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第五十六話 兄弟

 カルトルとアリオンはかつて一つだった。ゴドンの街ではそんな噂がまことしやかに囁かれている。

 瓜二つの外見と心が通じているようにさえ思える二人の連携がそんな噂を生んだ。


 その噂を当の本人たちは否定も肯定もしない。そこに僅かばかりの真実があるからだ。

 

 かつて、カルトルとアリオンは確かに一つだった。だが、人々の噂するようにもともとは一つの身体から分かたれたとか、魔法の実験による偉業の存在だとか、そういったことではない。


 一つだったのは心だ。幼少の頃の二人は互いの感じるものを共有することできた。兄が傷を追えば弟も痛みを感じ、弟が腹を空かせれば兄もひもじい思いをした。

 年を経るごとに感覚は薄くなっていったが、兄弟の絆は変わらない。


 その絆を武器に兄弟は数多の戦いを生き残った。クザンの戦奴として始まり、戦の度に手柄を立てて成り上がってきた。

 

 戦いにおいて信じられるのはお互いのみ。そして、二人が揃っていれば打ち破れない相手はいない。これまではそうだった。


「オオオオオオオオ!!」


 攻撃力を倍増する咆哮と共に、兄であるカルトルは金棒を振り下ろす。

 轟音。床が砕けて、無数の瓦礫が宙を舞った。


 手応えはない。獲物を数度即死させても飽き足らぬ一攻撃力のはずが、金棒の下の敵は健在だ。


「はっ!」


 鋭い蹴りに金棒がはね上げられた。 

 カルトルの無防備な腹に掌底打ちが放たれる。


「兄者!」


 直撃の瞬間、離れていたはずの弟、アリオンが兄の側に現れる。女の打撃を弟の金棒が受け止めた。

 同時に、兄が仕掛ける。金棒が空を裂き、女を捉えた。


 『二身一体』。兄弟間であれば距離も時間も越えて、連携系の戦技を発動し、その効果を倍増とするいう固有戦技だ。

 固有戦技は固有装備と同じくこの世界で唯一のものだ。逆説的に言えば、余人には決してまねできない領域まで研鑽を積まなければ固有戦技とは認められない。


 その固有戦技をもってしても獲物は、『傷の女』は仕留められない。全身を砕くはずの金棒は彼女の腕にがっちりと受け止められていた。


「この、化け物が!!」


 半ば悲鳴めいた罵倒と共に、金棒を振りぬく。幾度となく恐れと共に向けられてきた言葉を今度は彼らが発する番だった。

 

 傷の女は吹き飛ばされながらも、壁に激突する直前で受け身を取る。相応のダメージは負っているはずなのに、そんな素振りさえ見せていない。

 

 兄弟の間に戦慄が走る。山のような体躯を誇る大巨人でさえここまで頑丈ではなかった。


「――増えたか」


 構えを崩さぬまま、女は息を吐く。現われたラグナ達の気配を察しながらも女はなおも戦うつもりだった。

 

 順当にいけば、五対一。しかも相手は雑兵ではなく百戦錬磨の強者たちだ。それを向こうに回して勝てると思うほど傷の女はうぬぼれてはいない。


 それでも、彼女は退かない。背中に守るものがある限り、傷の女は決して引き下がらない。


 だが、攻めてくるのは兄弟だけで、ほかの三人は動かない。全員で攻めかかれば確実に勝てるという状況で、ラグナ達は動かなった。


「――まあ、野蛮。やはり、殴り合いなんてものは他人にさせるにかぎりますわ」


 イレーナが言った。召喚した「冥王の樹」に腰かけながら、優雅にくつろいでいた。


 兄弟と傷の女の戦いを傍観する、というのは彼女が言い出したことだ。

 共同して仕留めるのでもなければ、兄弟と競い合うわけでもない。勝敗が付くか、あるいは両者が疲弊した段階で()()()()()()()()、というのが彼女の真意だ。


 ラグナはその意見に賛同した。

 ほかの探索者たちとラグナでは傷の女を追う目的が違う。リエルを見つけるためには傷の女を生きたまま捕らえる必要がある。


 となれば、介入するのは今ではない。女が戦闘不能になるか、あるいは兄弟が倒れる直前に動くべきだ。


 道理ではある。それはわかっているが、ラグナにしてみれば忸怩じくじたる思いだった。勇者の代わりを務めるのなら、こんな卑怯な真似はすべきではない。


「……ふん」


 不本意という意味では、ユウナギもまた同じ思いだった。

 

 戦わずに傍観していることもそうだが、この状況そのものも気に食わない。

 ラグナの隣に自分以外の誰かが立っていることも我慢ならないし、傷の女も無性に腹立たしい。できることなら、今すぐ全員の首を刎ねてしまいたいほどだ。


 そんな三者の思惑を置き去りに、傷の女と双角兄弟の戦いは激しさを増していく。


 二つの金棒が地面を削り、嵐を巻き起こす。千人の軍隊さえもすり潰す猛撃がただ一人に向けられていた。

 兄弟の脳裏にあるのは敵を倒すという衝動のみだ。二人の金棒を受けてなおも立ち上がるものなどこの世界に存在してはならない、そんな信念めいた狂気を守るために彼らは戦っていた。


 そんな狂気に、傷の女は正面から向かい合う。絶え間なく迫る金棒を紙一重でかわし、そらし、()()()()()()()()。細かな傷は無視して、致命傷だけを防ぎながら女は一歩ずつ間合いを詰めていく。


 その戦いぶりにラグナは一瞬、我を忘れた。そこにラグナは今の己自身と青鱗兵団と戦った時の己を見ていた。

 否定しようがないほどに、似ている。戦い方そのものそうだが、それを支えているものが致命的なまでに二人は似通っていた。

 

 ゆえに、勝敗は明らかだ。心を折らない限り、傷の女を倒すことはできない。


「――はっ!!」


 数百にも及ぶ攻防の末、ついに女は破壊の嵐を踏破する。瞬きばかりの隙に必殺の打撃が叩き込まれた。


 弟、カルトルの身体が吹き飛ばされる。迷宮の壁に叩きつけられ、動かなくなった。

 死んではいない。女がそのように手加減したからだ。だが、動けない。二重の衝撃に気を失っていた。


「――よくも!!」


 弟を傷つけられ、兄が激高する。

 勢いに任せて振り下ろされる金棒。威力こそあるものの、狙いの甘いそれを傷の女は余裕をもってかわした。


 そうして、次の瞬間、女の右足が流麗な軌跡を描く。足先がアリオンの顎を捉え、その意識を刈り取った。


 アリオンの巨体が膝から崩れ落ちる。見惚れるほどの決着だった。


 だが、傷の女とて無傷で勝利したわけではない。満身創痍、全身から血を流し、息も絶え絶えだ。

 先ほどの戦い、常人ならば幾度となく死んでいた。否、実際に彼女も死んでいた。繰り返される死を越えて、傷の女は勝利をつかんだのだ。


 全身全霊を絞りつくした彼女には、もはや戦えるだけの力は残っていない。

 そんな彼女の前にラグナは立った。かつての己のような相手の眼前に、敵として。


 なおも諦めず、女は血だらけの拳をゆっくりと構える。息を深く吐くと、まっすぐに向かい合った。

 瞳には宿る意志も揺らいではいない。あきらめるなど毛頭考えていない、それがラグナには己が事として理解できた。


「…………悪いが、倒させてもらう」


 退路はすでにユウナギとイレーナが抑えている。あとはとどめを刺すだけだ。

 だからこそ、徹底的に叩かねばならない。リエルを見つけるためには、この女の信念をへし折り、願いを踏みにじり、想いを砕かねばならないのだから。


「…………あなたが、リエルの持ち主ですか」


 ひどく困惑したような声で、女が尋ねた。


「違う。オレは、あの子の…………」


 ラグナは一瞬、答えに窮した。

 リエルが自分にとって何なのか、リエルにとって自分にとって何なのか。今まで考えまいとしてきたその答えを心の裡から引き出した。


「あの子の仲間だ。だから、返してもらう」


「……信じられませんね」


 女はその答えに驚きながらも構えを崩さない。猛獣のように姿勢を下げると、ラグナに襲い掛かった。


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