表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/105

第九十八話 到着

 戦いは夜明け前に始まった。

 まず魔軍が降下したのは、冒険者ギルドの守る貴族街だ。

 小鬼ゴブリンを筆頭としてオークやコボルトなどの中級の魔物たちが貴族街を襲撃した。

 戦況は五分と五分。一対一の戦闘ならば冒険者たちが有利だが、小鬼の数は多い。強制的に多対一を強いられ、消耗戦に引きずり込まれていた。

 

 対して、貴族街の住民に被害はない。彼らの邸宅に敷かれた簡易結界は小鬼程度には破ることはできないからだ。


 続けて攻撃を受けたのは、本丸ともいえる王城。ここには今回の魔軍の中でも精鋭ともいえる集団が降下した。

 すなわち、銀塊兵団のゴーレムたち。核だけの姿で地上に降りた彼らは石畳や城壁に同化して、石の巨人(ストーンゴーレム)へと変生した。


 通常、石の巨人はゴーレム系の魔物の中でも下級の魔物だ。

 しかし、ここは王城だ。城壁に掛けられた防御魔法はそのまま石の巨人たちにも適応されてしまう。実質的な戦闘能力は城主である金剛石の巨人(ダイヤモンドゴーレム)にも匹敵するだろう。


 王城周辺での戦いは一番の激戦となった。

 五十人の騎士団はそれぞれ小集団に分かれて、連携を組んで戦う戦法を取った。王城への被害を最低限にするための策だ。


 いくらグスタブ配下の精鋭の騎士たちと言っても、あまりにも数が足りない。

 本来彼らを指揮すべき大騎士の不在も大きい。当初の作戦通りに、敵戦力を素早く殲滅し、ほかの区画への援護に回るような余裕は彼らにはなかった。


 教会周辺もまた想定外の苦戦を強いられた。

 魔軍を運んできた飛竜たちが攻撃に参加しているのだ。

 飛竜は末端とはいえ竜の眷属だ。彼らの吐くブレスは聖剣教会の神聖結界を破壊するだけの威力がある。並行して消火活動は行われているものの、飛竜の数が多く間に合っていない。


 どの戦場においても、苦戦している。今投入できる戦力をすべて集結してなお、魔軍は圧倒的だ。

 それはラグナの戦う下町においても変わらない。


「――おおおおおおおおお!!」


 『騎士の咆哮』を発動しながら、ラグナは街中を駆けまわる。左手に水銀の盾を持ち、右手には鞘に収まったままの聖剣が握られていた。


 魔物たちは四方八方からラグナに襲い掛かってくる。犠牲を出さないためには常に動き続ける必要があった。

 

 盾で小鬼をすり潰しながら、聖剣でオークの頭をかち割る。その勢いのまま跳躍し、剣で石の巨人の核を砕いた。

 

 下町に降下した魔軍はほかの区画と違い、様々な種族が入り混じっている。たった一人で対抗するには戦い方も特性も多様過ぎた。


「いやああああああああ!!」


 流民街の真ん中で悲鳴が起こる。

 走りながら、ラグナはそちらに視線を向けた。


 オークだ。振り上げた棍棒を親子に向かって振り下ろそうとしていた。


 ラグナは足を止め、体を回転させる。円盾に変形した水銀の盾は回転しながら飛来し、オークの首を刎ねた。

 盾が手元に返るより先に、小鬼たちがラグナに殺到する。逃げ場はない。このままでは全身を切り裂かれ、死に至るだろう。

 

 すかさずラグナは地面に聖剣を突き立てる。両手を柄にかけ、力を込めた。


『――限定開放』


 担い手の呼び声に応え、聖剣が蒼い光を放つ。殺到していた小鬼たちは光に触れた瞬間、蒸発した。 

 通常の魔物の消滅とは違う。死体が残ることも経験値に変換されることもない。塵も残さずこの世界から消えていた。


 聖剣を鞘に戻すと同時に、盾も戻ってくる。正面から迫ってくる小鬼を大盾で受け止め、地面に叩きつけた。


「速く逃げろ! 城門の方だ! 急げ!」


「は、はい!」


 ラグナに怒鳴られ、母親は子供を抱えて城門へと駆けだす。城門は街の南側、ラグナの背後にあった。

 

 下町の住人の半分はすでにシスターの陣取る城門まで避難している。残り半分を救うためにも、ラグナはできるだけ多くの魔物を自分の方へと引き寄せる必要がある。騎士の咆哮を乱発しているのはそのためだ。


 だが、どうしても手が足りない。


 小鬼を一匹切り捨てる間に、別の場所では人が一人食い殺されている。オークを一匹始末する間に、一つの家族がすり潰されてしまう。

 ラグナ一人ではそれが限界だ。聖剣を振るい魔物を一気に相当しようにもこんな市街地では巻き添えの方が大きい。


 それでもラグナは懸命に戦場を駆ける。諦めなどとうの昔に捨て去っていた。


『ラグナ、東だ。石の巨人が暴れている』


「っ了解!」


 シスターからの念話が脳内に響く。上空の飛竜の対処をしながらも、彼女は地上に目を光らせ、ラグナへと指示を送っていた。


 石畳を蹴って方向転換、東の城壁の近くに石の巨人はいた。

 かなりの大きさだ。家屋を踏みつぶしながら、城門の方へと歩を進めている。


 跳躍と同時に、聖剣を鞘から抜き、背後に向ける。

 再びの限定開放。魔力放射でラグナは自身を砲弾のように射出した。


 巨大な石の巨人、その頭上へ。空中で身を翻し、ラグナは聖剣を大上段に構えた。


 蒼き極光が夜明けの空を照らす。完全開放された聖剣の力は放出されるのではなく、刀身を包み込んだ。


 そうして、蒼い斬撃が石の巨人を核ごと両断した。


「……っ!」


 着地の瞬間、凄まじい痛みがラグナの両手に走る。

 放出よりも負担は軽いとはいえ、今のラグナには完全開放はもろ刃の剣そのものだ。指先が焦げて、神経が燃えていた。

 魂を抉られるような痛み。それに頓着している暇はない。


「ギシャア!」


 周囲に潜んでいた小鬼どもがラグナに襲い掛かる。とっさに迎撃するものの、数体は生き残り、ラグナの身体に牙を立てようとした。


 バルカン製の甲冑は小鬼の攻撃などものともしない。しかし、甲冑の隙間をついてラグナの脇腹を抉るものがいた。


 赤い血が石畳を濡らす。身体回復(小)は働いているが、見た目よりも傷は深い。確実に戦闘に影響する。


『ラグナ! 一度引け! 飛竜どもが来るぞ!』


「なおさら引けん! シスターはできるだけの援護を頼む!」


 大きく息を吐いて、ラグナは己を奮い立たせる。

 自分の奥底に虫食いなる可能性の力があるのならば、今こそそれを発揮すべき時だ。


 ラグナは力強く一歩前に出る。

 眼前の空には、編隊を組んだ飛竜の群れ。彼らの口からは赤い炎が漏れ出していた。


 下町を一気に焼き払う気だ。一度でもそれを許せば、ラグナには消火の手段がない。

 城壁の近くで守りを固めている冒険者たちにしてもそれは同じだ。


 絶対に阻止しなければならない。ラグナは聖剣を低く構え、片足を後ろに引いた。

 聖剣で薙ぎ払う以外に方法はない。蒼い極光が聖剣から発せられ、解き放たれる時を待つ。


 今のラグナにとっては危険な賭けだ。今のラグナの両腕は星光の籠手に覆われてこそいるものの、完全ではない。どうにか制御して死を免れても、両腕は使い物にならなくなるかもしれない。


 覚悟は決まっている。すべきことは一つだ。先のことなんて考えてはいられない。例えここで死んだとしても――、


『待て、ラグナ! 間に合ったぞ!』


「――!?」


 ラグナはとっさに頭上を見上げた。高高度を飛んでいるせいか、肉眼では捉えられない。

 それでも、気配は感じる。はるか遠くに良く知った気配が複数ある。


 次の瞬間、空の支配者たる飛竜たちが上から撃ち抜かれる。飛来した魔力弾は地上の家屋には一切被害を出さず、正確に飛竜だけを撃破した。


 ようやくだ、ずっと待ち望んでいた援軍がたった今到着したのだ。

 自然と、ラグナの顔には笑みが浮かんでいた。


『随分と苦戦しているようですね、ラグナ』

 

「ああ、頼れる相棒がいなかったからな」


 遥か高みから誰かが降ってくる。元星の冒険者、断絶のユウナギが今王都に到着した。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ