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第八話 魔軍襲来

 魔軍が現れたのは村の南側だった。

 まずは女子供が襲われ、駆け付けてきた大人たちが餌食になった。

 レベルの低い弱者を狙い、敵の動きを乱すのは魔軍の定石だ。わずか数分で数世帯が皆殺しにされ、道辻に屍が積まれていた。


 ただの魔物が相手であればダークエルフたちでも十分に撃退できる。

 今回に限って言えば相手が悪すぎた。人界を徘徊している下級の魔物と魔軍の精鋭「青鱗兵団」の兵士では30近くのレベルの差がある。

 レベル50のハイリザードマン、十体。レベル20程度のダークエルフたちでは足止めすらかなわなかった。


 このままでは村は滅ぶ。生き残った者たちは皆、死を覚悟した。

 ここから逃げ出したところでダークエルフである彼らに行き場はない。先祖代々の土地を捨てて放浪の身となるくらいならば、今滅ぶほうがよい、と多くのものが考えていた。


 村人たちは恐怖に負け、膝を屈した。誰もが諦めていた。


 そんな状況だからこそ、ラグナは盾を取った。亡き友ならば必ずそうすると信じているからだ。


 申し訳程度に築かれた防衛線を飛び越えて、ラグナは虐殺の現場へと走る。彼の背中をダークエルフたちは唖然としたまま見送った。


「――おおおおおおおおおおおおお!!」


 ラグナは走りながら咆哮を上げる。大盾を正面に構えて押し進むその姿には城砦が迫ってくるような威圧感があった。


 ハイリザードマンたちが一斉に振り返る。

 咆哮に当てられた兵士たちは目の前の獲物を無視して、ラグナに殺到した。そうせざるをえなかった。

 

 『騎士の咆哮(ナイツ・ウォークライ)』。

 ラグナの保持する数少ない戦技の一つで、その効果は敵の注意を自分に引き付けるという単純なもの。仲間パーティーを守るタンクには必要不可欠な戦技だ。

 ラグナはその戦技を仲間のためではなく顔も知らない誰かのために使っていた。


 その結果、十体のハイリザードマンが一斉に攻めかかる。本来ならば苦戦は免れないが、三日前の戦いに比べればこの程度物の数ではない。


「――ふん!」


 ラグナはまず先頭を走る一体に、大盾ごと体当たりした。

 ハイリザードマンの巨体が吹き飛ばされ、背後の集団にぶつかる。

 十体の動きが一瞬止まった。


 ラグナはその隙に、油の入った瓶をリザードマンたちの頭上に放る。瓶は空中で割れて、中身がぶちまけられた。


 すぐさまラグナは次の道具を取り出す。

 『火の十字架』。消耗品であるこのアイテムは騎士であるラグナでも使うことができる。

 効果は敵に火属性のダメージを与えるという単純明快なものだが、その威力の低さから駆け出しの冒険者にさえ『使えないアイテム』として認識されている。


 そんな使えないアイテムが青鱗兵団に牙を向いた。一瞬で消えるはずの小さな火は油に引火し、炎となる。


 全身を焼かれて、屈強なハイリザードマンの兵士が悲鳴を上げた。中には炎を消そうと躍起になり、ほかの仲間を巻き込むものさえいた。

 

 ラグナはそんな彼らに容赦なく攻めかかる。

 剣で喉をつき、盾で骨を砕き、一人ずつ確実に数を減らしていった。


 三日前の再現だ。

 ラグナはその時も敵を閉所に誘い込み、火計を仕掛け、少しずつ敵の数を減らしていった。


 数分もしないうちに、ラグナは半数の五人を仕留めた。

 炎を逃れた残りの兵士たちもその有様を見て撤退を決めた。本能に従順な彼らにしてみれば勝てない相手から逃げ出すのは当たり前のことだった。


 逃げ行く背中を見送ってラグナはため息を吐く。

 とりあえず、追い返しはした。しかし、このままでは再びの攻勢は目に見えている。魔軍は執念深く、また容赦がない。


「――あ、あの」


 背後から声を掛けられ、ラグナは振り返る。

 リエルだ。家屋の陰から恐る恐る顔をのぞかせていた。


「まだ火が消えてない。危ないぞ」


「は、はい。その、ありがとうございます」


「すべきことをしただけだ。礼を言う必要はない」


「はい……」


 せめてもの感謝を受け取ってもらえず、リエルは途方に暮れた。


 ラグナが元からその気だったとしても、救ってもらった以上は感謝すべきだとリエルは考えている。


 村が襲われていると気付いた時、リエルはとっさにラグナに縋った。見ず知らずの相手どころか、恩を仇で返した村人たちを助けてくれと頼んだのだ。

 なぜそうしたのかはリエル自身にも判然としない。けれど、母ならきっとそうするだろうという確信はあった。


 村人たちはそんな二人を遠巻きにして、様子をうかがっている。彼らの目には疑念と恐怖が渦巻いていた。


 ダークエルフたちにしてみれば理解できない状況だ。


 彼らにしてみればラグナはただのよそ者、それも先ほどまで殺そうと算段していた相手だ。ラグナがなぜ自分たちを助けたのかまるで理解できず、想像することさえ難しかった。

 人間は理解できないものに恐怖を覚える。感謝ではなく疑念や恐怖を抱いた、ダークエルフたちの反応はむしろ自然なものだとさえいえるだろう。


 生き残った狩人のうち数人が弓の弦を引き絞る。無数の殺意がラグナの背中に向けられた。

 側にいるリエルのことなど眼中にない。たとえ巻き込んだとしても彼らにしてみれば村の汚点が一つ消えるだけだ。


「……愚かな」


 研ぎ澄まされたラグナの感覚は向けられた殺意を鋭敏に拾い上げた。

 タンクとしての経験ゆえか、あるいは生来の異常性ゆえか、ラグナは向けられる悪意と敵意に人一倍敏感だった。


「はい?」


「なんでもない。それより場所を移すぞ」


「わ、わかりました。じゃあ――えっ!?」


 ラグナはリエルを抱え上げると、一目散に走りだす。大盾を背中に背負い、背後からの矢を防ぐ。せめてリエルには射かけられた矢が見えないように、そんな思いもあった。


 村を抜けて、森に入るとラグナはリエルを降ろす。

 村よりもリエルの小屋に近い位置だ。ここまでくれば村人たちも追ってこない。


「大丈夫か?」


「は、はい、大丈夫です」


 ラグナは口をきいてくれるようになったリエルに安心しつつも、内心自分の行動に呆れていた。


 村長を殴り倒したのも、リエルをあの場から連れ去ったのも短絡的に過ぎた。とりあえず助けられればいいと考えての行動だったが、その後のこと考えていなかった。

 これだけの騒ぎを起こした後で、村人たちがリエルを今まで通りにしておくとは思えない。

 

「すまない」


「そ、そんな、むしろ、謝らないといけないのはわたしたちの方で……」


「じゃあ、お互い様だな」


 ラグナはそれだけ言うと、顎に手を当てて思考を整理する。もともと仲間の一人の癖だったが、真似をしていると頭がすっきりするような感覚を覚えた。


 最優先は魔界の門だ。これを閉じなければ魔軍の侵攻を止められない。今は先鋒が様子見をしている程度だが、放置すれば南部辺境領は瞬く間に征服される。数えきれないほどの人命が失われるだろう。


 それだけはなんとしても防がなければならない。リエルのことはその後だ。不本意ではあったが、ラグナはそう結論付けた。


「リエル。この辺りに魔物の巣とか、遺跡とかないか?」


「……遺跡?」


「ああ……使われてない大昔の建物とかそういうのがある場所だ。心当たり、あるか?」


「確か……南の荒野の方に大昔の神殿があります……わたしも何度か行ったことあるけど……たぶん……」


「それだな」


 魔界の門は、古代の遺跡や神殿、戦場、そういった場所に開きやすい。

 そのうえ、ラグナが魔軍と戦闘した場所も南の荒野、今日来襲した方向も南。ここまで一致していれば疑う余地はない。


「わ、私に、道案内をさせてください! お願いします!」


 叫ぶようにリエルが言った。

 彼女も必死だった。ラグナは今や二度も村を救ってくれた大恩人だ。その大恩人のためにリエルは何かしたかったのだ。


「……危険だぞ。ダンジョンになってるかもしれん」


「だ、大丈夫です。足手まといにはならないようにします」


「……わかった」


 ラグナは渋々頷く。悩んだところで結局答えは一つしかない、と自分に言い聞かせていた。

 リエルの案内がなければダンジョンを見つけるのが遅れる。1日遅れれば、それだけ近隣の村々が危険にさらされてしまう。リエルとほかの人々の両方を救おうというなら二つを同時に守るしかない。


 困難な道だということは理解している。

 それでもラグナは進まなければならない。騎士の誓いとは元来そういうものだった。

 


 

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