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第九十七話 開戦

 ラグナとアリアナと邂逅の三日後、王都は再び魔軍の襲撃を受けた。


 数は先日の倍、やはり、飛龍を使っての空からの攻撃だ。

 しかも、今回は小鬼だけではない。小型の岩人形ゴーレムに、リザードマン。オークやコボルトも飛竜の背にはあった。


 おそらく飛竜が運搬できる大きさの魔物を総動員したのだろう。通常種族ごとに分けられているはずの魔軍だが、この日ばかりは中型の魔物の混成軍の様相を呈していた。


 対する人間側も王都を守護すべく様々な所属のものたちが動員された。


 まずはアルカイオス王国の兵士たち。大半の兵力は対クザン帝国に向けられたままだが、大騎士グスタブ配下の親衛騎士団の精鋭約五十名が城下町の守りに着いた。

 グスタブ本人はクザンの侵攻に備えるため不在ではあるものの、これらの騎士たちは今回の戦いにおいて最大の戦力であるといってもいい。


 続いて、第三王女アリティアの要請に応じた冒険者ギルド所属の戦士たち、総勢三百人。彼等の中には純粋に王都を守ろうとする者もいれば、これを機に名を上げようというものも、ただ報酬を目当てに参加したものもいた。


 動機がそれぞれであれば、実力もまた玉石混交だ。

 月光の位階の冒険者であれば戦力として申し分ないが、大半は王都で簡単な依頼ばかりをこなしている灯程度の冒険者ばかり。また、位階の高いものでも実力によってではなく、政治や駆け引きで位階を得た者もおり、そういったものには一切期待はできない。

 それでも、戦力は戦力だ。小型の魔物を確実に殲滅するためには彼らの数の力が必要不可欠だ。


 

 そして、もう一つが聖剣教会の聖剣騎士団だ。前回の襲撃では沈黙を保っていた彼らもまた王都防衛のために動いた。あくまで教会施設周辺の防衛のみだが、それでも彼らの多くは聖騎士、つまり盾役タンクだ。少なくない数の魔物が彼らに引き寄せられることになるだろう。


 襲撃時は王城周辺は親衛騎士たちが、貴族街は冒険者たちが、大聖堂周辺は聖剣騎士団が、それぞれ防衛することになった。結果として、一般庶民や難民が集う下町はもっとも守りの薄い場所となってしまった。


 意図したとこではない。下町がそれぞれの優先順位から外れてしまったというだけ。申し訳程度に数人の冒険者派遣されてはいるものの、戦意にかけ、また戦力としても当てにはない。完全な捨て駒だった。

 彼らは王族でもなければ、金持ちでもないし、聖職者でもない。守っても得るもののない人々を守ろうとするものはこの王都には一人としていなかったのだ。


 ラグナ・ガーデンとシスター、その二人を除いては。


「空は私に任せろ。お前は降りた敵だ」


「……ああ」


「夜明けまで戦えば、他からも援軍が来る。それまでの辛抱だ」


「……ああ」


 下町を見下ろす城壁の上に二人は立っている。東の空にシスターが飛竜を確かめてすぐに、二人はこの場所に陣取っていた。

 

 シスターの左手には弓が握られ、ラグナの背中には聖剣がある。

 上空にはやはり飛竜の群れ。地上からは冒険者ギルド所属の魔法使いたちが迎撃しているが大した効果は上げられていない。


 飛竜たちとの距離がありすぎるのだ。

 通常の魔法は雲の上を飛ぶ敵を狙撃するようにはできていない。降下して魔物たちを投下した瞬間を狙おうにも、その速度に魔法を合わせて発動することはまずもって不可能だ。


 地上に敵が下りる前に始末できるのは、シスターただ一人。彼女はたった一人でこの広い王都の空全域を守らなければならない。その負担たるや、一人で軍隊を相手にするのと何も変わらない。


「…………っ」


 自身の力のなさを呪いながらも、ラグナは歯噛みする。

 この場にセレンがいれば、自分がもっとうまく彼女を説得できていればそう思わざるをえなかった。


 霊園での戦い以降、セレンは姿を見せていない。自ら発した言葉の通り、王都も魔軍もどうでもいいのだろう。そして、セレンが仕掛けてくるとしたら自分と一対一になれる時、つまり、他の誰も巻き込まない時だとラグナは確信している。ラグナの知るセレンは厭世的ではあるが、無辜のものを犠牲にすることをよしとするような人物ではなかった。


 ゆえにこそ、悔やまれる。

 セレンの魔法ならば雲の上にも届く。いや、彼女の協力を得られていればそもそも敵を城に近づけることさえなかったかもしれない。それほどまでに、セレンという魔法使いは得難い戦力だ。


「ラグナ」


「……なんだ?」


「まずは目の前のことに集中しろ。考えねばならないことが多いのはわかるがな」


「……了解」


 シスターの忠告に、ラグナは頷く。

 心が乱されているという自覚は大いにある。セレンのこと、アリアナのこと、虫食いのこと、この三日間常にそれらのことを考えずにはいられなかった。


 アリアナはラグナに即答は求めなかった。

 じっくり自分で考えて決めろ、というのがアリアナの言い分だ。そのうえで、彼女はラグナを城まで送り届けた。警戒していたような監視の目も、追跡もなかった。


 それが余計にラグナを悩ませる。

 アリアナに何か悪意があるのならば迷う必要はない。嘘を吐いているようならば疑う余地がある。


 だが、あの時の彼女にその二つはなかった。態度こそ聖職者にあるまじきものではあったが、率直で正直でさえあった。


 だからこそ、答えが出ない。

 アリアナの目的、虫食いとしての使命は今の世界を壊すことだ。騎士として、勇者の代理としては決して賛同できるものではない。今の世界を守ることがそれらの使命だからだ。


 一方で、ラグナ自身としては決して否定的には考えていない。

 この世界がいかに理不尽で、残酷かはラグナもよく知っている。彼もまたもともとは才なき者、価値のない存在だったからだ。

 もし、今の世界を壊すことでアリアナの言うような平等な世界が実現できるのならば、そう思わざるをえなかった。


 義務を取るか、己を取るか。ラグナにとってこの選択は縁遠いものだった。

 これまではすべきこととしたいことはいつでも一致していた。そのおかげで、迷いなく戦えたし、余計なことを考えたとしてもすぐに振り払うことができていた。


 悩んでいる。ただそれだけのことではある。しかし、それだけのことがラグナの心をどうしようもなく鈍らせていた。


「生返事をするな。集中できていないのがまるわかりだぞ」


「………………面目ない」


「情けないことだ。それでは守れるものも守れんぞ」


 ラグナを見かねて、シスターはその背を叩く。

 ラグナがここまで思い悩むことは珍しい。シスターとしては痛ましいというよりはほほえましくはあるが、戦場に立つ以上はそんな甘いことばかり言ってはいられない。

 

「考えるのも、答えを出すのも今でなくてもいい。それより、お前が今できることを考えろ。なんのために、ロンドはお前に託したのかを」


「シスター……」


 その一言がラグナの目を覚ます。心中が澄み渡り、指先には力が籠った。


 シスターはラグナの迷いに答えを出すことはしない。すべての事情をラグナから聞いたうえで彼女はそうしている。

 あくまで、答えを出すべきはラグナだ。たとえその答えが今の世界の在り方を決定的に変えることになったとしても、彼女はその考えを変えるつもりはない。


「シスター、手伝ってくれ」


「今更だな」


「ああ、今更だ」


 シスターが変わらないように、ラグナもまた変わらない。

 迷いもある。後悔もある。誓いがある。答えが出なくても、目の前のすべきことは変わらない。そうであれば、戦える。ラグナ・ガーデンという男はそういう男だ。


 降神暦1595年12の月、その三の週、『崩壊の日』その前哨戦が始まろうとしていた。




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