第六十三話 蠢くものたち
鉄の空を離脱した用心棒たちはすぐさま迷宮の中層部まで撤退した。
魔物たちが彼らを襲うことはなかった。鉄の空というより魅力的な餌が側にあったからだ。結果論ではあるが、彼らが逃走に際して外壁を破壊したのは最善手といえた。
中層部まで退いた彼らはそのまま大迷宮から退去するのではなくその場を制圧し、中継地点を設置した。魔物の多くが鉄の空に向かっている状況ならば階層の制圧も容易だった。
彼らは賞金目当てで集められた傭兵だが、同時に裏社会で生き延びてきた手練れだ。むやみやたらと攻撃を仕掛けて戦力をすり減らすよう真似はしない。
現状の戦力で鉄の空を攻略できないと判断した彼らは援軍を要請した。イレーナの使役する魔物には迷宮から自力で脱出することができるものもいる。その魔物を使って地上に伝言を届けたのだ。
援軍が到着したのは、撤退から四日目の事だった。もとより地上ではウェインズの手により第二陣が編成されており、それが生きた形だ。
もっとも、その援軍というのはたった一人。だが、たった一人で十分と言えた。
「――しけた面をしてんな、ええ、おまえら」
たった一人の援軍にして星の冒険者、アーネスト・クーガーは開口一番そういった。
硝煙の香る銃口で額を撫でる。涼しげな顔をした彼の背後には、撃ち殺された魔物で屍の道ができていた。
魔物の中にはレベル100に迫るような強力な個体も混じっているが、アーネストは一度しか引き金を引いていない。『穿絶』の名にふさわしい絶技と言えた。
「……お久しぶりですわ。ミスター・クーガー」
「おいおい、イレーナちゃん。久しぶりはないだろ? 君の舞台は毎回見に行ってんだぜ?」
「相変わらず嘘がお上手ですこと。ですが、まさかあなたがいらっしゃるとは……表の仕事はよろしいのですか?」
「古巣の危機となればよろこんで表の仕事なんて放りだすさ。それに、今回に限ってはギルドからも承認済みでね、一挙両得ってやつだ」
アーネストは銃をしまうと、遠慮なくイレーナの肢体を視線で舐めまわす。そんな彼のわざとらしい下品さをイレーナは嫌っていた。
「しかし、あの双角兄弟が情けねえじゃねえか。お前らが揃っててまとめてやられちまうなんてよ。オレぁ、聞いた時は思わず笑い転げたぜ」
挑発に反応した弟を兄が抑える。傷を負った今の彼らではアーネストを相手にして一矢報いることさえ難しかった。
「まあ、仕方ねえっちゃねえか。今回に限って言えば、相手が悪いしな」
「……油断しただけだ。次あればオレたちは必ずあの女、傷の女に勝つ」
「あ? 傷の女?」
カルトルの負け惜しみに、アーネストは眉を上げる。少し考えるようなそぶりを見せると、にんまりと笑ってみせた。
「そうかそうか。お前らを倒したのはやつじゃないのか、こいつは意外だ」
「やつ? 傷の女のことじゃないのか? あんたもあの女を捕らえに来たんだろ?」
「オレの獲物はもっと大物だ。お前たちのしりぬぐいはおまけみたいなもんだな」
アーネストの真意が読めず、兄弟は顔を見合わせた。彼らにとっての獲物とは競りの会場を襲った傷の女であり、それ以上の敵など想定もしていなかった。
「ま、なんにせよ、まずは腹ごしらえと酒だ。後輩諸君、準備は任せたぜ」
それだけ言うと、アーネストは椅子に腰かけて寝息を立て始める。一見無防備に見えるが、少しでも敵意を剥ければ次の瞬間には額に穴が開くことを用心棒たちは知っていた。
本人の言葉通り、アーネストはかつて冒険者でありながらゴドンの街で用心棒をしていた。
魔銃のアーネスト、あるいは鏖殺のアーネストの名は裏社会においては伝説となっている。雇い主の敵を一人残らず撃ち抜き、両手を血だまりに着けることで彼は今日の地位を築いたのだ。
そのため、彼は今でもゴドンの顔役たちとは強い繋がりを持っている。当然、街を揺るがす大事件の情報も真っ先に彼のもとに届けられた。
ゴドンの街競りを襲撃した傷の女とその逃亡劇。一連の事件から彼が注目したのは、傷の女と戦った者が極東の女を連れていたという点だ。
同じ星の冒険者である彼はユウナギのことを知っている。であれば、謎の奴隷商人アイデイオンの正体を推理することなど簡単だった。
ラグナ・ガーデンはこの大迷宮にいる。それも傷の女と共に。
用心棒たちの報告によれば、大罪人とユウナギは敵拠点に残っている。大罪人と傷の女、両者の関係は不明だが、少なくとも敵対関係にはないはずだ、とアーネストはにらんでいる。
でなければ、降伏など受け入れられるはずがない。例えラグナの正体を知らなかったとしても、元奴隷が奴隷商人を生かしておく理由などないからだ。
つまり、真正面から戦えば、聖剣使いと元星の冒険者、そして、双角兄弟を倒すほどの使い手を相手取ることになる。いくらアーネストが強くとも、それだけの戦力を相手にすれば苦戦は免れない。
それが分かっていて、真正直に戦うアーネストではない。すでに鉄の空を攻略するための作戦を動かしている。
唯一の問題は、その作戦が不確定要素に基づいていること。仮に想定通りにラグナを捕縛することができても、その後に無事に脱出できるかはアーネストにも分からない。
それでこそだ、とアーネストは嗤う。最初から勝つと決まっている戦いほどつまらないものはない。
焼き付くような焦燥感と背筋に走る死の実感。一流の博打打ちが勝負そのものを愛するように、アーネストは戦いそのものとそこに付随する生の実感を愛している。
地獄のような戦場と敗北《死》と隣り合わせの緊張感だけが彼を満たすものだった。
◇
上層部にてアーネストが策謀を巡らすのと同じように、下層部でも蠢くものがあった。
ラグナと虫食いの接触により生まれた小さな空間の孔。最初はただの極小の点に過ぎなかったそれは周囲の空間を侵食し、世界の理に新たな虫食いを発生させつつあった。
すなわち、何の因果もなき門の接続。虫食い同士の接触が二重の否定を生み、ありえざる現象を引き起こしたのだ。
門の先に広がるのは、荒廃し太陽の差さぬ魔界の風景。その荒野を通じて、軍勢は姿を現した。
青い鱗を象徴とし、ハイリザードマンのみで構成されたその軍勢こそは魔界の七軍団が一つ、青鱗兵団だ。
一度はラグナにより撃退され、苦渋を飲まされた彼らは復讐の機会を待ち望んでいたのだ。
しかも、此度は前回のような様子見ではない。
軍団長自ら空間を引き裂き、その手で門を広げている。レベル100を超え、魔王自身により加護を与えられた彼ならばそんな荒業さえ可能だった。
無論、この大迷宮に門が開いたことは全くの偶然だ。だが、魔王は魔界においては全知全能とされる。それだけの力があれば、地上のどこから門が開かれ、魔界のどこに繋がるのか予見することなど容易い。
魔王が青鱗兵団に与えた命令は二つ。
一つは聖剣の担い手を捕らえること。これは前回与えられた命令と同一であり、一度はしくじった青鱗兵団にとっては汚名挽回の絶好の機会でもあった。
もう一つはこの広大かつ遠大な大迷宮の占領だ。
地上への侵攻に当たってこの大迷宮は格好の橋頭保となる。守りに易く、攻めるに難い。その上、いくつかの出口が大陸の各所に通じている。砦として考えればこれ以上の拠点は存在しないだろう。
だが、魔王軍が大迷宮を欲しがる最大の理由はそこにはない。
大迷宮という存在そのもの。そこに秘められた意味と機能を彼らを求めている。
そのために、彼らが最初に為すべきことは敵の排除。大迷宮の制御区画、鉄の空と呼ばれる場所を目指して彼らは進軍を開始した。
ゴドンの用心棒たち、青鱗兵団、そして、鉄の空。ダイダロス大迷宮において大陸の命運をかけた三つ巴の戦が始まろうとしていた。




