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第八十九話 小鬼

 着地の直前、ラグナは盾を大盾へと変形させ、戦技を発動した。

 『衝撃吸収』。その名前の通りこの技は大盾で受けた攻撃や魔法の威力をある程度までは吸収してくれる。


 ラグナはそれを着地のために使用した。前例のない行動ではあったが、その勇気は実を結んだ。

 地面を数度跳ねてから、ラグナは地面に降り立つ。石畳は砕けていた。


 着地点は、王都の西側にある下街したまちだ。少し離れた場所にはグスタブがいた。


「大騎士殿!」


「ラグナ殿も無事だったか。まったく、相変わらず無茶をする」


 そう言いながらも、グスタブはどこか喜んでいるようだった。

 ラグナと違い銀色の鎧には埃一つついていない。着地の衝撃を完ぺきに殺していた。


「火の手は近い。ご助成願えますかな?」


 グスタブの問いに、ラグナは胸に手を当てて応える。かの大騎士と轡を並べるなどこの上ない名誉だ。

 

 すでに城下は大混乱に陥っている。逃げ惑う人々をかき分けけて二人は戦場へと急いだ。


 火元が視界に入ると同時に、敵の姿も明らかになる。

 一家のものと思わしき屍に群がる小さな影の群れ。醜悪な形相と緑色の肌を持つそれらの名は――、

 

「――小鬼ゴブリンどもか!」


 グスタブの大盾が十体近い小鬼をまとめて吹き飛ばす。それだけで小鬼たちは息絶えた。

 わずかに逃れた数体をラグナが仕留める。聖剣ではなく腰に佩いた長剣で首を刎ね、水銀の盾で押しつぶした。


 仲間の断末魔に呼ばれて、百体以上の小鬼が二人のもとに集まってくる。大半の個体は最初の数体とは違い、鎧も武器も持ってはいない。

 この場で誕生した個体だ。こうしている間にも、人々を苗床に数を増やしているだろう。


 小鬼という魔物がそのレベルの低さと脆弱さにもかかわらず、厄介な魔物として忌み嫌われる理由がそこにある。

 人間、魔物を問わずあらゆる生物と交配可能なうえに、わずか数分で卵から孵化する。その上、孵化した時にはすでに成体だ。一旦、人里で増え始めれば、僅かな時間で軍勢を形成してしまう。


 もっとも、生ける屍とは違い、小鬼は純粋な魔物だ。通常、こんな人口密集地に突然現れることなどありえないことだった。


 だが、そのありえない事態が今起きている。このまま放置すれば、それだけで王都は壊滅する。


『――オオオオオオオオオオオ!!』


 ゆえにこそ、グスタブは吠えた。彼の大音声だいおんじょうは大気を震わせ、王都全域に響き渡った。

 『大騎士の咆哮』。ラグナも用いる騎士の咆哮の上位戦技にして、グスタブの固有戦技オリジナルだ。

 その効果範囲たるや一つの戦場を丸々網羅するほどで、誘導だけではなく味方の強化、敵への弱体化デバフも含まれている。


 そして、なによりこの咆哮は大騎士の出陣を告げる陣触れでもある。この咆哮を聞くだけで味方の士気は上がり、敵の足は恐怖に竦む。


 つまり、今この王都に存在する全てのものがグスタブの存在を認識した。グスタブは増えた小鬼どもをまとめて相手取るつもりなのだ。


「背後はお任せを」


 その意図を察して、ラグナはグスタブの背中に回り込む。

 双面の盾の陣形。パーティー内に盾役タンクが二人いる場合に取られる基本的な陣形だ。


 周辺には数えきれないほどの魔物の気配がある。襲撃からわずか数時間、どれだけの民が犠牲になったか、そう考えるとラグナの胸は怒りに震えた。


「……うむ。頼りにしておるぞ、仮面の騎士よ」


「――はっ!」

 

 グスタブからの信託に、ラグナは全霊をもって応える。長剣を低く構え、水銀の盾を白兵戦用に円盾へと変形させた。

 

 二人の闘気が辺りを呑み込む。大した知性を持たないはずの小鬼たちでさえ、あまりの気迫に圧倒されていた。


 その重圧に耐えきれず、一体の小鬼がグスタブへと飛び掛かる。

 戦いが始まった。


 グスタブの大盾に小鬼どもが吸い寄せられる。盾の発する光に彼らが触れた瞬間、その体が弾け飛ぶ。彼らのような下位の魔物では、グスタブの盾に触れることさえかなわない。


 続けてグスタブは、大盾を頭上に掲げた。

 そのまま渾身の力で地面へと叩きつける。発生した衝撃波は大波のように小鬼たちをさらい、その(HP)ゼロへと返した。


 さすがは大騎士、と称えるべき戦いぶりだ。一撃一撃が大地を砕き、旋風を巻き起こす。それでいて街には一切被害を出さないように絶妙な加減をしているのだから、完璧というほかない。


 ユウナギの戦い方が攻めの極致ならば、グスタブのそれは守りの極致。まさしくラグナのあこがれた大騎士そのものだった。


 一方でラグナは己のすべきことを黙々とこなしている。すなわち、ただひたすらに敵の数を減らすことに終始していた。


 盾で小鬼の首を刎ね、長剣で胸を貫く。長剣が折れれば、拳で殴打し、敵の武器を奪う。時には瓦礫を拾い上げ、それで敵の頭蓋を砕くことさえした。

 その場にありとあらゆるものを用いて、ラグナは敵を殺していく。そこに騎士の誉たる正々堂々さや華麗さは微塵もない。ただ己一人でできるだけ多くの敵を屠るために最適化された戦い方だった。


 二人の戦い方はまるで対称的だ。だが、そのどちらも通用している。雲霞の如くと思われた小鬼たちは着実に殲滅されつつあった。


 空においても、状況は同じだ。シスターの矢は絶え間なく放たれ、飛竜を射落としている。殲滅しきることは不可能だが、それでも着実に数は減っている。少なくとも、これ以上王都に魔物を降下させることはできないだろう。


 殲滅まではあと一歩。王都で生まれた小鬼どもは今この場所に集結していた。


「合わせよ!」


「応!」


 ラグナとグスタブは背中合わせになり、盾を地面に突き刺す。

 発動する戦技は『血戦の誓い』。盾役が二人そろった場合にのみ発動できる戦技で、効果範囲にいるすべてのものに『逃走』を禁じる効果があった。

 つまり、小鬼たちは逃げられない。一匹残らず駆除せんとするならばこれほど有効な戦技もない。


 続けて、グスタブは大盾を構え、脚を踏ん張る。大盾の輝きが一層光を増した。

 それに引き寄せられて、小鬼たちはグスタブの元へと殺到する。大技の兆候を感じ取ったのだ。


 ラグナが小鬼たちの前に立ちはだかる。両手の武器を用いて、目の前の敵を次々と肉塊に変えていった。

 だが、小鬼の数が多い。すべてを仕留めきることはできず、数体がラグナの脇をすり抜けていく。


 小鬼の爪がグスタブへと届く。レベル差を考えれば、かすり傷にさえならないが、それでも、そんな手抜かりはラグナの矜持が許さなかった。


「――はっ!」

 

 左手の円盾を外し、右手で掴む。そのまま体を捻り、最大威力で投擲した。

 

 水銀の盾は回転しながら、背後から小鬼に迫る。うなりを上げて、その体を両断した。

 そうして、盾はラグナの手元へと戻る。戦技ではない。ラグナの発想と技量、そしてバルカンの技術によってこの絶技は成り立っていた。


 続けて、ラグナは地面を蹴ってその場を離れる。もう時間稼ぎは十分だ。


『――聖なるかな、我が要害セイント・フォートレス!!』


 鏡面の如き大盾から閃光が放たれる。それらはあたり一帯を真っ白に染め上げ、小鬼どもを一瞬で焼き尽くした。


 盾から放たれたのは、聖属性の魔法攻撃だ。グスタブほどの実力者ならば、高位の魔法を戦技として行使することも容易かった。


「――片付きましたな」


「はい。お見事でした」


 周囲の気配を探ってから、二人は互いの労をねぎらう。ひとまずだが、王都の危機を救うことはできた。


 しかし、目の前の光景を思えば喜ぶことはできない。

 街辻は燃え、民は死んだ。騎士としても、勇者の代わりとしてもこれを勝利と呼ぶことは口が裂けてもできなかった。



 

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