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第九十六話 正体

「壊す……? どういうことだ……?」


「分からない? 同じ虫食い同士、手を組んで世界をひっくり返そうって話よ」


 まだ理解できないラグナにアリアナは不機嫌そうに舌打ちをした。

 もはや、大司教としての威厳や気高さなどどこにもない。彼女は自らの本性を曝け出していた。


 そんな彼女の態度は、ラグナにとっては不愉快であると同時にどこか好ましくもある。少なくとも、ギルドや王族相手の時のように言葉の裏を読む必要がないだけ楽ではあった。


「わたくしがこの力に目覚めたのは今から十五年前、ちょうど5歳の誕生日の時。わたくしの村が王国の兵士に焼き払われた時よ。ああ、いや、正確には黒焦げになった両親を見た時かな」


 遠くを見つめながら、アリアナは語り始める。初めて彼女の声に快以外の感情が滲んでいた。


「わたくしの村は東部辺境領にあったの。二十年前の辺境伯の叛乱、その時のことよ。そういう意味でも貴方とわたくしはよく似ているのかもね」


 故郷と両親を王国に奪われながら、その王国に仕えている。そんなアリアナの心情を推し測ることはラグナにはできない。ただ一つわかることがあるとすれば、彼女の意志が自分と同じかそれ以上に強固であるということだけだ。


「虫食いの発現、そのきっかけとなるのは強い感情。それも理性も本能も凌駕するほどの度を越した感情のみがシステムに穴を穿つ。あなたの場合、そうね、自分への怒りってどこかしら? 親友を、勇者を守れなかった自分への怒りが虫食いを発現させた」


 ラグナは肯定も否定もしなかった。その瞬間のことを覚えていないからだ。

 アリアナと違い、ラグナは気付いたら虫食いを発現していた。


 体力(hp)が尽きても死なない肉体と成長限界を超えてなお成長する能力値ステータス。それらはあくまで結果であって、虫食いそのものではない。一体いつからそうなっていたのか、誰よりもラグナが自身が知りたかった。


 だが、今一番知るべきことは別にある。ずっと頭のどこかに引っかかっていた問い、その答えをアリアナは握っている。


「これは、虫食いとは、いったい何なんだ?」


「可能性よ」


 そこで言葉を切るとアリアナは再び指先から空間に罅を発生させる。手のひらほどの大きさまで広がり、罅は止まった。


システムの想定しない無限の可能性、この世界では本来起りえないあらゆる現象の一端。それが虫食いの正体。簡単に言えば、理に干渉して、ありえないことを起こす力よ」


 空間が割れる。その次の瞬間には、アリアナの手の上には赤い林檎が現れていた。


「虫食いを使いこなせば、無から有を作り出すこともできる。さっきみたいに魔法を消し去ったり、転移魔法なしに空間を移動したりもね」


「……なるほど」


 虫食いはありえないことを起こす、ラグナにもその自覚はある。システム上、勇者にしか装備できないはずの聖剣を使うことができるというのはそれこそありえないことだ。


 疑う必要性をラグナは感じなかった。可能性の力。今まではどこか不気味ですらあった虫食いだが、正体さえ分かれば頼もしくさえあった。


「あんたは、何処でそんなことを知ったんだ? 正直なところ、ほかではいくら調べてもなにもわからなかった」


「あら、疑っているの?」


「そういうわけじゃない。純粋な興味だ」


 ラグナの知る限り、虫食いについての知識を有していたのは三人だけだ。

 その内一人は魔界の七大軍団の長で、もう一人はベルナテッドに虫食いを託した謎の人物。そして、もう一人が目の前にいるアリアナだ。

 

 共通点など何一つないように思えるが、どこかでつながっているという予感がラグナにはあった。


「わたくしとあなた以外に、もう一人、虫食いがいたのです。その方は燃える村から私を助け出し、虫食いとは何か、そして、これから待ち受けるであろう運命についても教えてくれたのです」


「もう一人の虫食い……」


「その方の名は、パーシアス。かつて第十四代勇者であった方です」


 アリアナの口にした名は、ラグナも知るものだ。だからこそ、すぐさまその不可解さに思い至った。


「パーシアス・ハイランド、放浪の勇者。二百年前の人物だ。それが最近まで生きていたっていうのか」


 パーシアス・ハイランド。第十四代勇者、別名放浪の勇者とも呼ばれている。

 南部辺境領の出身で、初代勇者の伝説に倣い仲間パーティーを作ることなく一人で使命を遂げた奇特な人物であったと後世には伝わっている。


「あの方の場合は自らの寿命に干渉できたの。勇者として使命を果たした後、二百年間放浪を続けていた。虫食いとこの世界の正体を知るために」


 ありえない可能性を引き出すのが虫食いなのだとすれば、納得できない話ではない。


「パーシアス卿、師匠は旅の果てにあるものにたどり着いた。あらゆる知識を引き出すことのできる情報集積体、アーカイブと呼ばれる秘宝に」


 アリアナの声には今までにない感情が籠っていた。両親の死を語るときさえ消えなかった薄ら笑いは悲しみをこらえるための苦渋の表情へと変わっていた。


「わたくしが貴方に話したのはすべて師匠がアーカイブから引き出した知識よ。貴方もあの秘宝のことを知っているなら、この知識が真理であることはわかっているはず」


「……パーシアス殿は、どうなったんだ?」

 

 そう口にしてすぐに、ラグナは自分の愚かしさを後悔した。

 アリアナの顔を見れば答えは分かりきっている。彼女のかかえている悔恨と同じものをラグナも抱え続けている。


「殺されたわ。貴方の親友、ロンド卿と同じようにね」


「……そうか」


 返ってきたのは、やはり、分かりきった答え。アリアナもそれ以上のことは言葉にはしなかった。いや、する必要もなかった。

 同じきっかけを持つラグナとアリアナ、その二人だからこそ互いの胸の内は手に取るように分かった。


 雪崩のようなものだ。一度始まってしまえばもう止められない。鋼の意思とは得てしてそういうものだ。


「それで? どうするの? 質問には答えたけど」


「……まだだ。まだ、何をするのか聞いてない」


「? もう言ったでしょ、この世界を壊すって。貴方、鈍いって言われない?」


「時々言われる。君は気が早いって言われるだろう」


「残念。わたくし、普段は違う顔しか見せてないの」


「……女優も顔負けだな。そっちの方が成功したんじゃないのか?」


「そうかもね。貴方も騎士には向いてないんじゃないの?」


「かもな」


 二人は言葉を交わしながら互いを確かめる。だが、すぐにその危険さに気付く。


 あまりにも気安い。長年の友人のように互いを理解できてしまう。ほんの少し言葉を交わすだけで心を許してしまいそうになる。

 戦う以前の問題だ。剣を握る手に迷いが生じれば、決して勝てない。


「……これはわたくしたち虫食いの使命、成し遂げるにはあなたの協力がいる」


「詳細のわからないものに、頷く気はない。君は一体なにをするつもりだ」


 改めての問いに、アリアナは祈るように目を瞑る。己の望みを口にする、というのは彼女にとってはひどく久しぶりのことだった。


「レベル、成長限界レベルリミット戦技スキル、適正、職業ジョブ、魔法。この世界を支配するシステム全てを破壊する。今の世界の全てを否定して、この世界の法則をあるべき形へと戻す。それがわたくしの目的、我ら虫食いの使命よ」


 アリアナの声だけが聖堂に響いた。ラグナは呼吸さえも忘れていた。


 システムの全てが消え去った世界。そこに待つものは自由という名の混沌だ。

 それが良いものなのか、悪いものなのか、ラグナには分からなかった。




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