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第七十話 襲来

 ――その瞬間、ラグナは閃光を見た。


 ブレンはラグナの想定を遥かに上回る強敵だった。身体能力も、武の冴えも、発せられる気迫も本来のレベルのそれを遥かに上回っている。ほんの一瞬でも意識を逸らせば間違いなく命を絶たれる。


 それでも、一対一ならばラグナ一人で対処できた。

 ラグナとていくつもの死線を越えてきた。数え切れないほどの敵と肉体に刻まれた傷痕は彼を類稀な戦士へと鍛え上げた。

 実際、ブレンとの戦いでラグナは傷一つ負っていない。聖剣を巧みに翻し、四本腕の乱撃を見事に捌いてみせていた。


 問題があるとすれば、アーネストだ。

 彼の銃撃は戦闘の最中も続いてた。銃弾が降り注ぐのはラグナとブレンの両方だ。少しでも動きが止まったり、隙を見せれば貫かれてしまう。


 アーネストに反撃できるのは、ブレンだけだ。なんらかの方法で彼の迷彩を見破っているようだが、ラグナにはその方法もアーネストの位置もわからない。


 つまり、ラグナにできるのは耐えることだけ。ブレンの相手をしながら、銃撃をかわし続けるほかないのだ。


 三つ巴の戦いとは言うものの、状況は明らかにラグナにとっては不利だった。


 だが、徐々にではあるが、戦況は動いている。打ち壊された建物の山、そこに築かれた死の広場がその証拠だ。


 激戦の最中、ブレンの意図をラグナは見抜いた。

 彼はラグナを狙いながらも同時に、周辺の建物を次々と壊していた。アーネストの退路を断つため、隠れられる場所を叩き潰すためだ。

 ラグナはその作戦に便乗した。ブレンを使ってアーネストの銃撃を止め、その隙に公会堂まで撤退する。あるいは、二人をまとめて倒す。そのつもりだった。


 リエルの姿を見るまではそれだけを考えていた。

 

 リエルがなぜここに? 

 ほんの少しの疑問が脚を、腕を、心を鈍らせた。


 その隙を逃すブレンではない。四本の腕を振り上げ、怨敵を一気に仕留めにかかった。

 かつて四腕のドルナウが用いたものと同じ、否、それ以上の戦技がラグナを襲った。


 理性より先に、本能と経験が身体を動かす。

 咄嗟盾にした聖剣て攻撃を受け止める。

 瞬間、雪崩に打たれかのような衝撃がラグナの全身に押しかかった。


 続いて、二人の中心にかまいたちが巻き起こる。この距離ではリエルも巻き込まれてしまう。決断は一瞬だった。


 上からの力に応えるように、ラグナは聖剣を放す。受け流された刃は地面を砕き、ブレンの姿勢が崩れた。


 かまいたちに裂かれながらラグナは走る。傷だらけの腕を必死でリエルへと伸ばす。


 間に合わない。引き延ばされた時間の中でそんな考えが過った。

 絶望がラグナに追いつく。その直前、()()が奔った。


 魔弾の光だ。だが、弾丸が貫いたのはラグナではない。

 銃弾が貫いたのはリエルに迫っていたかまいたちだ。一度目の弾丸で風を散らし、二度目の弾丸が魔力の障壁をリエルの周囲に展開した。


 ありえない光景に、ラグナの思考が止まる。

 ラグナは己の死を確信していた。実際にあの瞬間に銃撃されていたら、確実に死んでいた。


 だが、実際のところはどうだ。あの魔弾はリエルを救った。

 アーネストに彼女を救う理由はない。弱者を庇護するという冒険者の使命をいまさら思い出した、ということもありうるが、期待する気にはなれなかった。


 疑問は尽きないが、考えている暇はない。背後にはブレンが迫り、銃口は再び自分に向いている。すべきことは一つだ。


「――リエル!!」


 敵に背を向けて、必死で走る。走りながらリエルをわきに抱えて、窓を破って屋内に飛び込んだ。遅れて、ジルが続いた。


 そのまま止まらず、ラグナはさらに距離を取る。聖剣さえも置き去りのままだが、リエルを巻き込むよりもはるかにマシだ。


「逃げる気か、ラグナ・ガーデンッ!!」


 背後からブレンが迫る。先ほどまでいた家屋が跡形もなく吹き飛んだ。

 凄まじい力だ。四本の腕を同時に振るう様はまさしく破壊の嵐そのものと言ってもいい。


 しかし、いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。

 敵はブレンとアーネストだけではない。ラグナが戦うのをやめれば、魔軍は公会堂に向けて進軍を再開する。


 すぐに戦いに戻らねばならない。けれども、リエルの安全を疎かにするわけにはいかない。

 雁字搦めだ、今のラグナには打てる手がない。


「ラ 、ラグナさん! い、一旦止まって!」


 抱えられたまま、リエルが声を上げる。あまりの揺れと速度に舌を噛みそうだった。


 ラグナは地面を蹴って、屋内へと飛び込む。

 ブレンの気配は引き離すことができた。相変わらず、アーネストの位置はわからないが、リエルを助けて以降銃声は聞こえていない。今は警戒しなくてもいい、とラグナの本能は告げていた。


 今ならばリエルを下ろすことができる。危険ではあるが、このまま戦場の最前線にあるよりは幾らかはマシだ。


「リエル、ここから離れるんだ。どこか隠れる場所を探して――」


「ラグナさん、それより」


「いいから聞け。ここは危ないんだ、戦いが終わるまでどこか安全なところで――」


「わたしの話を聞いてください!」


 子供を諭すようなラグナに、リエルが言葉と目で訴える。その意味をラグナは頭ではなく心で理解した。


「わかった。何があったんだ?」


「音、音がするんです。下から近づいてて、このままだと公会堂まで戻れなくなります」


「……どういうことだ?」


 リエルの説明は要領を得ない。ラグナに伝えなければならないと言うことばかりが先行して、肝心の中身を整理できていなかった。


「地下から何か来るんだよ! それもかなりやばい奴が! このままだと分断されちまうからあんたを呼びにきたんだよ!」


 追いついてきたジルが助け舟を出す。端的な報告に、ラグナはすぐさま判断を下した。


「一旦、公会堂まで退くぞ。あー……妖精の……」


「ジルだよ!」


「ジル。君は背後を頼む。道はオレが開く」


「道を開くたってあんた武器が……」


「それは問題ない」


 ラグナは静かに右腕を上げる。頭の中で「来い」と命じた。

 遅れて風切り音をリエルの耳が拾う。次の瞬間、窓を突き破ってラグナの右手に聖剣が飛び込んできた。


「すごい……」


「なんとなくできる気がしたんだ。だが、これで位置がバレた」


 ラグナの言葉通り、動きを止めていた破壊の嵐が再び迫ってくる。

 ブレンだ。聖剣が移動したことで彼は怨敵の位置を把握したのだ。


「こいつの相手はオレがする。二人は先に公会堂まで戻るんだ。オレもすぐに――」


 そこまで口にした瞬間、ラグナの背に悪寒が走った。


 いきなり水底に引きずり込まれるような、心臓が凍りつくような、そんな感覚。

 幾度となく味わってきたその感覚の正体は、()だ。


「リエル!!」


 ラグナは弾かれるようにリエルに覆い被る。空いた手でジルを掴むとそのまま懐の下へと押し込んだ。


 その直後、全員の体が宙へと浮き上がる。否、三人のいる家自体が空中へと投げ出されたのだ。

 回転する視界の中でラグナは自分の体で二人を守る。何度も壁や天井に叩きつけられながらも、二人を離すことだけはしなかった。


 そうして、三人は家ごと地面に叩きつけられる。木造の荒屋がそんな衝撃に耐えられるはずもなく、一瞬で瓦礫へと変わった。


「 ――――っ」


 瓦礫を押し退けてラグナは立ち上がる。甲冑のおかげで致命傷は免れたものの、いくつかの骨が折れていた。事前にリエルから下から来ると聞かされていなければ、確実に死んでいただろう。


 庇われる形になったリエルとジルに傷はない。しかし、回転と衝撃に意識を失っていた。


 二人を瓦礫の影に隠し、ラグナは周囲へと視線を向ける。すぐ背後には壁がある。鉄の空の中心に近い場所から東側の端まで吹き飛ばされていた。


 そうして、鉄の空の中心に立つそれをラグナは目にした。


 天蓋にも届く勇壮な巨躯、柱の如き武具を備えた六本の腕。()()()()()()()()はその魔物が何者であるかを物語っていた。

 青鱗兵団、軍団長「蒼きマルドゥク」。種族は鱗ある巨人ギガント・レプティリア、遠い昔に滅びた超越種その末裔であった。



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