帰結 竜の王と一人の英雄の死
帝国の飛龍が飛んでくる。
悠々とその場を旋回し、待ち構えた。
「一、二、三、―――」
敵影を数え上げるも、二十騎を超えたところでやめにした。敵は無数。
「帝国にしてはよく集めたものだな。……フランドラグ、頼む」
呟き、いつもそうするように鱗で覆われた首筋をぽんっと軽く叩いた。
フランドラグが翼を羽ばたかせると、瞬く間に敵との距離が迫る。
騎士も竜も、まだ距離は遠いと気を緩めていた。馳せ違いざまに騎竜槍を突き出す。
一騎の翼の皮膜を破り、返す槍で別の一騎の鼻先を切り裂く。
飛行困難になった前者はふらふらと離脱して、後者は暴れ回って仲間にも被害を及ぼす。
さらにもう一騎、いや二騎、いやさ三騎。フランドラグの爪や尾に打たれ、騎士を失った竜が三頭いた。
「さすが―――」
王家の竜だ。
国号であり、王家の姓でもあるフランドラグを名乗る至尊の飛竜。
「数さえ揃えれば、このリュート・フランドラグを討てると思ったかっ!」
旋回し改めて敵と向き直ると、叫んだ。
それだけで、相手の警戒心が一段高まるのを感じた。
当たり前だ。
この名は帝国最大の標的、フランドラグ王国王太子のもの。
同時に正しく若き英傑の名。四方世界に轟いた比類なき天才竜騎士の名なのだ。
「――――っ! ―――っ!!」
そこでようやく敵は号令を飛ばし合い、隊列らしきものを組んだ。
縦列でも横列でもなく、楔型でもない。ぶ厚く茫洋とした構え。
フランドラグ王国では見慣れぬ隊列だ。いや、隊列と言うよりもただ数で押し包むだけの形と言うべきか。
「あちらへ」
騎竜槍を指し向けた先に、フランドラグは躊躇なく突っ込んだ。
前後左右に上下まで加わった、あらゆる角度から攻撃が飛んでくる。
突き出されてくる槍を巻き取り、返す槍で打ち落とす。頭上から襲い来る爪を避け、尾はより長大なフランドラグの尾が打ち返す。
「戦えるっ。俺は戦えているぞっ。帝国軍、何するものぞっ!」
叫ぶ。
ただの一騎で歩兵一千にも相当する文字通り一騎当千の竜騎士が、フランドラグが竜首を向けるところ抗いようもなく撃墜されていく。
今度は騎竜槍が、鎧ごと竜騎士の胸を貫いた。
槍を払い、敵の亡骸を打ち落とそうとした刹那だった。
「―――帝国に栄光あれっ!」
敵は叫び、鞍上から跳躍した。その身体はずぶずぶと騎竜槍の中ほどまでに至り、さらに手足を柄に絡み付かせた。
「くっ」
たまらず、槍を取り落とした。竜騎士の主兵装を失った形だ。
「ちっ。―――良き騎士だっ! 帝国の竜騎士もやるものだなっ」
舌打ちし、されど褒め称えた。
「―――っ、上へっ」
手綱を引いて、真上に急上昇する。
敵三騎が中空でぶつかり合い、うち二騎がもつれ合い落ちていく。
体勢を立て直す一騎に攻撃を、―――他に二騎がやはり突っ込んできて断念する。
一人の決死をきっかけに、帝国の竜騎士達は戦い方を変えてきた。
竜騎士本来の馳せ違い掠め合う機動から、正面からぶつかりに来る動きに。
高空でまともに衝突すれば、飛竜は傷を負い、騎士は命すらない。つまり全員が決死の覚悟を決めたと言うことだ。
数十騎が四方八方、加えて上下からも殺到してくる。
並みの飛竜よりも一回り、いや二回りも大きなフランドラグが爪で、尾で、翼で迎え撃つ。
「右へっ」
騎竜槍を失い、ただ操竜にのみ専念した。
すかし、帝国の飛竜同士をぶつかり合わせる。
敵からは時にフランドラグの巨体が霞のように消えて見えるはずだ。
背が生えた巨大な翼に四つ足、長大な尾。飛竜の身体には存外死角が多い。それがこうして幾頭も群がって来たなら、それこそ自身の眼前しか十分に目には入らないだろう。
「その程度かっ!? それじゃあこの首はくれてやれないなっ!!」
俺はリュート・フランドラグだ。
この大空に、俺を遮るものは何もない。空はどこまでも広がり、その全てが俺のものだ。
「―――っ!」
眼前で、真っ赤な花が咲いた。
「ああっ」
フランドラグの青みがかった鬣が、どくどくと流れ出る血で真っ赤に染まっていく。
首筋に抱き付き、傷口を抑えにかかる。
「……味方ごとかよ」
フランドラグの眼前にいた飛竜達も、折り重なるように落ちていく。
「―――っ」
フランドラグは一度喉を鳴らすと―――嘶こうとしたのかもしれない―――、上空へ向けて飛び上がった。
帝国の竜騎士は遠巻きにして後を追ってくる。無理押しをして来ないのは、つまりはそういうことだ。
はるか地表に視線をさまよわせた。
飛竜の翼を幾枚もまとめて貫き、フランドラグの喉元から首筋へ抜けたのは―――
「弩砲ってやつか」
小高く見晴らしの良い丘の上にそれはあった。
―――地上の人と兵器が、竜の王を墜とすのか。
米粒のように小さく見える兵の装備は武骨そのもので、騎士や勇士の装いではない。どこにでもいるごく一般的な帝国兵に過ぎない。
「ちっ、駄目か」
身を起こした。
いくらきつくフランドルグの首を抱きしめても、滴る血はとめどない。
「……この身体じゃあな」
見下ろすと、腹にはばっくりと穴が空いていた。弩砲の矢は竜の王の首を貫いてなお、たかだか人間一人を穿つには十分な暴威を孕んでいた。
穴の開いた身体では、傷口一つ押さえてやることも出来ない。
「―――っ」
フランドラグの翼の動きが弱々しく、飛行がふらつき始めた。
当たり前だ。本当なら飛べるはずもない、生きているのも不思議な身体なのだ。
なおも翼を羽ばたかせ続けてくれているのは―――
「本当に優しい竜だな、フランドラグ。俺を、空で死なせてくれようとしているのか」
太陽が迫って来る。眩しくて、もう他の何も見えやしない。
「“希望”は残した」
だから、悔いはない。
一人と一頭、一対の竜騎士は天へと駆け昇った。