊に損耗を強いてまで固執するなど、本末転倒と言うしかない。


「―――おおおぉおおぉぉぉっっ!!」


 そこで鬨の声が上がった。

 民の歓声でもレオウルフ軍の吶喊とっかんでもなく、勝鬨かちどきである。

 模擬戦の勝敗は、大将首を取るか、相手方の本陣を落とすかで決まる。そしてレオウルフ軍の歩兵部隊の真ん中で、アインウッドが馬上槍を天に突き上げていた。

 本来その場所に立っているべき禁軍の紫の旗は見えない。

 こちらの本陣に注意が集中したところで、散らしていた騎兵が一隊となり、一突きで敵本陣を落としたのだ。


「―――――、―――」


 あっけない幕切れに、竜騎士の活躍を期待していた聴衆からは不平の声が漏れる。


「―――良い勝負であった!」


 打ち消すように、雄々しい声が降り注いだ。

 皇帝はマントをたなびかせ、上機嫌で練兵場まで降りて来る。


「見事だ、ジャン・バルバロッド」


 片膝を付いたジャンに無造作に近寄り、皇帝は言う。

 昨日や先刻の謁見時よりも近く、手を伸ばせば触れられるほどの距離だ。


「はっ」


「―――お前も見事な操竜術だった。さすが、腕は衰えていないな」


 下竜したレオウルフを皇帝がねぎらう。


「はっ。―――実戦では、こうは行きません。我が首を取られたわけではないのですから」


「―――っ」


「何か?」


 兵の間から小さく笑いが漏れ、レオウルフがジャンと兵を交互に睨みつける。

 さすがに気が引けたが、皇帝に視線で促され口を開く


「禁軍のレオウルフ将軍の口から、実戦の何たるかをお聞かせいただけるとは思いもよらなかった、と言うことかと」


「ぬぐっ」


 レオウルフが顔を真っ赤に染める。

 禁軍―――皇帝の近衛兵が実戦を戦った記録など、恐らく戦史を数十年とさかのぼらねば見つかりはしないだろう。


「はっはっはっ、それでこそよ。そうそう禁軍の活躍の場などあってたまるか」


「はっ。まこと、陛下の仰る通りかと。闇雲に抜くばかりが剣の使い道ではございません。御身を守り抜いてこその禁軍なのですから。兵達は後ほど叱っておきます」


「―――っ」


 禁軍が本陣を落されるということの意味に気付いたのか、レオウルフが今度は顔を蒼白に染めて押し黙った。


「ふむ、しかし近くで見るとずいぶんと長い槍を使っているな。―――これもお前の工夫か?」


「はい。この長さがあれば新兵も敵を恐れませんし、平民が騎馬も落とせます。取り回しが悪いため、個人技を誇りたい騎士達には不評ですが」


「なるほど、色々と考えるものだな。ジャン・バルバロッド将軍。……ジャン・バルバロッド。バルバロッドか。バルバロッドと言うのはこの国には珍しい、なかなか勇ましい響きの姓だな」


「私の故郷の村の名前です。バルバロッド村の人間のほとんどはバルバロッドを名乗ります」


 大陸西岸の小さな村だ。皇帝が知らないのも無理はないだろう。


「そうか。バルバロッド村のジャンか。そう聞くと途端に平凡な名前だ。当の本人の容姿も骨柄も十人並み。平凡を絵に描いた様な男だな、ジャン・バルバロッド」


「はっ、部下にもよく言われます」


 帝国に多い黒髪黒目で中肉中背。特徴が無さ過ぎるのが特徴などと揶揄されることもある。


「そうか、部下からも言われるか。―――しかし、絵に描けない内面は非凡そのもの」


「いえ、私など」


「らしくもない謙遜などはするなよ、ジャン・バルバロッド。禁軍第一の将軍を破って見せたのだ。お前の謙遜は主である俺をも貶めると知れ」


「はっ、失礼いたしました」


「何か褒美を取らせよう。しばし帝都に留まり、沙汰を待つが良い」


「はっ」


 返答し顔を上げた時には、すでに皇帝はマントをひるがえしていた。



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