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3-1 帝都への帰還

 戦を面白いと思ったことはない。しかしやるからには犠牲など出さず、上手く片付けたいものだ。




 二十四歳になった。

 十八歳で士官学校を卒業して、すぐに部下を与えられた。僻地ばかりをたらい回しにされ、戦場を駆け回った。

 ほとんど地獄のような日々が過ぎ、気付けば将軍として都に招聘されるまでになっていた。


「お前がジャン・バルバロッドか。六年で四つの国を陥とした男」


「私が将軍として全軍を指揮したのは三つめからです。それ以前の戦功は当時の将軍のものです」


 初めに直言を許されていたから、ジャンは皇帝の間違いを直接正した。

 一瞬、謁見の間は水を打ったような静けさに包まれたが、すぐに皇帝の哄笑がそれを打ち消した。


「はははっ、そうかそうか、噂と違い謙虚な男だな。なれば六年で二つの国を陥とした男と言い変えよう」


「いえ、私が将として指揮を取った二国に関しては、合わせて一年で陥としております」


「はっ、そうか、一年で二国か」


 いっそう大きな哄笑が響いた。

 一部隊長であった頃から、一つの戦を終えるやすぐに次の戦に駆り出され続けている。

 占領地での内政などは、他の貴族出身の将軍達に全て任せきりだ。威張り散らしているだけで懐が温まる楽な仕事だというが、戦後の煩わしさに関わりたくはないジャンにとって、それは願ってもない話だった。

 そうした態度が無欲と見なされ、上官達からは反感を買いやすい言動もいつしか無私ゆえに阿らないのだと捉えられた。そうしてジャンは平民出身としては異例の―――戦功を考えれば至極順当に―――将軍の地位を得たのだった。

 将軍となってからもそれは同じだ。

 国を一つ落とすやすぐに他国へ回され、そして二つ目を落としてすぐにこうして帝都に呼び戻されたのだ。


「見かけによらず面白い男よ」


「陛下、戦功は正確にあるべきです」


「そうか。うむ、そうだな」


 皇帝は満足気に首肯した。

 士官学校の卒業式、そして将軍の叙任式の際に拝謁しているが、前者は大勢の卒業生の中の一人、後者も同時に昇進した数人の将軍の中の一人でしかなかった。

 だから、こうして皇帝その人の息吹を間近に感じるのは初めてである。

 四十を幾つか越えた歳のはずだが、若々しいまでの精気に満ちている。二十も年下のジャンが、しばしばその若さに圧倒されるほどだ。さすが即位以来富国強兵に努め、軍事大国の威信を取り戻した英主だけはある。


「ふふっ、気に入ったぞ、ジャン・バルバロッド。わざわざ今最も強いと噂の将軍を呼んだかいがあるというもの。禁軍からはレオウルフ将軍を出す。知っているな?」


「はい。確か士官学校で講義を受けたこともあったかと」


「そうか。明日を楽しみにしているぞ」


「はっ」


 一礼して、謁見の間を後にした。

 何人かの貴族に晩餐に誘われたが、丁重に辞して街に繰り出す。

 士官学校卒業以来、久しぶりに訪れた帝都は人であふれ返っていた。

 皇帝の即位二十年を祝う祭典が何日か前から開催されている。遠くからの見物客も多く、常以上に人が多いのはそのためだ。

 裏通りへいくつか入ると、さすがに人波も落ち付いてく。

 懐かしい家並みを抜け、ジャンがたどり着いたのは中でも最も懐かし建物だ。入口の上に掲げられた看板には大きく“黄昏の供”と書かれている。

 扉を開けると、カランコロンと鈍い鐘の音が鳴る。これもまた懐かしい。


「あっ、ジャンさんっ」


 いくらか不機嫌そうな声を上げて、少女が駆け寄ってきた。

 山吹色のエプロンに同じく山吹色の頭巾を巻いている。


「サラか。大きくなったな、見違えた」


「いきなりこんな大人数で押しかけられても困ります」


 六年振りの再会だが、サラは何事もなかったように話しかけてくる。

 “黄昏の供”亭は、ジャンが士官学校在学中に世話になった宿屋だった。一階は夜は酒場として開放していて、そこで料理や給仕を手伝うことで格安で長期滞在させてくれたのだ。


「すまない。適当に相部屋で詰め込んでもらって構わない。地べただろうと問題なく眠れる連中だからな」


「ジャン隊長、それは酷いです」


 将校の一人が言った。すでに酒を始めているようで、声が無駄に大きい。

 随行した兵のうちの将校を中心に二十人ばかりをこの古巣に招待した。

 六年前初めて戦場に立った時からの部下達である。兵の多くが城外で野営することを思えばいくらか心苦しいが、長い戦歴を共にした者達には多少の褒美があっても悪くはないだろう。


「周りの宿屋にも掛け合って、無理を言って何部屋か都合してもらいました。お祭り中だから、今はどこも満室なんですから」


「そうか。ありがとう」


「まったくもう」


 サラの言い様は、ジャンが滞在していた頃から何も変わっていない。

 もう十七、八歳にはなっているだろうか。六年前からしっかりした娘で父一人子一人で宿を切り盛りしていたが、さすがに以前の背伸びをした印象は薄れ、年相応の看板娘といったところだ。


「さて、厨房を借りるぞ」


「大量に送られてきた食材は、やっぱりそういうことですか」


 昔から料理は好きだった。

 手を加えたら加えただけ、その通りの結果が得られるのが良い。戦や調練ではそうはいかない。

 いずれ軍を退役したなら、小さな料理屋でも開きたいとすら考えていた。腕の方も我ながら悪くはなく、帝都にいた頃にはジャンの作る料理は黄昏の供亭の売りの一つだったし、軍営でも兵の評判は上々だ。

 もっとも兵達にとっては今日の晩餐よりも、明日の一仕事を終えた後に繰り出す夜の街こそ本番だろう。料理を振る舞うというのは言ってしまえばジャンの自己満足と、懐かしい厨房に立ちたくなったというだけのことだ。


「店主、久しぶり」


「……」


 厨房に踏み込み言うと、店主は無言のまま頷いた。

 いくらか顔のしわが増え、髪にも髭にも白いものが見えるが、娘のサラとは似ても似つかない無愛想は変わりない。

 店主がすっと指差した先には包丁ナイフにまな板、大鍋にフライパン、各種調味料までが当時のままに並べられている。


「ジャンさん、料理するならこれを」


 サラがカウンターから身を乗り出して言った。手には深い緑色のエプロンが握られている。


「まだ取ってあったのか」


 やはり当時ジャンが使っていたものだった。


「ジャンさんがいつ大失敗をやらかして、軍を追われても良いようにねっ」


「ここで料理人か? 悪くない人生だろうな」


「ほんと? なら―――」


 手早くエプロンを身に付けながら言うと、サラがさらに身を乗り出してきた。


「まずは目の前の料理だ」


 そばかすの残る鼻の頭に指を突き付け、カウンターの向こうへ押し戻した。


「まずは―――」


 ジャンは軍役中には不足しがちな野菜を手に取った。

 兵は口ではいつだって肉が食べたがるが、頭が求める食材と身体が求める食材は別だ。

 手早く包丁を走らせ、フライパンを振るい、一品目は簡単な炒め物を手早く仕上げる。二品目、三品目を作る頃にはすっかり厨房の勝手も思い出し、同時に煮込みの仕込みも開始する。

 出来上がった品からサラに手渡し、あるいは自ら厨房を出て皿を運んだ。兵にはどうせなら女の子に給仕されたいと不評だったが。


「―――それで、今日はどうして帝都に戻ってきたんですか? ご同僚の方まで引き連れて。今は地方勤務のはずですよね?」


 料理と給仕の仕事に一区切り付けてジャンがカウンターの空いた席に腰を降ろすと、見計らったようにサラがすり寄ってきた。

 そうした態度は一緒に暮らしていた子供の頃と変わらない。サラもちょっと休憩ということなのか、頭巾を外して隣席に腰掛けた。

 頭の後ろでお団子状にまとめた髪はやはり山吹色で、ちょっと広めのおでこにはうっすら汗が浮かんでいる。


「……地方勤務。まあ、間違ってはいないか」


 言いながら、店主から差し出されたエールのジョッキを受け取る。厨房で火を使った後だけに有難い。


「それでそれで、帝都には何をしに? というか、いつまでいられるの?」


「ああ、そう言えばどうなんだろうな。明日の件で呼ばれたは良いが、任地は正式に後任に明け渡してきてしまったし。新しい辞令が下りるまでしばらくは帝都で待機ってことになるのかもしれないな」


「へっ、じゃあ、しばらくこっちにいるの? もう、それなら早く行ってよね。ちゃんとお部屋の用意しないとじゃない」


 サラはどこか嬉しそうに不平を言う。


「すまない。何しろ本当に急に呼び出されたものでな」


「そうそう、呼び出されたって何なの? 明日の件って?」


「ああ、祭りの最終日の明日、陛下の御前で禁軍の模擬戦相手を務めることになってな。…………どうかしたか?」


 サラが目を見開いて、口をパクパクと動かしている。年頃の乙女の表情としては少しばかり残念だ。


「―――こっ」


「こ?」


「こっ、こんなところでのんびりお酒飲んでる場合じゃないじゃないっ!」


「……こんなところって、自分の店をそう卑下するものではないぞ、サラ」


「ああ、もうっ! ジャン・バルバロッド将軍の名は帝都にまで聞こえるようになったから、よっぽど頑張っているのかと思えばっ。どっか抜けてるところは変わらないっ」


「失礼なことを言う。一体どうしたんだ?」


「陛下の御前でっ、禁軍を相手に戦うんでしょうっ!? 大変なことじゃないっ。何をそんなに落ち着ているのっ?」


「別段、そうたいしたことではないだろう。本当の戦と違って人も滅多に死ぬことはないし、死ぬにしても軍籍だ」


 戦争となればそうもいかない。大勢の兵が死ぬのは当然として、民も多く巻き込まれるのだ。


「そういうことじゃなくって、もし陛下の御前で禁軍の精鋭に勝てたら、それってこの国で一番の軍人ってことでしょう!? 大出世間違い無しじゃない!」


「まあ、俺が勝つのは間違いないだろうな」


 勝ったからと言って、出世に繋がるとも限らない。

 現に士官学校を誰よりも優秀な成績で卒業したところで、貴族出身の他の同期のように一足飛ばしで将軍とはいかなかった。


「ううっ、あいかわらず変なところだけ自信満々なんだからっ」


「出来もしないことを出来ると言うのは過信というものだが、出来ることを出来ないと言うのは卑屈が過ぎるというものだろう。そうでないなら、単純に戦力分析が甘いってことだな」


「ほんっと、この人は」


 サラは頭痛でも堪えるように額に手を当てた。



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