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第五十七話 例え四肢が砕けるとも

 ベルナデットにとって戦いとは忌まわしきものであり、痛みを伴うものだった。

 だからこそ、彼女は戦うことを選んだ。自分ではない誰かのために。


 血まみれの拳を盾へと叩きつける。折れた爪先で守りの隙間を狙う。手も足も、指先も傷ついていない場所などない。

 攻撃するたびに身体が壊れ、体力(HP)が減少していく。才能パッシブスキルのおかげで少しずつ回復こそしているものの、まったく追いついていない。


 二角兄弟との戦いの影響もあるが、それ以上に目の前の騎士が原因だ。


「――ぐっ!?」


 殴りつけた右拳を盾で弾かれる。次の瞬間には、返しの蹴りで左ひざを壊されていた。

 体勢を崩されながらも、逆の足で顎を狙う。それも防がれて、脚を掴まれ、床に叩きつけられた。


 血反吐を吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。燃えるような痛みがなければ意識を失っていただろう。


 目の前の敵、ラグナの攻撃はあまりにも的確だ。

 一撃ごとに確実に彼女を壊し、戦力を奪うための攻撃だ。先ほどの二人に比べて数値上の攻撃力の高さのような派手な要素こそないが、肉を解体するような手際の良さのほうがはるかに恐ろしい。

 動きも完ぺきなまでに読まれている。そもそも傷と疲労で鈍っているといっても、たった一度の交戦でここまで手の内を見透かされるとは思ってもみなかった。


 その一方で、この敵は手心を加えている。痛みを与え、戦力を低下させこそすれ絶対にとどめを刺そうとはしない。先ほどにしてもそうだ、倒れた瞬間に追撃をしていればその時点で勝敗はついていた。


 これでは真意を確かめるどころではない。他の賞金稼ぎやごろつきとは違うが、そこまでしかわからない。

 ここは隙をついて逃げるしかない。そう判断で来ていても、肝心の隙がこの敵にはなかった。


「……降参しろ。命までは取らん」


「妙なことを……いいますね……」


 ベルナデットは兜越しに相手の瞳を覗こうとする。しかし、兜の効果に阻まれその心中いろを知ることはかなわなかった。


 分からない以上はリエルを返すことも、敵として排除することも難しい。目の前の男、ラグナはベルナデットにとっては初めての迷いと言えた。


「降参するのも、死ぬのも、私には同じです。貴方ならわかるのでは?」


「……だろうな」


 一方、ラグナは目の前の敵のことをより正確に理解しつつあった。


 戦い方や在り方は確かに似ている。虫食いのような感覚も消えてはいない。

 だが、()()。前提となるものが異なっているのだ。


 ラグナは低い能力値ステータスを虫食いで補っている。だからこそ、ユウナギやネルガルという強者を打ち負かすことができたのだ。


 その虫食いをこの敵は使っていない。確かに何度致命傷を受けても立ち上がり戦う様は似ているが、その背景にあるからくりは全くの別物だ。


 単純であるからこそ、見落としがちな答えだ。

 傷の女、ベルナデットは膨大な体力(HP)を有している。その脅威的な生命力であらゆる攻撃を受け止めているのだ。


 実数値にして約10万。地上で最大の体力を持つ「千年亀マウンテンタートル」でさえ、その十分の一でしかない。


 ユウナギと同じく、稀にこの世界に生まれる規格外の天才。英雄の資質ともいえるものをこの敵は持ち合わせている。

 その資質ゆえに、常人ならば幾度死んでいるかわからないほどの傷を受けても彼女は立ち上がることができる。


 感嘆すべき才能だが、真に賞賛すべきはそこではない。

 驚異的な体力があっても傷を負わないわけではない。痛みや苦しさが消えるわけではない。

 それでも、彼女は膝を屈さない。動機がなんだとしても、その精神力こそが要なのだとラグナは理解した。


 その反面、動きは読みやすい。魔物との戦闘はある程度の経験があるのだろうが、おそらく対人戦の経験は皆無と言っていいはずだ。

 そして、なによりも、この女は戦いに向いていない。人を傷つけるための素質が致命的なまでに欠如している。

 それでも、戦う。その覚悟の程は誰よりもラグナには理解できた。


 握る盾は酷く重たいが、戦い続けてきた肉体はよどみなく動く。


 鋭い正拳突きをラグナは紙一重でかわす。


「――がっ!?」


 伸びきった右腕を掴み、投げを放つ。地面にしたたかに叩きつけられ、ベルナテッドの肺から空気が漏れた。


 彼女のHPはまだ尽きていない。だが、肉体は限界を迎えつつある。そういった相手を壊す戦い方はラグナにとっては慣れたものだった。


「……終わりだ」


 もう十分だ、とラグナは判断する。


 すでに退路はユウナギとイレーナが抑えているし、すぐにでも援軍にくるだろう。

 痛みも傷も十分すぎるほどに与えた。もうこの女は戦えない。

 ラグナはそんなことを自分に言い聞かせていた。


 リエルを拐った敵。理屈ではそう認識できても、心の底ではそう思えない。

 今までは目の前の存在を明確に敵だと認識できていた。ユウナギとの決闘の時でさえ、相手を超えるべき敵と思うことができた。


 それが、この女に関してはどうしてもそう思いきれない。的確に動く身体とは正反対に、心はどうしても言うことを聞かなかった。


 状況は予断を許さない。それでも迷いを口にしようとしたラグナにーー、


「姐さん!!」


 横合いから巨大な拳が振り抜かれる。一度は遅れをとったそれをラグナは正面から受け止めた。


「ーーぐっ!?」


 大楯を展開し、全力で踏ん張る。姿勢を落とすと拳を上方に弾いてみせた。


 その次の瞬間には、巨大なつま先がラグナに迫る。大きく間合いを取ることでどうにかかわした。ただの蹴りだがこの大きさでは当たれば致命傷だ。


 さらに着地したラグナの頭上に巨大な拳が落ちてくる。床が砕けて破片がまった。


 やはり、ありえない。広間とはいえ、ここは室内だ。巨人が大暴れするほどの空間などない。

 だというのに、迫り来る攻撃は全て巨人のそれだ。普通ならばその不可解さに足を止めてしまいかねないが、ラグナは虫食いだ。もはや、そんな常識ルールには縛られていない。


 攻撃を回避しながら、ラグナは懐から魔道具アイテムを取り出す。薙ぎ払いを跳躍でかわした瞬間、それを放り投げた。


 雷玉と呼ばれるそれは、発動と同時に眩い閃光と轟音を撒き散らす。


 光と音。その二つに怯んだのか、巨人の攻撃が止む。

 ラグナは視界の端に小さな影が落下するのを捉えた。


 推測が当たった。

 競りの場でも不可解な場所から不可解な攻撃が飛んできていた。つまり、攻撃してきている相手は見えないだけで実態はあるということ。こちらを見て攻撃しているのならば、視界を奪う閃光は有効だ。


「ジル!!」


 ベルナデットが叫んだ。ジルと呼ばれた要請は地面に落ちたまま動かない。それが彼女の中の炎に火をつけた。


「よくも!!」


 理屈も理性もない感情任せの一撃。本来ならば隙以外の何物も生み出さないはずの拳がラグナを吹き飛ばした。


 大盾の表面は大きく凹んでいる。これまでの打撃の比ではない。システムの外にあるなにかがベルナデットの一撃を後押ししていた。


「ジル! 起きて!」


 ベルナデットはすぐさま駆け寄り、妖精の身体を手に取る。()()()しているときはともかく妖精状態のジルは酷く脆い。普通の人間なら強烈な閃光でダメージを負うことはないが、ジルには致命傷にもなりかねなかった。


「――ここまでね」


 体勢を立て直し反撃に移ろうとするラグナ。そんなラグナをしり目にベルナデットは懐からその欠片を取り出した。


 黒い空間に空いた孔のような魔道具。その正体をラグナは直感した。


 あれこそは虫食いだ。自分の持つ力が何らかの因果で物質化したものなのだ、と。

 同時にラグナは確信する。あれを使わせてはならない。


「――っ!!」


 全速力で地面を蹴る。無意識のうちに右手が背中の聖剣にかかった。

 虫食いの発動までは一瞬の隙がある。振り下ろされた聖剣はその間隙を断たんとして――、


「ラグナさん!!」


 響いた声にラグナの意識が一瞬遅れる。その一瞬だけで虫食いが発動するには十分だった。


 だが、何かが狂った。ベルナデット、ジル、リエルだけを対象に発動するはずだった虫食い(バグ)はこの広間にいたすべての人間を巻き添えにした。


 そうして、次の瞬間、広間には誰もいなくなる。残されたのは不気味に口を開いた()()()()だけだった。


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