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第七話 ダークエルフ

 リエルは純粋なダークエルフではない。

 彼女の父親は人間の冒険者で、リエルは数少ない混血児ハーフ・ダークエルフだ。


 ゆえに、彼女にとってほかのダークエルフたちは恐ろしい存在だった。

 顔を合わせれば罵声を浴びせられ、目が合えば石を投げられる。物心がついた時から、リエルにとってほかの人間とはそういうものだった。


 例外は共に暮らしていた母だけ。その母も数年前に流行り病にかかって死んでしまった。

 薬か治癒の魔法さえあれば完治する病だったが、それも適わなかった。村の薬師はただでさえ少ない薬を村はずれに住む血を穢した親子のためには分けようとはしなかった。


 そのことをリエルは恨んでいない。

 母は最期まで誰も恨もうとしなかった。子を産ませて自分を捨てた冒険者おとこにさえ恨み言一つ洩らさなかった。

 であれば、自分もそうあるべきだとリエルは定め、今日まで生きてきた。


 それは生きていくための知恵でもあった。

 村という共同体の援助なくして彼女のような幼子が生きていけるほどこの森は甘くはない。そのことを理解しているからこそ、リエルはこれまでそれなりにうまくやってこれていた。

 少なくとも、あのラグナという騎士を助けるまではそうだった。

  

「お前はあの男を誘い出すだけでいい。そうすればあとはオレたちでやる」


「そうだ、戦えとは言わない。分け前はくれてやる。無事に事が済めば村に住むことも許そう」


 広場に集った村の顔役たちが代わる代わるリエルに言った。

 諭しているような口ぶりだが、実際は命令と変わらない。ようは、ラグナを殺すために手を貸せ、と命じているのだ。

 

 リエルは思い切りため息をついてやりたかった。

 珍しく村に呼び出されたかと思えば、これだ。昨夜、冒険者たちが失敗したことであきらめたかと思えば、今度は村ぐるみで闇討ちをするつもりなのだ。

 恥知らずで、恩知らず。そんな言葉がリエルの脳裏に浮かんだ。


 しかし、それを口にするほどリエルは愚かではない。どちらにせよ殴られるのだとしても今ではないと彼女は理解していた。


「宴を開くとでも言えばいい。いや、実際に開くのだ。強いといっても毒を持ってしまえばあとは容易い」


「いやいや、女の方がよい。こやつに夜這いをさせて寝首を掻けば……」


「こやつでは貧相すぎる。オランの家に年ごろの娘がおるはずだ。適任ではないか?」


「そうだ、あの娘がよい。オランは去年の収穫が少なかった。その代わりだ」


 リエルを無視して、村長たちは下種な策を練り上げていく。


 ダークエルフという種族は人間からも魔族からも疎まれている。

 それでも人間たちと交易がないわけではない。一億Gという大金があれば村全体を富ませることができるだろう。


 だが、彼らの熱意は単に一億Gに目がくらんでいるというだけでは説明できない。


 村長たちはこの機会に村全体の悪意を発散しようとしている。ラグナを人間の代表と見立ててできる限りの辱めを与えようと考えていた。

 虐げられてきたのだから、その分ほかの誰かを虐げてもいい。彼らの行動の根底にはそんなありふれた理屈があった。


 リエルはその昔ながらの理屈がどうしても好きになれなかった。加えて言えば、ダークエルフ全体が持つ「恨み」の意識をリエルは嫌悪している。


 虐げられてきたからそうなってしまったのか、あるいはそんなことだから虐げられてきたのか、はリエルにはわからない。

 けれど、母は違った。誰に対しても優しく、気高い女性だった。であれば、皆もそうあることができるはずだ、とリエルは考えていた。


 それに、ラグナがそれほどの賞金を懸けられるような罪人だとはリエルには思えなかった。


 彼はこの村を守ってくれた。悪い人間がそんなことをするはずがない。今朝には姿を消していたから何か追われる理由はあったのかもしれないが、悪人とは思えない。

 

 リエルはラグナの戦いを見ていた。手助けすることもできず遠くで震えていただけだが、だからこそ、死にかけた彼を助けるようとした。たとえ無駄になるとしてもそうすべきだと思ったのだ。


「そうだ。男の方がよいかもしれん。やつに尻でも差し出せば……」


「……あ、あの」


 耐えられなくなってリエルは声を上げた。けれど、久しぶりに言葉を発したせいで声がかすれてしまった。


「なんだ? なにかあるのか?」

 

 消え入るような大きさだったが、拾い上げられてしまう。それだけで村長の機嫌は見るからに悪くなった。

 

 リエルの足がすくむ。また殴られる気がして涙があふれてくる。それでも、母の思い出が彼女の背中を押した。

 ここで退くことは母の気高さに背く行為だ。そう考えるとなけなしの勇気が心を満たした。

 

「わ、わたしは、は、反対です。あ、あの人はこの村の、恩人です」


 冷たい瞳に向かい合い、リエルは胸を張る。誰が何と言おうが、これが正しいのだと足を踏ん張った。


「貴様……!」


 村長はリエルが何を言ったか最初はわからなかったようだが、すぐに拳を握った。

 瞳には怒りを通り越して、殺意の炎が灯っている。


 今度こそ殺されるかもしれない。リエルは覚悟を決めた。

 自分は正しいことをした。母に恥じぬ死に方ができるならリエルはそれでよかった。


 思わず目をつむる。覚悟していても暴力を直視することは恐ろしかった。


 だが、いつまで経っても衝撃も痛みも来ない。代わりに、リエルは背中に安心を覚えるような大きなものを感じた。


 恐る恐る目を開く。目の前には泡を吹いて倒れている村長、上を見上げると仏頂面があった。フードをかぶっていてもリエルにはわかった。


 ラグナだ。どこかから現れた彼はリエルを殴ろうとした村長を、逆に殴り倒したのだ。


 遅れて、周囲の村人が悲鳴を上げる。何人かは武器を手にしていた。


「き、貴様! よくも村長を!」


「事情は知らん。だが、この娘はオレの恩人だ」


 村人たちに囲まれながらもラグナは決然と言い放った。

 さりげなくリエルを懐に入れ、左手の盾で彼女の全身を隠した。

 リエルも自然とラグナに身を預けていた。


 ラグナがリエルを助けることができたのは全くの偶然だ。 

 魔軍の痕跡を追い、情報を集めようとしていたところ、この村にたどり着いた。

 村の内部でどうにか聞き込みをしようと考えていたところで、この騒ぎに気づき、リエルを見つけたのだ。


「混ざりものめ! 最初からそいつと組んでいたんだな!」


「くそ! くそ! ここで殺してやる!」


 弓の弦が引き絞られ、殺意が高まっていく。


 この村に戦闘職は少ないが、それでもダークエルフという種族は低レベルでも高いステータスを持つ。平均レベルが20程度でも正面から数で攻められればラグナも苦戦は避けられない。


 だが、ラグナは恐れない。リエルに傷一つ着けずに、この村を脱出するつもりだ。


 まずは、すばやく間合いを詰めて数人を痛めつける。派手に骨でも叩きおれば、それで戦意をくじくことができる。あとは、統率の取れていない者たちを蹴散らして脱出口を開くだけでいい。

 そんな自由な戦いが今のラグナには可能だった。

 

「ま、待って」


 踏み込もうとしたラグナをリエルが止めた。


「……どうした?」


「あの人たちを、傷つけないで。お、お願いします」


「……わかった」


 リエルの懇願に、ラグナは一も二もなく頷いた。

 すぐさま頭の中でけがを負わせない突破方法を導き出す。強行突破に比べるとはるかに難しいが、ラグナに迷いはなかった。


 リエルの願いはある意味ではただの無謀だ。自分勝手ともいえるだろう。

 彼女が誰も傷つけたくないと思っても敵は容赦なく攻めてくる。

 ましてや、戦うのはリエルではなくラグナだ。戦術的に見れば、ただラグナの負担を増やすだけの悪手に過ぎない。


 だが、ラグナはそれを甘さと切り捨てなかった。リエルのやさしさを理屈だけで割り切りたくなかったのだ。

 親友ロンドならばそうするという確信もあったが、何よりラグナ自身がそう望んでいた。


 であれば、ただ成し遂げるのみだ。

 覚悟を決めて、ラグナは踏み出す。全身に戦意がみなぎっていた。


「きゃあああああああ!!」


 その時、絹を裂くような悲鳴が村の反対側で上がった。

 続けて聞こえてくるのは戦いの音。無数の気配に、ラグナの背筋が泡立った。


 魔軍だ。姿を消していた彼らが今この村に攻め寄せていた。

 

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