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第七十四話 援軍

 

 ラグナの振るう聖剣(蒼き光)

 ブレンの繰り出す四つの武具(くろがねの煌めき)

 ぶつかり合う剣戟の激しさは、さながら渦巻く雷雲のようだった。


 互いに戦技を放ついとまさえない武のせめぎ合い。一瞬でも、否、刹那でも反応が遅れれば決着はつく。


 勇名をはせる青鱗兵団の兵士たちでさえ、二人の戦いに割って入ることはできない。

 この一戦は魂のぶつかり合い。その邪魔立てをすることは武人としての誇りを捨てることを意味する。

 もっとも、半端なものでは邪魔をすることさえ難しい。一歩でも踏み込めばその瞬間に八つ裂きにされてしまうからだ。


 しかして、決着の時は近い。ほかならぬラグナとブレンだけがそれを悟っていた。


「――オオオオオオオ!」


 咆哮と共に、ブレンは二つの腕を振り下ろす。戦斧と槌が音の壁を破った。


 ラグナはそれを聖剣を盾に受け止める。僅かな拮抗、次の瞬間、ラグナは片膝をついていた。

 これまでならば十全に受け止め、反撃にさえ転じえた。そう、ラグナが万全ならばこの拮抗が崩れることはありえなかった。


 ブレンは両腕でさらにラグナを押し込む。同時に、残りの二つの武具で左右から切りかかった。

 回避を封じたうえでの必殺の一撃。ラグナには成すすべがなかった。


 二つの刃が甲冑を砕き、ラグナの身体に食い込む。その刹那、彼の身体は前に出ていた。

 必殺の確信にブレンの力がわずかに緩む。その一点だけがラグナの活路であり、彼はそれを待っていたのだ。


 すり抜けるように、ラグナとブレンがすれ違う。互いの位置が入れ替わり、そして――、


「――ぐっ!?」


 先にブレンが両膝を屈した。


 二人がすれ違う一瞬、聖剣の刃はブレンの左胴を一文字に切り裂いた。

 傷は胴体の中ほどにまで及ぶ。刃はいくつもの内臓を両断し、切っ先は脊髄にまで達している。


 だが、それだけだ。人間であれば致命傷であっても、好意の魔物であるブレンの命を奪うには届かない。

 わずか十秒、それだけの時間があれば傷は全快する。


「――っ」


 対する、ラグナはもはや死に体だ。まだ立っていられるのは、膝を屈すればそのまま意識が消えるとわかっているからに過ぎない。


 かろうじて一撃。その一撃で決めきれなかった時点でラグナの勝ち目は消えていた。


 ラグナは人間だ。多少の技能スキルを持ち、|虫食いとなり世界の理から多少外れかけていても所詮は体一つの人間にすぎない。


 胴を両側から裂かれて戦える人間などいない。ましてや、聖剣使用に伴う負荷ペナルティがラグナにはある。まだ立っているだけで奇跡のようなものだ。


 ひとえに甲冑のおかげだ。バルカン謹製の鎧は砕かれてなお主を守護していた。


「――見事」


 もはや動くとさえできないラグナに、ブレンは心からの賛辞を贈った。

 すでに傷は癒えている。振り返ったその顔は口惜しさを噛みしめていた。


 勝負を分けたのは、種族の差であって武の差ではない。単純な技量だけで競うならば、ブレンは負けている。そう自覚しているからこそ、彼の武人としての誇りは勝利に異を唱えていた。


 その誇りに身を任せることはできない。今のブレンは千人竜長であり、彼には彼の責任がある。


「聖剣の使い手、我が主ドルナウ様の仇、ラグナ・ガーデン。お前は敵ながら、見事な戦士だった」


 折り合いをつけるかのように、ブレンは敵手へと敬意を示した。

 周囲の兵士たちは早くとどめを刺せと囃し立てている。その轟きを意識から閉め出して、ブレンはこう続けた。


「我らはお前を捕えよ、と命を受けている。おそらく、陛下はお前を見せしめとしたいのだろう。聖剣の使い手を再び魔軍は倒した、と。だが、その前にお前は責め苦を与えられ、戦士としての誇りさえ奪われるだろう。それは……見るに耐えん」


 敬意は憐憫へと変わり、ブレンに決意を抱かせる。それは彼の甘さそのものであり、彼がリザードマンであることの証でもあった。

 リザードマンにとっては死にざまこそがその者の価値だ。この価値を守ることは種族としての、あるいは魔物としての本能にさえ勝る信念とも言えた。


「ここでお前を斬る。苦しませはせん。せめて、戦士として誇り高き姿のまま死するがいい」


 ブレンは己が信念に従って、斧をかざす。そうして、己を見上げるラグナの瞳を見た。


 そこには諦めや後悔などみじんも浮かんでいない。あるのはただ強靭な意志の輝き。まだ終わっていない、まだ戦えるとその光は吠えていた。


 ブレンは己の不明を恥じた。この敵は武人だ、だが、ブレンの知るような潔さを旨とする戦士ではない。

 例え足がもげようが、腕を失おうが、最期の一瞬までこの敵は戦い続ける。その執念がゆえに一度ならず二度までも、青鱗兵団はたった一人の騎士に敗北を喫したのだ。


 決して反撃の機会を与えてはならない。言葉より先に、ブレンの腕は斧を振り下ろしていた。


「――っおおおおおお!!」


 合わせて、ラグナも動く。整えた呼吸、わずかに回復した肉体、今持てるすべての力を込めて聖剣を振り上げた。


 斧を振るう手と聖剣がすれ違う。蒼い刃はブレンの右の副腕を斬り飛ばした。


 しかし、一本を切り落としたところで、残りは三本ある。

 ブレンは腕を亡くした痛みにひるむことなく、右の剣をラグナに向かって振り下ろした。


 今の状態では回避は間に合わない。ラグナは防御を捨て、低い姿勢からブレンの喉元に聖剣の切っ先を向けた。

 相打ち覚悟での特攻だ。せめてブレンだけでも道連れにするつもりだった。


 その意図が成就される直前、降り注ぐ瓦礫が二人の間に割り込んだ。


「っなに!?」


 咄嗟にブレンは身をかわし、ラグナは倒れ込むように背後に逃れた。


 落ちてくる瓦礫は一つではない。人間大の瓦礫が二人の頭上に降り注いだ。


 ブレンにとってはこの程度脅威ではない

 。だが、包囲を固めている兵士たちにとっては違う。彼らを守るべくブレンは動かざるをえなかった。その一瞬で、彼はラグナの姿を見失った。


 一方で、急死に一生を得たラグナは動けずにいた。(みじろ)ぎすることさえできずに、ただ天を睨むことしかできなかった。


 何がどうなっている、その疑問がラグナの脳裏を埋め尽くしている。

 魔軍の目的はこの天蓋の確保。だからこそ、あの軍団長は動くことをしなかった。そのはずだ。


 だというのに、今こうして天蓋が崩れている。一体誰が、なんの目的で、その答えを見つけるより先に、ラグナは()()を見た。


 四本の足を持つ騎影。それはラグナに迫る瓦礫を蹴散らしながら、軽やかに舞い降りた。


 機械からくりの馬。かつての戦いでラグナが騎乗した馬とよく似ているが、それよりも一回り大きい。

 敵か、あるいは味方か。ラグナが判断するより先に、騎馬は動いた。


 否、()()した。二本の後脚で立ち上がると上半身が裏返り、人間のような形態を象った。さながら、鋼の巨人と言った姿だ。


 ゴーレム。件の魔物かとラグナは警戒するが、すぐに違うと気づく。

 ゴーレムは形態変化に変形などという過程を必要としない。ただ身体の組成の比重を変えるだけでいい。予備動作なし(ノーモーション)での質量攻撃は数えきれない冒険者を屠ってきた。


 これはそれらとはまるで違う。まだとも思える複雑な機械の動きは一種の機能美をラグナに感じさせた。


 だが、それに浸っているような暇はない。


「ギ、エエエエエエエエエ!!」


 崩落が止んだのを見計らって兵士の一人がラグナへと迫る。もはや、一騎討ちどころではないと判断し、目的を果たすべく動いたのだ。


 その横っ面をーー、


「じゃまだああああ!!」


 鋼の拳が吹き飛ばした。

 困惑するラグナに、鋼の巨人は振り返った。


 丸っこい頭部が左右に開く。()()()()が風に揺れる。


「助けにきたぜ! ラグナのにいちゃん!」


 猫耳族のマオ。アトラス山に残っていたはずの彼女がそこにはいた。




 

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