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第八十四話 姫君と大騎士

「二人とも殺気を抑えろ」


 ラグナが言った。

 王国から追放された身ではあるが、王族への尊崇の念まで消えてはいない。


 その上、今のラグナは勇者の、ロンドの代わりだ。勇者は中立の立場ではあるものの、アルカイオスの王族は先祖であり、後援者だ。万が一にも、刃を向けることは許されない。


「お断りです。先手必勝、目的が何であれ、あれは敵です」


 しかし、そんなことはユウナギに言わせれば知ったことではない。

 ラグナがどう思おうが、彼に害なすものはたとえ神仏でも敵だとユウナギは決めていた。


「あんまり言いたくはないけど、同意見。どこの王族でも今は敵よ」


 ベルナッドも前に出る。

 元奴隷にである彼女にしてみれば王族など尊崇どころか、同情にさえ値しない。ましてや、今や鉄の空の代表として人々を守る責任がある。余裕を持った判断などしていられない。


「待て。決めるのが早すぎだ。誰か確かめてからでも遅くないだろ」


「遅い。だいたい、貴方を国から追放して懸賞金をかけたのはこいつらなのでしょう。その時点で敵なのでは?」


「そうよ。貴方が魔軍と戦っているのだって、こいつらがちゃんと仕事してないからじゃないの。敵よ、敵」


「それは、まあ、ほら、聖剣を持ち出したのオレだから……」


 あくまで敵意を向けられないラグナとは対称的に、二人は馬車に対してじりじりと間合いを詰めていく。

 一息に攻めかからないのは、相手を警戒しているからだ。馬車の中には一つだけ彼女たちに匹敵する気配があった。


 おそらく、王族の護衛だろう。王家直属の近衛騎士団の平均レベルは70以上だ。その中でも精鋭となれば、レベルが100を越えていてもおかしくはない。


 それでも、ユウナギとベルナテッドの二人がかりならばどうとでもなる。それが分かっているからこそ、ラグナは本気で二人を止めなければならなかった。


 ラグナは意を決して、二人の前に立つ。両手を広げて。自らの身を盾にした。


「邪魔です」


「邪魔よ」


 そんなラグナの行動が火に油を注ぐ。彼女たちに二人にしてみればラグナの行動は未練以外の何物でもなかったし、自分たち以外の何かに未練を感じているという事実そのものが気に食わなかった。


「だから、待て。オレは人とは――」


 押しとおろうとする二人、止めるラグナ。両者を一喝するようにその声は響いた。


「――静粛にせよ! 殿下の御前である!」


 大軍勢の隅々まで聞こえるような、よく通る声だった。年相応にしゃがれてはいるものの、それが逆に声の威厳を増していた。


 三人の動きは止まっている。声とともに発せられた戦技が彼らの気勢を削いだのだ。

 『大騎士の音声おんじょう』とも呼ばれる極めて希少な戦技だ。


「うむ。皆、落ち着いたようで何より。血気盛んなのもよいが、名乗る前に仕掛けるのは礼にもとるぞ」


 声の主はゆっくりと馬車から降りた。

 白銀の鎧を身にまとった騎士。白いひげを蓄え、齢六十を越えながら、ラグナよりもなお筋骨隆々だ。


 その左手にあるのは、()()()()()()()()()()()()()()()。鎧と同じく白銀のそれには、雷の紋章があしらわれていた。


 雷の紋章。それは()()()たる証、最高位の大騎士だけがその紋章を許されるのだ。


 ラグナはとっさに片膝をつき、騎士としての礼を取った。

 当然の行動だ。目の前にいるのはあらゆる騎士の頂点、かつのラグナにとって夢そのものともいえる人物なのだから。


 グスタブ・フォン・アイアネイアス。アルカイオス王国唯一の大騎士グレーターナイトにして、王の盾だ。


「――我が名は、ラグナ・ガーデン。親なきもの。未熟ながら騎士の末席に名を連ねております」


「うむ。我が名はグスタブ・フォン・アイアネイアス。ヴォルクスの息子。王の盾である」


 ラグナの名乗りに、グスタブもまた名乗り返す。たったそれだけのことでラグナの胸には誇りが満ちた。


「お目にかかり、この上ない光栄です。サー・グスタブ」


「うむ。吾輩もそなたの顔が拝めてうれしいぞ。聖剣を盗んだというから厳めしい顔をしているかと思ったが、なかなか良い面構えをしておるではないか。いや、そうでもなければ、このような大事は成せぬか」


 なおも殺気を放つユウナギとベルナテッドを見やってから、グスタブはにんまりと笑みを浮かべた。「若い者にも見習わせたいものだ」と付け加える。


「二人とも。いいからやめろ」


 ラグナが強く制する。

 仮にグスタブが自分を捕えに来たのだとしても、彼は尊敬に値する人物だ。万が一にも、無礼を働きたくないというのがラグナの心情だった。

 

「……わかりました」


「わかった……」


 仕方なしにユウナギは刀の柄から手を放す。ベルナテッドも構えを解いた。


 納得してはいない。けれど、彼女たちは最終的にはラグナの決定に委ねるという点では一致していた。


「うむ、これならば小心な姫君でも大事なかろう」


「小心は余計である。そなたは下がれ」


 馬車の中から少女の声が響いた。よく響き、生まれの高貴さを感じさせるような、そんな声だった。


 ラグナはその声に聞き覚えがあった。


 馬車の戸を開け、姫君が姿を現す。同時にグスタブが片膝をついた。


「幾久しく、ラグナ・ガーデン。わらわの顔、見忘れてはいまいな?」


「……そのようなことありえるはずもございません。アリティア殿下」

 

 ラグナは恭しく首を垂れる。もし目の前の貴人が自分の首を落とすのだとしても、ラグナは命じられるまで面を上げることはしないだろう。


 アルカイオスに連なる鮮やかな赤い髪に、翡翠色の瞳。小さな体を覆うのは最高級の白銀絹ミスリル・シルクのドレスだ。


 アリティア・グラン・アルケイデン。アルカイオス王国、第三王女にして勇者ロンド・ライデイオンの婚約者であった少女だ。

 つまり、ラグナは彼女に対して返しきれない借りがある。


「最後に顔を合わせたのは、そうだ、ロンド殿の葬式であったな」


「……はい」


「あれ以来顔も見せず、便りもよこさず、随分と薄情ではないか。危急の時はいつでも駆けつけると言っておきながら」


「……面目次第もありません」

 

 首を垂れたままのラグナを、アリティアは罵るように見下ろしている。

 年派のいかない少女が大男を叱りつけている。はたから見れば倒錯的な光景だが、両者の身分を考慮すれば当然の光景ではあった。

 

 かたや、追放された元騎士。かたや、第三王女。そこにある隔たりは、もはや、生者と死者のそれに等しい。


 しかし、所詮は世俗の理。そんなものを意に介さない人間は少なからずいるものだ。


「おい、お前」


 心胆寒からしめる声色で、ユウナギが言った。

 すでに利き腕は刀の柄に添えられていた。腰を切れば、その瞬間にアリティアの首は落ちる。

 

「お、お前だと!? 無礼な!」


 その明白な事実をアリティアは認識できない。()()()()()()()()、彼女には戦闘職としての才能が一切なかった。


「爺! このものを手打ちにせよ! 今すぐ!」


「お断り申し上げる。殿下の癇癪を理由に戦うには相手が重すぎる。骨が折れますわい」


 王女からの命をグスタブは平然と退ける。無論、本当にユウナギが刀を抜けば助けに入るが、傅役としてはいい教訓になるとさえ考えていた。


「ユウナギ、やめろ。オレは構わない」


「……それは命令ですか?」


「いいや、頼みだ。ここは下がっていてくれ」


 ラグナの切実さに、ユウナギは渋々柄から手を放す。いじけたようにそっぽを向くと、少し離れた壁に背を預けた。


「ベルナテッドもだ。ここは、オレに任せてくれ」


「……わかった。けど、近くにはいるから。あと、ベルでいいから」


「ああ、分かった、ベル」


 ベルナテッドもまた拳から力を抜く。ユウナギほど短気ではないが、彼女またアリティアの態度に腹を据えかねていた。


「ご無礼をお許しください、殿下。この身で何か償いになるにならば、何なりと」


 貴人への礼を崩さずに、ラグナが言った。その場を取り繕うための言葉ではなく、本心からの言葉だった。

 ラグナにとって、彼女から最愛の人(ロンド)を奪ったのは間違いなく自分なのだから。


 

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