第九十一話 ギルド
冒険者ギルドの本部は王都の中心部、ガレアン城のお膝元に位置している。
通称、「マリアーナの酒場」。初代ギルド長が贔屓にしていたというその酒場の跡地に本部は建てられていた。
建物の造りは豪奢で、内装にも一国の城に匹敵するほどの贅がこらしてある。
竜の鱗のタペストリーに、王獣の毛皮の絨毯。調度品に散りばめらた魔石も全てが最高純度のものだ。
それら全てがギルドに所属する歴代の冒険者たちが収集したものであり、ギルドの権威と力を示すものでもあった。
特にこの応接室は権威と力の集積地と言ってもいい。
壁には聖剣に魔剣、宝槍から魔杖に至るまで、ありとあらゆる武具が飾り付けられている。
右を見ても、左を見ても煌びやかで猛々しい。それこそが冒険者ギルドであり、彼らの理念そのものとも言えた。
ラグナは冒険者ギルドを離れて久しいが、それでも改めて目にすると圧倒されるものがある。
ヴィジオン大陸に生まれた若人たちが一度は志すにたる歴史がここにはある。自分を狙う集団の本拠地である、という事実を一瞬忘れるほどの感慨があった。
「……少しは落ち着け。相手に安く見られるぞ」
「め、面目ない」
椅子に座ったアリティアに指摘され、ラグナは佇まいを直す。梟の兜の偽装効果があるとはいえ、油断は禁物だ。
ラグナの隣にはグスタブが静かに佇んでいる。
城下への襲撃から五日後、三人は冒険者ギルドに援軍を求めて此処にやってきていた。
シスターは万が一に備えて、一人で城に残っている。場合によっては、彼女の支援を受けてここを強行突破しなければならない。
「来たぞ」
扉の向こうから足音が響く。控えめなノックの後、扉が開いた。
現れたのは年派のいかぬ少女だ。緋色のドレスで着飾っており、栗色の髪によく映えていた。
現ギルド長代行、メリンダ・ダイダロス。いまだ十歳だが、彼女はこの本部で最も危険な人物と言ってもよかった。
少女は大きく息を吸って、部屋に入ってくる。そうして――、
「ふぎゃ!?」
絨毯でつんのめった。花をぶつけたらしく、うーうーと唸り始めた。
「だ、大事ありませぬか、ギルド長殿」
「あ、あい、ごしんぱいおかけしまふ」
アリティアに声を掛けられ、鼻を抑えながらメリンダは立ち上がる。目じりには涙が溜まっていた。
「お嬢様、こちらを」
背後から現れたメイドが手ぬぐいを差し出す。そのわずかな動作だけで、このメイドがかなりの手練れであることがラグナには分かった。
さすがはギルド長の側近というべきだろうか。黒い髪と瞳はラグナにユウナギのことを思い出させた。
もし、彼女がこの状況を知ればどうするだろうか。そんなたわいないの考えがラグナの脳裏を過る。すぐに正面からギルドに乗り込むユウナギの姿が浮かび、考えるのをやめた。
「ほ、本日はお日柄もよろしく! アリティア殿下に置かれては御機嫌も麗しく!」
「う、うむ、わらわもこうしてお会いできてうれしゅうございますぞ、ギルド長殿。さ、おかけになってくださいませ」
アリティアに促されて、メリンダは長椅子に座る。
明らかに動きが固い。誰が見てもそうとわかるほどに緊張していた。
名ばかりの王位継承者と冒険者ギルドのギルド長の代理では立場的には対等と言える。実際、アリティアがここを訪れた時も迎えは最低限だった。
メリンダがこれほどまでに張り詰めているのは全く個人的な理由からだ。
天性のあがり症と経験のなさ。部屋の豪壮さとは対称的に、今の彼女は目を覆いたくなるほどに弱弱しかった。
無理もあるまい。ギルド長という立場に伴う重圧は一国の王のそれにも匹敵するのだから。
「メリンダ殿、御父上の容体はいかがであろうか? 先日、意識を取り戻されたと聞いたが……」
「は、はい、少し起きて、また……」
「それはまた……しかし、ギルド長殿は元は名の知れた冒険者。病程度に負けるようなお方ではありますまい。そうだ、あとで魔法院の療水を届けさせましょう」
「あ、ありがとうございます、殿下……」
恐縮しきっているメリンダに対して、アリティアの振る舞いには優雅さがある。彼女にしてみれば、メリンダの初々しさは微笑ましくさえあった。
「それで、その、殿下?」
「なんだろうか、ギルド長殿」
「此度の御下向の用向きをお伺いしてもよろしいでしょうか……?」
早速、本題に入ろうとするメリンダにアリティアは鷹揚に頷く。出された紅茶に口をつける余裕さえあった。内心の恐怖と緊張はおくびにも出さない。
実際のところ、不利な立場なのはアリティアたちの側だ。からくりがバレればその時点でこの本部に集った冒険者の全てが敵に回りかねない。
「ありていに申し上げるなら、先日の魔軍の件です」
「は、はい、貧民が、あ、いや、下街では痛ましい被害があったとお聞きしました」
「ええ。魔軍はこれまでにない戦法を用いて城下へと侵入したのです。これには城壁も、塀も役には立たず……」
これみよがしに、それでいて非の打ちどころのない沈んだ表情を作ってみせるアリティア。
そんな彼女の姿に、ラグナは王族という身分の重さとそれを取り巻く環境の過酷さを理解した。
アリティアとて未だ16歳の少女だ。
そんな少女が当たり前のように表情を作り、腹芸を身につけなければ、生きてはいけない。王宮とはそういう場所だった。
「確か飛竜の背に乗ってきたのだとか……おそろしゅうございます……」
「まさしく。魔物どもがこのような戦法を常用するようになれば、このガレアン城だけではなく大陸のすべての城が脅威にさらされましょう」
「ギルドとしても、その可能性は憂慮しています……空からの攻撃を想定している場所は少ないですから……」
「それゆえ、こうしてわらわと騎士団長たるグスタブが参った次第です。魔軍への対策について、是非ギルド殿と意見を交わしたく」
「わ、わかりました。すぐに実務の担当者を……」
言われるがまま、メリンダはメイドに命じようとする。
会話の主導権はアリティアが完全に握っている。このまま順調に進めば、切り札を切るまでもなくギルドの協力を取り付けられるが、そううまくはいかないのが世の常だとラグナは知っていた。
「お待ちください、お嬢様」
メイドが口を挟む。彼女は幼いギルド長の世話役である以上に、お目付役でもあった。
「オ、オボロ?」
「現在のギルドには、王都の防衛に回せるほどの戦力はございませぬ。すでに月光以上の冒険者は皆、出払っておりますれば」
「で、でも、オボロもいるし、『幽絶』の人もいるし……」
「わたくしが命じられたのはお嬢様の護衛です。それ以上の職務は契約には含まれておりません。幽絶殿もそう簡単には動かせません」
「な、なら、本部付きのものたちを動かせば……」
「それでは本部ががら空きです。ここを魔軍に奪われればどのようなことになるか、お嬢様もお分かりのはず。ましてや、王都の防衛に力を貸せば、クザンと戦うことにもなりかねません。ともすれば、ギルドの理念に反することにも……」
メイドことオボロはメリンダに説教しているようにみせて、実際はアリティアを牽制している。
王国には力は貸さない、これ以上できることはない、と。
しかし、ここまでは想定通りだ。だからこそ、アリティアは切り札を用意してきたのだ。
「無論、無料で力を貸せとはいいませぬ」
「報酬ならすでに頂いていますが?」
「大罪人、ラグナ・ガーデン。その居場所についてお伝えする用意があります」
ラグナは覚悟を決めて、その言葉を聞き届けた。ここから先、ラグナの首はアリティアの舌先にかかっていた。




