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5-2 英雄論

 


「少し早いが、きりも良いし今日の講義はここまでとする」


 宮殿で皇女に引き合わされた翌日は、かつて学んだ士官学校での講義だった。

 レオウルフとの模擬戦で勝利して以来、ジャンは帝都に留まっている。大陸西部には現在帝国と敵対する国は存在せず、故に戦場もありはしない。

 軍部からは“戦争屋”などと揶揄されるジャンに喫緊の働き場所はない。

 一緒に戦地を駈けずり回ってきた兵達は、アインウッドとサルドの監督の元で他の部隊との調練に明け暮れている。ジャンはと言うと、学生相手の講義や文官相手の会議など、言うなれば雑務を押し付けられていた。

 これも軍の中枢と顔を繋いでおくためであり、皇帝から仰せつかった大切な任務である。


「―――ジャン将軍、質問があります。よろしいでしょうか」


 かん高い声に導かれ挙手した生徒の顔に視線を向けると、ぎょっと心臓が跳ね上がった。


「……質問を許可します」


 動揺を押し隠して返すと、生徒は起立して教室中の視線を一身に集めてから口を開く。


「今日の講義の内容、先生は竜騎士を不要と考えていると言う理解で宜しいのでしょうか?」


「竜騎士一騎を養う金で、どれだけの兵を囲えるか御存じですか?」


「すいません、分かりません」


 軍隊好きと言っても、さすがにその財政にまで知識は及ばないらしい。


「我が隊古参の歩兵ならば三百。ただこれは部隊の維持費であって、竜騎士の育成費を含めればそれ以上に掛かるでしょうね」


「それは、……高いと感じるべきなのでしょうか?」


「我が隊の兵ならば、三百もいれば竜騎士五騎を落とします」


「つまり、竜騎士は軍費の無駄遣いだと、そういうことですか?」


「いいえ、高いのだから、大切にすべきだと言うことです。使いよう次第では、その価値は万の兵にも勝ります。―――では、今日はここまで」


 折り良く響いた講義終了を告げる鐘の音に、ジャンは教室を後にした。


「―――ジャン将軍」


 廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。


「……驚きました、殿下。本当に忍び込んで来られるのですね」


 振り返ると、先ほどジャンに質問をぶつけた人物が立っていた。第三皇女エレオノールその人である。

 軍服をアレンジした士官学校の制服に身を包み、目深に学帽を被っている。

 一応変装と言うことだろうが、周囲の生徒は気付いているようで、ひそひそとした話し声が聞こえて来る。

 あまりに堂々とした振る舞いに、指摘して良いものか計りかねている様子だ。


「今日はこれで受け持ちの講義はお終いかしら?」


「はい、先程の講義で最後です」


「ならこれから街を案内してくれないかしら? 学生時代は、この辺りに住んでいたのでしょう?」


「ええ、それは構いませんが。―――お伴の方は?」


 さっそく玄関へ向けて足を進めたエレオノールに、ジャンは急ぎ並んで尋ねる。


「そんなものいないわ。お忍びですもの」


「すると本当に一人で城を抜け出して、ここまで一人で来たのですか?」


「ええ」


 話しながらも、足はどんどんと玄関へ向かっている。聞いていた話以上に行動的で、そして変わり者だった。


「―――あら、あれは何かしら?」


 皇女は大通りなどではなく、地元の人間しか通らないような裏通りを行きたがった。普段一人きりのお忍びでは、さすがにその辺りは避けているらしい。


「あれは―――」


 講義中以上に、ジャンは忙しなく口を動かすこととなった。

 子供達が興じる遊びから、いかがわしい出店の類まで、皇女の興味は尽きることがない。


「へえ、この辺りの子はそんなお菓子を食べているのね。……ん、話していたら少しお腹が空いて来たわね。どこか美味しいお店はないかしら?」


「その先に私が学生時代から常宿としている、酒場兼宿屋がありますが」


「それならそこにしましょう。―――向こうね」


 即断即決といった感じで、エレオノールは何をするにも行動に溜めと言うものが無い。


「いらっしゃいませ。―――あっ、ジャンさん、お帰りなさい。お連れ様は―――士官学校の教え子さんですか? お食事なら、席が一杯なので少々お待ち下さい」


 忙しいらしく、サラは早口でまくし立てるとこちらの返答も聞かず接客へと戻っていった。


「座って待ちましょう。どうぞ」


「ありがとう」


 二人は待合席に腰を下ろした。


「しかし、さっきの子。ジャン将軍のことを御存じのようなのに、しっかり待たせるのね」


「まあ、あの子は私にとって身内同然の気兼ねない間柄です。さすがに私の連れが本当はどんな方なのか知ったら、他の客を追い出してでも席を空けると思いますが。無理に席を空けさせて食べても、美味しくはないでしょう?」


「確かに、そんなものかもしれませんね」


 厨房と広間を絶え間なく行ったり来たりするサラの姿を、興味深そうに皇女は観察している。

 しばらくすると、駆け回っていたサラがひと段落した様子でやってきた。


「すいません、お待たせしてしまって。あともう少しだけお待ちください」


 サラは皇女に頭を下げる。


「構いません。食事をするために待つというのも新鮮です」


「……? はい、ありがとうございます」


 サラはちょっと不思議そうに小首を傾げてから、もう一度頭を下げた。

 気に掛かったのは発言の内容か、あるいは士官学校の生徒とも思えない高音の声質か。


「厨房に手が足りないのか?」


 詮索される前に、ジャンは別の話題を振った。


「はい、一斉にお客さんが来たものだから」


「調練が終わった兵がなだれ込んだな」


 客の中には、ジャンの見知った顔もかなりの数並んでいる。隊の者を何度かこの店に連れてきているから、そのまま常連化したのだろう。


「そうなんですよ」


「……手伝おうか?」


「お連れ様もいるのに、悪くないですか?」


 言いながらも、サラは上目使いに甘えるような視線を向けてくる。


「まあ、結果的にはその方が早く食事にありつけるわけだしな。―――申し訳ありませんが、少々お待ちください」


 皇女に軽く頭を下げ、厨房へ向かう。

 不愛想な料理人兼店主の顔が、珍しくにやりと歪む。相当に忙しくしていたらしい。

 昼時の厨房は言うなれば戦場だ。

 包丁を使い、鍋を振るい、適切な行動を取り続ければいつしか終わりを迎えることも戦と同じだ。


「―――お待たせしました」


 一足先に皇女が案内された卓に料理を並べると、ジャンはそのまま席に付いた。


「頂きます」


 まず自分が毒見を、と思っていると皇女が躊躇なく料理にフォークを伸ばした。


「あら、美味しい。―――ジャン将軍は、普段からこの様なことをされるのですか?」


「この様なこと? 料理のことですか? それとも、店の手伝いのことでしょうか?」


「両方です」


「料理なら毎日。店の手伝いは、最近は御無沙汰でした。士官学校時代は、宿賃を安くしてもらう代わりによくここの厨房に立ったものですが」


「そうですか。我が国の英雄が手ずから作った料理を頂けるとは、光栄ですね」


「……? 英雄と言うのは私のことでしょうか?」


「ええ。何かおかしいですか? 我が国に反攻する列国を平らげ、大陸西部に安寧をもたらしたのです。正しく英雄でしょう」


「私は、戦争は英雄がやるべきではないと考えています」


「ならば誰がやるのです」


「軍人です。国家の戦略の元、軍人が遂行するべき任務です」


「その結果、貴方は英雄と呼ばれるに足る働きをしたのではないですか」


「私は単に軍の功労者、そう、“戦争屋”であるべきなのです。戦で活躍した者を英雄などと言ってもてはやす風潮が、戦争を際限無いものとします。内政の達者を、誰も英雄とは呼びません」


「軍の功労者を、英雄と呼んではいけませんか?」


「そうして英雄と呼んで、人々が次に望むのは何です? 次なる戦争です。戦のために戦をする。これほど無駄なことはありません。禁軍のあの貴族趣味を御存じでしょう。物の役にも立たない壮麗な衣装に身を包み、まるで英雄願望の写し絵です。戦が英雄を作るかもしれませんが、逆説的に戦を引き起こすのもまた英雄なのです」


「貴方の話を聞いていると、戦をしたくないと言っているように聞こえますよ、戦争屋さん?」


「戦など、積極的にしたがるようなものではないでしょう」


「あら、意外。貴方はてっきり戦狂いの類かと」


「それは心外ですね。私はいつだって可能な限り速やかに戦を終わらせてきたつもりです。戦が好きな人間のやる事ではないでしょう?」


「しかし東側諸国との戦に反対というわけではないのでしょう? 先日も東征不要論を唱える文官相手に大いに激論を戦わせたと聞いていますよ」


「当然です。帝国と東側諸国とは決して相容れぬ仇敵。手をこまねいていれば、向こうから攻めてまいりましょう。ちょうど、あちらにはまさに英雄が生まれたようですし」


「ああ、フランドラグの皇子」


「ええ、まさに英雄は戦を生むという好例です。ですから、完膚なきまでに叩き潰し、大陸を一つにまとめあげるしかないのです。そうなれば、もはや戦など起きようもない」


「ふふっ、ずいぶん過激な戦嫌いもいたものですね」


「……食事に戻りましょう。こちらの料理は冷めるとせっかくの風味が半減してしまいます」


 柄にもなく熱弁を振るってしまった。このところ教壇に立たされたり、会議で発言を求められたりが多かったせいか。

 ジャンは誤魔化すように熱々の料理へフォークを向けた。



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