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第五十九話 瞳の中に

 ベルナデットはその時初めてラグナの瞳を見た。

 くすんだ蒼い瞳。視線はあくまで真っ直ぐで、力強い。それでいてその奥には微かな迷いがある。

 決して一色ではない。事前に聞いていた噂や印象とはまるで違っていた。


 信用できる、というべきか、あるいは自分を見ているようなと言うべきか。どちらにせよ、ベルナデットは一眼でラグナ・ガーデンという人物に好感を抱いていた。


 一方で、ラグナもまた初めてベルナデットの顔をはっきりと見た。

 端正な顔に刻まれた無数の傷。戦いで刻まれたものもあれば、虐待でついたものもあるだろう。その一つ一つに想いを馳せるたびにラグナは心中に痛みを覚えた。

 そんな相手を自分は痛めつけたのだと思うと、罪悪感が湧き上がった。


 同時に、ラグナはベルナデットと自分が明確に違うことを意識した。

 彼女の中には自分が抱えているような暗いものはない。明確な意志と揺るがない覚悟の女性だとラグナは認識した。


「ーーチィッ」


 二人の見つめ合いに辟易して、ユウナギか舌打ちをした。腰に刀があれば鯉口を切っていただろう。


「……もう少し殊勝にできない? 一応、あなたは捕虜なんだけど」


「断る。あくまで仲間が起きるまで捕まってやってるだけだと言ったはずだ」


 不機嫌さを隠す気のないユウナギに、ベルナデットも応戦する。ラグナのことを抜きにしても、二人の相性が悪いことはこの三日間で嫌というほど証明されていた。


「ま、まあ、ユウナギさんも、ベルナテッド、こうしてラグナさんも起きたわけだし、喧嘩はやめましょう、ね?」


 盆を抱えたままのリエルが急いで中立ちにはいる。リエルらしい行動ではあるが、ラグナの目から見てどこか浮かれているように見えた。


「……なんにせよ、宿を貸してくれたことには礼を言う」


 埒があかないとみて、ラグナが言った。

 ユウナギはともかくとしても、意識を失って自分を始末するのは簡単だったはず。ラグナの性格上、情けを掛けられた以上は恩だと感じていた。


「ここは行き場のない人のための場所だから。怪我人を始末したりなんかはしない」


「……そうか」


 ベルナデットの返答に、ラグナは頷く。

 言葉だけならばどうとでも取り繕うことはできるが、彼女は本気で言っている。少なくともラグナの目にはそう見えていた。


 補足するようにリエルもうなずいてみせる。「傷一つ着けられてません」と身振りで示した。


「……どうだか」


 怪しんでいるのはユウナギだけだ。

 個人的な感情だけが理由ではない。何ものにも頼らずに生きていくには人並み以上に用心深くある必要があった。


「……まあ、そこの人は放っておくとして。ご飯を食べて動けるなら、少し付き合ってもらえる? ここのことも説明したいし」


「……わかった」


 ラグナはリエルから盆を受け取る。スープとパンだけ、それもスープはかなり薄い。それだけでこの場所の食糧事情にはおおよそ察しがついた。


「……毒見しましょうか?」


「いや、いい」


 ユウナギの提案を受け流して、ラグナはパンをかじる。味のないパンを無理やりスープで流し込んだ。


 体を起こしても痛みはない。症状としては聖剣を使用した時に似ていたが、身体的な損傷は少ないようだった。


 これならば戦闘になっても支障はない。


「……おまえはどうする?」


「私は……少し寝ます。疲れたので」


 ユウナギは言外に有事に備えてここに待機すると告げる。実際、何かの罠があった場合に備えるなら彼女がここに残ることには意味がある。


「……武器は返してもらえないのか?」


「今は駄目。あとで判断して、大丈夫そうなら返すから」


 いつもの癖で聖剣を背負うとして、ラグナが尋ねた。片時でも手放すのには抵抗があったが、鞘から抜けなければ所詮は鉄の棒に過ぎない。問題ない、と自分に言い聞かせた。


「兜もダメか?」


「……ここでは必要ないわ」


 それだけ言うと、ベルナデットは背を向けて歩き出す。ラグナは渋々、その後ろついていった。空の皿をもってリエルも続いた。


「あれは……」


 空き家を出てすぐに、ラグナは頭上のそれに目を奪われた。

 天蓋の中心に輝く巨大な光の球。太陽の代わりに街を照らすそれはラグナの知るどんな魔法にも似ていない。


 おそらくこの場所に由来するものだ、とラグナは結論づける。山の王の鍛冶場にも理解を超えた技術の結晶があった。ドワーフたちの山の国にも似たような機械があると聞くし、おそらくはその類のものであろうと。


「こっちよ」


 ベルナデットに呼ばれて、ラグナは大通りを進んだ。すれ違う人々は皆、ベルナデットに挨拶をして、それからラグナを見て足を止めた。


 兜をつけずに人前にでるのは久しぶりのことで、ラグナはその視線にひどく困惑した。

 敵意でも恐怖でもない、まるで哀れまれているような、そんな感覚。そこまで考えたところで、ラグナは人々が自分を同類として見ているのだと気づいた。自分たちと同じ世界から疎外されたものなのだ、と。


「あ、姐さん!」


 炊事場らしき場所を通りがかったところで、小さな光の球が話しかけてくる。


「お疲れ様、ジル。壁の修復はどう?」


「もうほとんど終わったよ。あとでゴートが話があるーーってお前!」


「……妖精か?」


 目の前で明滅する光の球をまじまじと見て、ラグナが言った。


 勇者の仲間として旅したことで様々な種族と出会ってきたラグナだが、妖精を見るのは初めてのことだった。


 それほどまでに妖精という種族は希少だ。数百年前にはどの森にも妖精が舞い、草花を祝福していたが、百年前を境にすっかりその数を減らしていた。

 原因は人間の数が増えたことにあると言われているが、その真偽については定かではなかった。


「姐さん! リエル! あたしの後ろに! こいつ、何を企んでーー」


「いいのジル。この人を出したのは私だから」


「で、でも!」


 今にも飛びかかりそうなジルを、ベルナデットが宥める。リエルもそこに加わった。


「ラグナさんは悪い人じゃないんです! 二人と戦ったのもわたしのためでーー」


「ぐ、ぐぬぬぬぬ!」


 はっきりにらまれて、ラグナはどこで恨みを買ったのか思い出す。

 転移の直前、ラグナは閃光と轟音を放つ雷球を使った。その時、視界の端で落下する小さな人を見た。それがこの妖精、ジルなのだと得心した。


「お前! 姐さんとリエルになんかしたら踏み潰してやるからな!」


「あ、ああ、もちろんだ」


 あまりの剣幕に思わずうなずいてしまうラグナ。それでも心底恨めしそうな視線をひしひしと感じていた。


「リエルもここで待ってて。食事の用意お願いね?」


「は、はい、それはいいですけど、わたしが一緒の方が……」


「大丈夫。二人きりにしてほしいの」


 ベルナテッドに言われて、リエルは渋々引き下がる。ベルナテッドのことも、ラグナのことも二人とも同じように信じてはいるが、二人きりにしても問題ないかどうかは全くの別問題だ。


 ラグナとベルナテッドはそのまま二人で街の中心へと進んだ。

 鉄の空がどのような場所なのか、それを理解すればするほどラグナの表情には険しさが増していく。何か一つ掛け違えていれば自分がこの場所を破壊しかねなかったかと思うとそれだけで背筋が寒くなった。


「一つ、聞いてもいいかしら?」


「……なんだ?」


「ここをどう思う?」


 歩みを止めず、振り返りもせずにベルナテッドは尋ねた。

 ラグナは答えた。


「……わからない」


 偽りのない返答だった。


 ここが奴隷の、それも捨てられた奴隷の街であることはすぐに分かった。

 誰からも見捨てられた彼らはここに集い、自分たちで助け合って生きている。誰の救いに縋ることもなく。


 ラグナは途端に己が恥ずかしくなった。

 勇者の代わりだと自負して、正しいことをしてきたつもりで、もっと大事なことから目を背けてきたのではないか、そんな自責の念がラグナの内には生まれていた。


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