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第七十八話 懐かしきもの

 激しい揺れにリエルは目を覚ました。痛いほどの耳鳴りにまゆをひそめながら、大きな掌の上で上半身を起こす。


 分かることはジルに運ばれているということだけ。記憶は巨大なリザードマンを見た瞬間から途切れている。


「ジ、ジル……?」


「しゃべると舌噛むぞ!」


 状況を確かめようとした瞬間、さらに大きく揺れる。攻撃をかわすためにジルが大きく旋回したのだ。


 今二人は入り組んだ路地を迂回しながら、公会堂を目指している。

 しかしながら、遅い。まるで亀の歩みのようにのろのろと進むしかなかった。


 原因は、絶え間なく襲い来る青鱗兵団の兵士たちだ。公会堂を包囲しつつあった戦力の実に半数が彼女たちの()()に差し向けられていた。

 なぜそれだけの戦力を動かしてまで、魔軍がリエルを狙うのか。その答えは彼女自身にも分からない。


 明らかなのは、追われているという事実のみ。戦う力のないリエルを魔軍は狙っている。


 それでも、彼女たちが生きているのはおわわぬ助けがあったからだ。


「――っ!?」


 回避が間に合わず、切っ先がジルの身体に迫る。その直前、()()が響く。

 魔弾だ。どこからか放たれた魔弾がジルとリエルを守護しているのだ。


「これって……」


「わかんねえ! でも、助かってる! それより掴まってろよ!」


 ジルの手のひらに包まれたまま、リエルは体が上昇していくのを感じた。

 

 巨人態の完全顕現。家二つ分はある光粉に包まれた肉体こそがいまだ成長途中にある、ジルの巨人としての姿だ。


「邪魔!!」


 拳を振るい、ジルは地面ごと敵の包囲を吹き飛ばす。巨人としての膂力、破壊力をもってすればこの程度は容易い。

 開いた血路を二人は押し進む。それでも向かってくる兵士たちは魔弾が貫いてくれる。


 そうして、公会堂にたどり着く。その直前、ジルの身体が横倒しになった。

 すぐさま巨人態が解除され、リエルは地面に投げ出される。痛みにうめくより先に、彼女はジルの姿を探した。


 ジルはすぐに見つかった。目の前に落ちた小さな何か、輝きを失い動くことさえできない妖精の姿を。


 その向こうには、三体の魔物がいる。ほかのリザードマンよりも逞しい体躯を持つ彼らこそがブレンと同じ千人竜長だ。彼らの力量レベルならば巨人の肉体を傷つけることも、あるいは殺すことも可能だ。


「ジル!」


 リエルは覆いかぶさるようにジルを抱える。すぐさま地面を蹴って逃げ出そうと試みるが、恐怖と緊張に足がもつれて、転んでしまう。

 

「――まだっ!」


 悪態をつくように、諦めを拒絶する。リエルは立ち上がり、敵と正面から向かい合った。

 

 リエルに戦う力はない。それでも、最後まであきらめることだけはしたくなかった。


 三人の千人竜長たちが一斉に動く。目的はジルの殺害とリエルの捕縛。彼らはマルドゥクからの命令を忠実に実行している。


 三度、銃声が響く。あらゆる防御を貫く穿絶弾が千人竜長たちを貫いた。

 

 それでも、なお、彼らは動く。『武人の矜持』と呼ばれる戦技。この戦技を発動したものはHP()を失う攻撃を受けてなおただ一度だけ生き延びることができる。


 鱗の生えた指先が褐色の肌に触れる。その瞬間、現れた人影がリザードマンを吹き飛ばした。

 アーネストだ。


「――チィッ」


 アーネストは舌打ちをすると、右手の魔銃に銃弾を装填する。狙いをつけることすらせずに、引き金を絞った。


 発射された弾丸が飛び掛かろうとしていた兵士たちを貫く。千人竜長でもない彼らが穿絶弾に耐えられるはずもなく、すぐさま絶命した。


「あなたは…………」


 リエルの中に、疑問が沸き上がる。

 この男はラグナを狙っていたはず。つまり、敵だ。その敵が自分を助けたという事実が彼女を著しく動揺させていた。

 

 その上、リエルはこの男の心音に聞き覚えがある。どこで聞いたかはわからない。だが、聞いたことがあるという確信がリエルにはあった。


「さっさと走れ。そいつもお前も死んじまうぞ」


「で、でも……」


「いいから行け! 邪魔だって言ってんだ!」


 怒鳴られて、リエルは正気に返る。

 疑問は尽きないが、考えている余裕はない。まずは動く、ほかのことはその後で考えればいい。


 ジルを抱えて、走り出す。兵士たちの攻撃は気にする必要がなかった。背後からの魔弾がすべて撃ち抜いてくれたからだ。


「――リエル!?」


 倒れこむように公会堂に飛び込む。すぐさま、ベルナテッドが二人を見つけた。

 

「あなたたち、どこにいって――」


「ベルナテッドさん、ジルが!」


 ぐったりとしたジルを見て、ベルナテッドはすぐさまその体に触れる。呼吸を整えると、戦技を発動した。

 すぐさまジルと同じ傷が、ベルナテッドの身体に現れる。そうして、数秒後にはその傷は癒えていた。


 『大いなる献身』。他者の傷を自らに受け入れるのがこの戦技だ。ジルの負傷ダメージはジルにとっては致命傷でも、ベルナテッドには違う。彼女の生命力ならば容易に回復可能だ。

 もっとも、痛みや苦しさが消えるわけではない。苦痛に慣れてはいるものの、ベルナテッドの顔が微かに強張った。


「だ、大丈夫ですか?」


「……ええ、問題ないわ。少しすれば目を覚ますと思う。それより、援軍がきてる」


「でも、あと二日は掛かるはずじゃ……」


「いろいろあったみたい。それで――」


 ベルナテッドは手早く状況と作戦をリエルに伝える。リエルはそれをすぐに理解した。

 その上で、すべきことを瞬間的に導き出す。たとえ力がなくとも戦うことはできる。


「……何人かでまとまってもらって順番を決めないと」


「え、ええ! そうね!」


 リエルの提案が最適解だと、ベルナテッドはすぐに呑み込む。

 この状況ではリエルの方法が一番効率的に住人を船へと移送できる。


「まずは、動けない人と年寄りから。戦える人達は最後まで残ってもらいましょう」


「一度に十人までは転移できるから、それで順番に送る。その間、私は戦えないからどうにか時間を……」


「あたしも戦うよ」


 ジルの声が割り込む。すでに目を覚まし、羽根を使って浮遊していた。


 傷そのものは完治しているが、傷を受けたことそのものへの衝撃や体力のそのものの消耗は回復しきっていない。

 事実として、ジルの身体は左右に揺らいでいた。


「駄目よ。少しでも休んでなさい。あんたも第一陣で船に送るわ」


「いやだ! あたしも戦う! ベルの背中はあたしが守るんだ!」


「聞き分けのない。あんたも怪我人なんだから――」


 瞬間、公会堂そのものが大きく揺れた。続けて響くのは、全身を震わすような悍ましい咆哮。何が発しているのかは考えるまでもない。


 封印を壊そうとマルドゥクが暴れている。先ほどの衝撃はその余波だ。


「……とにかく時間がない。ジル。どうしても戦いたいっていうなら、ここの入り口を守りなさい。少しでも敵を足止めするの」


「わかった……それくらいなら、今のあたしでもできる」


 ふらつきながらもジルは入り口の近くに陣取る。すぐさま戦えるほかの住人たちが彼女の周囲を固めた。

 遠目にはすでに迫ってくる兵士たちの姿が見えている。彼らは無理に攻めるのではなく、少しずつ包囲を狭めようとしていた。


「リエル」


「は、はい」


「手伝ってくれる?」


「も、もちろん!」


 ベルナテッドの問いに、リエルは頷く。こんな状況ではあるが、できることがあるというのはそれだけで満たされるような心地だった。


 だが、心の奥底で何かが引っかかる。

 なぜ助けられたのか。あの男が何者なのか。もっとくわしく知りたいと思う反面、知りたくないという気持ちも湧き上がる。そんな不可思議な感覚が消えなかった。



 

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