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第七十五話 絶技

「マオ、おまえ、どうしてここに――」


「――すげえだろ、こいつ! おっさんの作った魔導機鎧マギテックアーマー!」


 ラグナの疑問を無視して、マオは晴れやかな笑顔で言った。新しい玩具を自慢する子供のように、その場で飛び跳ねたり、腕を振り上げてみせた。


『作ったわけじゃねえ! 掘り出して修理しただけだ!』


 だみ声での念話が割り込んでくる。バルカンだ。マオと同じようにここにいるはずのない彼の声がラグナの耳には届いていた。


 あまりのことにラグナは己の正気を疑った。状況が絶望的なせいで都合のいい幻覚を見ているのではないか、と。


「驚くのはまだ早いぜ、兄ちゃん。上を見てみなって!」


 言われるがままに、ラグナは天を見上げた。

 そこにあるものを目にした瞬間、ラグナは今度こそ己の理性に確信が持てなくなった。


 天蓋の孔から奇妙なものが顔を覗かせている。螺旋の刻まれた円錐、一見角のようにも見えるがその源にあるのものは明らかに生き物ではない。

 飛空艇、のようにも見える。しかし、飛空艇は空を飛ぶもので、地球を行くものではない。ましてや、角をはやして天蓋をぶちやぶる飛空艇など聞いたことがない。


『万能揚陸艦トライデント、こいつもそのアーマーと同じで山の国の発掘品だ。連中を脅して、強だ……借りてきたんだ!』


「な、なるほど」


 バルカンの説明に、ラグナは事情を察する。


 あれは既存の魔法ではなく全く別の技術体系により作られた古代の兵器、つまり、この天蓋や山の王の鍛冶場と同じ遺物なのだ。


 山の国にあったそれらをバルカン達は持ちだした。アトラス山からこの鉄の空まではどれだけ早く見積もっても五日はかかる。たった三日で彼らが到着したのも遺物の力だとしたら、納得だ。


 だが、天蓋に大穴を開けての登場というのは無茶が過ぎる。


『本当は地上で待機するつもりだったんだがな。着いたとたんに、警報が鳴った。そこでただ事じゃねえってんで、ちょいと派手にかましたってわけだ。状況はだいたい分かってるから、こっちの指示通りに――』


 突然、念話が途切れる。背筋に怖気が走り、ラグナはとっさに中央へと目をやった。

 あの化け物が戦艦を見ている。これまでになく殺気をたぎらせ、威嚇するように咆哮を上げた。

 

 マルドゥクは聖剣と同じように戦艦を脅威とみなしている。天蓋への被害さえも無視して、攻撃するつもりだ。


「まずいっ!」


「大丈夫! あれならなんとかできる! たぶん!」


 聖剣を構えようとするラグナをマオが制する。

 

 その瞬間、マルドゥクが武器を振り上げ、戦艦が火を噴いた。


 空間に展開された数十の魔法陣が一斉に魔力弾を放つ。

 鍛冶場の迎撃機構を思い起こさせるが、あの時より弾丸一つ一つが大きく、より高純度の魔力で構成されている。高位の魔物でさえ掠めればそれだけで致命傷になりうるだろう。


 そんな魔弾が雨あられとマルドゥクに降り注ぐ。蒼い鱗を焼き、彼の身体ほこりに無数の傷をつけた。


 それでも、マルドゥクが怯むことはない。魔弾に鱗を焼かれながらも四つの腕を同時に振り上げた。


 戦艦からの砲撃はさらに激しさを増していく。マルドゥクの攻撃を阻むべく、バルカンがすべての出力を砲撃へと回したのだ。

 

 膨大な魔力と圧倒的武力のせめぎ合い。それを制したのはマルドゥクだった。


 魔力弾を振り切って、マルドゥクの戦技が発動準備を完了する。雲を割り、山を断つその戦技の名は『武神闘乱』。これを受ければ古代の遺物とてただでは済まない。


「お、おい、これじゃ――」


「だから、大丈夫だって! そのためにまだ船に残ってんだから!」


 ラグナの危惧を他所に、マオは余裕を崩さない。


 そうして、清澄な刃の音と共に、その女は船首に現れた。

 ユウナギだ。同道とマルドゥクと向かい合うその姿に、その美しさにラグナは呼吸さえ忘れた。


「――秘剣」


 ユウナギが腰を切ると同時に、刃が抜き放たれる。鏡のような刀身が人工太陽を照り返し――、


「山薙ぎ」


 ――人類最高峰の斬撃が放たれた。

  

 ユウナギの山薙ぎとマルドゥクの武神闘乱が空中でぶつかり合う。絶大な破壊力を持つ二つの戦技は空中でぶつかり合い、その威力を()()した。


 マルドゥクは新たな敵に動じることなく今度は四本の腕で連続して、武具を振るう。

 竜巻の如き衝撃波の連打。そのことごとくをユウナギは相殺してしてのけた。


 それはつまり、あの鱗の巨人の一撃とユウナギの一太刀が同等の破壊力を持つということを意味する。そうでなければ、攻撃の相殺現象自体が起こりえない。

 まさしく、神域の武。大陸最強と謳われる星の冒険者の面目躍如だ。


 さきほどのブレンとラグナの戦いのように、ユウナギとマルドゥクは拮抗している。一瞬の隙、あるいは他者の介入のみがこの均衡を崩しうる。


 そして、ユウナギは一人で戦ってはいない。


 トライデントの艦首が青色の輝きを帯びる。夥しいほどの魔力が集積され、空中に特大の魔法陣が刻まれていく。


 その脅威いみを理解し、マルドゥクは六本の腕のすべてを攻撃へと投入する。もはや、施設への被害を考慮している場合ではない。


 だが、一瞬遅い。六本の腕がうなりを上げる直前、術式が完成した。


 放たれたるは、無限に連なる魔封じの網。渦巻きながら拡散したそれはマルドゥクの攻撃に弾かれながらも、その全身に絡みついた。

 対大型魔獣用拘束弾、海神の投網ヒッポカムポス。いかに超常の攻撃力をもっていても、この拘束弾は破れない。例え、神域の魔物と言えども一定の時間は拘束してのける。


 かくして、軍神は地に繋ぎ止められた。古代の遺物は異形をなしてみせたのだ。


「……すげえな」


 ラグナがそう漏らした。遺物のすさまじさは理解しているつもりだったが、実際にこれだけの効果を発揮しているのを見れば驚くほかなかった。


「だろ? だろ? こいつもそうだけど、ドワーフの技術ってのは本当――」


 ラグナの反応に、マオはますます喜色満面になる。放っておけば小躍りしかねない勢いだ。

 戦場であまりにも油断が過ぎる。実際、青鱗兵団の兵士たちは状況を理解し、すでに動き始めていた。


 無論、ラグナ達とて標的になっている。じりじりと包囲をを狭めて、一気に仕留めようと画策していた。

 その鼻先を――、


「――私のこともお忘れなく」


 最強の斬撃が抑えた。

 声に遅れて、ユウナギがふわりとラグナの隣に降り立つ。ちらりと視線を送ったかと思うと、青鱗兵団と正面から向かい合った。。

 いかに精強を誇る青鱗兵団と言えどもユウナギににらまれては容易には動けない。


 機嫌が悪い、とラグナは察した。続けて、その理由を理解した。


「ユウナギ……流石だ、ありがとう」


「…………ええ、まあ、当然のことをしたまでです」


 ラグナの言葉に、ユウナギは振り向かないまま反応した。後ろから見える両耳が真っ赤になっていた。

  

 気を遣っての発言ではあったが、そこにこもった感情そのものに偽りはない。


 バルカン達をここに連れてきたのはユウナギだ。彼女が間に合わなければラグナは死んでいた。

 その上、マルドゥクの拘束にもユウナギは貢献している。ユウナギなりの表現をすれば勲功第一等は間違いない。


 ユウナギがラグナの命の恩人であることは今に始まった話ではない。

 だが、今回彼女が救ったのはこの鉄の空全体だ。ユウナギ自身にその自覚はなくとも、彼女は多くの命を刀の一振りで守ってみせたのだ。


 憧憬にさえ値する。これでこそ星の冒険者、これこそがユウナギだと心の底から褒めたたえたかった。

 

 

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