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1-3 兄と弟

 二本の縦列を組んだ飛竜は並走ならぬ並翔していた。

 刹那、それは一本となり、次の瞬間には互いの位置を入れ替え再び二本に分かれる。


「よしよし」


 危なげ無くこなしたヴァンの首筋をポンポンと軽く叩いた。

 隊列を崩さず速度も落とさずに馳せ違うのは、フランドラグの竜騎士のお家芸であり、他国の竜騎士には真似出来ないものだ。

 ヴァンに騎乗して隊の訓練に参加するようになって数日、おっかなびっくり飛んでいた白竜の姿はもうない。

 続けて横列に楔、車輪に8の字と隊列の調練を終えると、そこからは竜騎士隊全十二騎が総当たりで一対一の模擬戦を行う。

 後ろを取れば勝ちという取り決めで、飛竜の機動力と騎士の操竜術を競い合うことになる。

 普段はフランドラグを駆るリュートの独壇場だが、ヴァンに乗り換えてからは取りこぼすこともあった。しかしこの調子なら今日は―――


「―――ああっ、ついに隊長も」


 十戦目、長い飛び合いの末に竜騎士隊隊長のライアンの背後を取った。

 同時に開始された他の五つの模擬戦はすでに勝敗を決しており、観戦に徹していた竜騎士達が口々に感想を言い合う。


「お見事。そちらの竜、―――ヴァンもすっかり調練に慣れた様子ですな、殿下」


「ヴァンが慣れたというよりも、俺がフランドラグとの違いに慣れたって感じかな。昨日まではこの子にも悪いことをした」


 ライアンは小さく頷き返し、顎髭を撫でる。

 リュートが物心付いた頃にはすでに空に有った古参の竜騎士だ。


「こりゃあお前に望みを託すしかないな」


 レイフがリュートの最後の模擬戦相手となるルッカに飛竜を寄せて言う。

 レイフはリュートやルッカを除けば竜騎士隊で最も若く、まだ二十代前半だ。一般的には十分に早熟の天才である。


「そんな無茶な。私は殿下にはまだ一度も勝てたためしがないんですよ」


「まずそれがおかしい。ここ数日、隊長以外にも何人か殿下に勝ってるってのに、お前がまだ勝ってないってのはおかし過ぎる。手ぇ抜いてるんじゃないだろうな?」


「まさか。だいたいレイフさんだって、一度も勝ててないじゃないですか」


「だからこそ言っている。ここで殿下が全勝なんてしてみろ。俺が一度も勝てないまま、また無敗伝説が復活しかねない。明日の俺の勝利はお前にかかってる、頼んだぞ、ルッカ」


「やるだけやってはみますが」


 レイフに送り出されるようにルッカが愛竜フレールを進める。


「殿下、勝負です」


「おうっ、来い」


 しかし勝負の結果を、他の竜騎士達が目にすることはなかった。

 背後をうかがい合いながら並翔し、速度が落ちたところを得意の宙返りで早々にフレールの尾をとらえた。

 他の五つの模擬戦はいずれも決着がついていない。


「くっそ、やっぱり駄目だったかぁ。―――って、しまったぁっ!」


 いや、唯一横目にこちらを伺っていたレイフだけはルッカの敗北を目の当たりにし、その隙を突かれて後ろを取られている。


「はぁ、やっぱり兄さんには敵わないなぁ」


 ―――お前がそう思い込んでいるだけだ。


 と、言ったところで頑なになるだけなのは承知している。

 リュートは無言で肩を竦めた。

 調練を終えると、リュートとヴァンは王城の中庭に降り立った。

 鞍を外し、羽や四肢に不調が無いか確認する。ぬるま湯とブラシで汗を吸った鬣は洗ってやる。


「殿下、本日はローガン殿がお見えになることになっています」


「ああ、そうだったな」


 ヴァンの世話を終えると、同じくフレールの世話を終えたばかりであろうルッカが駆け寄って来た。

 王太子となって以来、父王から政務の一部を任されている。

 特に軍に関してはここ数年ほとんど一任されていた。予算の関係で合わねばならない人間は多い。

 そしてルッカには、自然と側仕えのような真似をさせていた。

 竜騎士でもあり、他にやるべき仕事も少なくないのだろうが、リュートの行動と思考を常に先回りしてくれる快適さについつい甘えてしまっている。


「しかし、お前はまだローガンのやつが嫌いか。顔に出ているぞ」


 リュートは執務室も兼ねた自室へ向けて歩きながら、ルッカに横目をやった。


「―――っ! そんなことは」


 ルッカがしかめた眉根をもみほぐしながら言う。

 ローガンは若手の文官の中では際立って優秀で、父王や大臣達からの信任も厚い。リュートも軍費のことなどで相談することは多い。


「そんなことはないってか? ほー、へーえ、はーん」


「…………私は、あの方を信用してはおりません」


 ちょうどリュートの部屋に到着し、ドアを閉め切ると同時に、ルッカは観念した様子で肯定した。

 ローガンはかつて王妃や第二王子に親しく、リュートの部屋を訪れるようになったのは立太子後のことだ。そして今では王妃達とは疎遠だという。

 確かに清廉潔白とは程遠い男だが、ルッカがこうまで感情をむき出しにするのは珍しい。


「そう邪険にするものではない。仕事は出来る男だぞ、仕事はな」


「しかし―――」


「―――ローガンです。殿下」


「おお、入れ」


 折良く当人の御到着だ。

 入室を許可すると、四十がらみの男が室内に姿を現した。

 リュートやルッカとは比べるべくもないが、当然高級官僚としてはかなり若い部類に入る。

 文官にしてはかなり長身の男である。

 リュートとルッカは武人としては身長のある方ではないから―――飛竜に乗って空を駆ける特性上、竜騎士に大柄な者は少ない―――上背で言えばローガンの方が上だ。

 ただ全体にひょろりと長細い印象で、病的なほどの痩躯である。胸板の厚みなどリュートの半分にも満たない。


「ちょうど、お前の話をしていたところだ」


「私の話ですか?」


 ルッカが嫌そうな顔で見つめてくるのを無視して、リュートは続けた。


「お前が信用ならない奴だって話をな」


「ははあ、ルッカ殿ですか」


「ああ、嫌われたものだな」


「ご心配されずとも、私は裏切りませんよ。リュート殿下が王太子であり続ける限りは」


「っ! 貴様っ!」


 詰め寄り掛けたルッカを、リュートは手振りで制した。


「ふむ、ルッカ殿は言ってしまえば、リュート殿下の私臣のようなものですな。その忠誠は全て殿下に捧げればよろしい。しかし、私はあくまでフランドラグ王家、引いては国家に仕える者。忠誠を捧ぐべくは第一に王であり、次いで民の安寧なのです」


「――――っっ!」


 ローガンがルッカの神経を逆撫でする様な物言いを続ける。ルッカは無言で歯を軋ませ、拳を握りしめている。


「この国の未来を見据えるなら、妾腹の王子と次代の王たる太子とでは扱いを変えて当然のこと」


 王太子になったばかりの頃、リュートもローガンにその忠心を問い質し、似た様な台詞を吐かれたことがあった。

 曰く、国家ではなくリュート・フランドラグ個人に仕えろというのか。曰く、次の王なればこそそれ相応の忠心を捧げるのだ、と。

 その直截な物言いを聞いて、リュートはローガンという男をいっぺんに気に入ってしまった。

 案外、腹を割って話し合えばルッカとも分かりあえる部分があるのではないか。そう思い話題を振ってみたが、やはりそう上手くいくものではないようだった。


「ローガン、もう良い。ルッカ、ここはお前の負けだ、下がれ」


「しかし、殿下。このような不遜な者と二人きりになど」


「ルッカ」


「…………はい」


 視線を絡めると、最後には臣下としてというよりも弟分としてルッカは折れた。

 ひとつ大きくため息を付くと、かぶりを振って退室する。


「あまりルッカを虐めるな。あいつは口ではお前に勝てん」


「数少ない殿下の御寵臣に対して、失礼を致しました」


「奥歯に物でも挟まったような言い方だな?」


「いえ、ただ殿下にとってルッカ殿はやはり特別なのだと思いまして」


「まあ、従弟であり幼馴染であり弟分でもあるからな。―――何にせよ、お前もルッカとは上手くやってくれ。俺にとって特別というだけでなく、あいつはこの国にとっても特別だ」


「この国にとって、ですか?」


「ああ。次の竜騎士隊の隊長は、あいつだ」


「……それは殿下の御従弟で幼馴染で弟分であらせられるからでしょうか?」


 ローガンは持って回ったような口をきいた。

 “特別視”するのは構わないが、“特別扱い”されては困ると言うところか。


「まさか、実力さ」


 肩を竦め答える。


「ほう。私には竜騎士の技量は判断出来かねますが、そういえばルッカ殿は最年少で竜騎士隊に入隊を認められたのでしたな。普段は殿下の陰に隠れておいでですが」


「操竜術で言えば、隊でも一番だろう」


 リュートほど派手な騎乗をしないため素人目には目立たないが、隊の全員がルッカの技量を認めている。感覚的に過ぎるリュートよりも、よほど隊の指揮や教導には向いているだろう。

 昨日、クランが一日で竜を駆けさせることが出来たのも、ルッカの教え方が良かったからだ。

 フランドラグは賢い竜だが、だからこそ騎手を勘違いさせるような真似はしない。ルッカに教わることでクランにそれだけの技量が身に付いたということだ。


「というか、お前はもう少し市井に目をやった方が良いな。あいつが次の隊長候補だなんて、そこらの子供や町娘だって囁きあっているぞ。あいつは下手したら俺よりも民から人気があるくらいだからな」


「ふっ、さすがにそれはないでしょう。殿下は御開祖様以来の英雄であらせられますから」


 ローガンが苦笑する。

 何一つなしていない自分を、この皮肉屋までが英雄視している。


「ふんっ、今に分かるさ。あいつは俺なんかよりずっとすごい男になるぞ」


 皆の期待には答えたいが、一人くらいはその道連れにしても許されるだろう。



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