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第五十四話 パーティー

 ラグナ、ユウナギ、そして、イレーナの三人は揃って階層を降った。全員にとって本意ではなかったが、単独であるいは二人だけでの大迷宮の攻略が困難である以上、半ばしかたのないことだった。


 実際、虫食いであるラグナと大陸でも五本の指に入る戦力を持つユウナギの二人でもこの大迷宮は手強い。一階層ごとに消耗を強いられ、100層目を越える頃には明らかに階層を下る速度が落ちていた。


 回復役の不在。初心者のパーティーでさえもまず起きないような根本的な問題が、その根底にはある。なまじ大軍を絶った二人で翻弄していた分、誰かに頼るという思考がラグナとユウナギからは欠如していたのだ。

 ラグナもユウナギも回復に関する魔法や戦技を習得していない。多少の傷は回復と身体回復でどうにかなっても、体力の消耗はいかんともしがたい。このまま探索を続けても近いうちに限界が訪れることはわかり切っていた。


 その点で言えば、イレーナの救出は僥倖と言えた。

 彼女の舞には回復から強化、相手への弱体化デバフなどありとあらゆる補助効果がある。ラグナとユウナギという二人のパーティーに欠けているすべてのものをイレーナは持っていた。


 問題は、イレーナにとって二人が傷の女を巡る競争相手であるということだったが、彼女にもまた選択の余地はなかった。


 スライムもどきとの戦闘でイレーナの手持ちの戦力は著しく減少した。そのうえ、自分が弱っていることを彼女自身自覚している。少なくとも安全に心身を回復できるまで、誰かを利用するだけの柔軟さとしたたかさを彼女は持っていた。


 そうして、組まれた即席の旅の仲間(パーティー)は見事に機能した。


 防御と斥候をラグナが、攻撃と破壊をユウナギが、そして、回復と援護をイレーナが担当する。

 明確な役割わけがなされ、なおかつ各自の能力が卓越していることで隙のない戦いが可能になった。


 これにより、迷宮の踏破速度は格段に向上した。ラグナのパーティーは約二日で大迷宮を三百層まで攻略してみせたのだ。


 もっとも、その道程は容易いものではなかった。

 階層を下れば下るほど徘徊する魔物は強力になり、仕掛けられた罠は悪辣さを増していく。


 それも、通常の迷宮のように魔物のレベルが上がったり、罠が複雑になるといった単純な話ではない。


 イレーナの遭遇したスライムもどきを初めてとして、金属でできたミノタウロスに、冒険者ギルドが確認した子のない形状をした自動人形オートマタなど魔物ということさえはばかられるような敵が二百層を超えたあたりから頻繁に出現するようになった。


 罠も隠蔽の精度を増し、何よりその危険性が段違いだ。状態異常や肉体へのダメージを狙ったものではなく、作動した段階で確実に死を招く致死性の罠が至るところに仕掛けられている。罠そのものを無効化するイレーナの舞、ユウナギの突破力、そして、ラグナの虫食いとしての直感がなければ突破は不可能だった。


 そうして、地下320層。三人は大迷宮の深淵へと踏み込もうとしていた。


「……キリがないな」


 数えきれないほどの自動人形の残骸をみおろして、ラグナが言った。

 この階層だけで、倒した自動人形の数は三桁にのぼる。ここに足を踏み入れた瞬間から、息つく間もなく自動人形による攻撃が三人を襲っていた。


「ええ、でも、ミスターのおかげで、わたくしとっても楽させていただいてますわ。本当に頼もしいお方……」


 イレーナは猫撫で声をあげながら、ラグナに歩み寄る。歩き方から息の吐き方、視線の動きに至るまで何もかもが男の本能を刺激するものだった。


 色目どころの話ではない。あくまで自然に、誘われている本人でさえ自覚できるかも怪しい無意識レベルの誘惑。イレーナほどのレベルの踊り子ならばそんなことさえ片手間で可能だ。


「……大したことはしてない。それより君の回復の方が助かってる」


「まあ! 謙虚なのですね、まさしく騎士の鏡。こんな誠実な殿方にお会いしたのは、初めてですわ……」


 戸惑うラグナに、イレーナはさらに距離を詰める。懐のうちに入り込み、しなだれかかるように身体を預けようとする。


 このパーティーにおいて主導権を握っているのは、ラグナだ。そうである以上、ラグナさえ味方につけてしまえばあとはどうとでもなる、と、イレーナは考えていた。


 イレーナにとって、男を籠絡するのは息を吸うようなものだ。ましてや、ラグナはこの手の攻撃に対して耐性けいけんが少ない。手玉に取るのは容易いことのように思えたが――、


「――おい」


 殺意さえ滲むユウナギの声がイレーナを制止した。右手は刀の柄にかかり、鯉口を切る寸前だ。実際、ラグナの目がなければイレーナの首は床に転がっていただろう。


「あらあら、やきもち? 従者の癖に?」


 それだけの殺気を向けられて、イレーナはなおもラグナに身を寄せて挑発してのける。

 ユウナギも猛者だが、イレーナとて伊達に修羅場をくぐってきていない。殺されるかもしれない程度ではたじろぎもしなかった。


「言葉には気を付けろ、淫売風情が。これ以上お前の汚い色香をまき散らすなら、まずはその手から切り落とすぞ」


「怖い怖い。ミスター、狂犬が吠えていますわ。守ってくださる?」


 ラグナの身体に触れるイレーナ、とうとうユウナギは鯉口を切った。


 一触即発。熟練のパーティーもかくやという連携を見せながら、実際は薄氷の上で踊っているようなものだった。


「――そんなことよりも、ここをどうするか、だ」


 そんなことには構わず、ラグナは言い切った。

 あくまで紳士的にイレーナを押しのけると、ユウナギの隣を通って、通路の奥に目をやった。イレーナにも、ユウナギにも構っていられなかった。


 暗い通路の向こうには、まだかすかに何かの気配がある。探知サーチの魔法に反応はないが、ラグナの経験と直感はそう確信していた。


「……数が多すぎる。この階層、なにかあるぞ」


「なにか、ではわかりません」


 刃こそ収めたものの、不機嫌極まりないユウナギ。内心その怒気に怯みながらも、ラグナは考えを巡らせた。


 通常の迷宮であれば、ある一定の階層ごとに宝箱が存在する。中身は財宝や強力な魔道具アイテムだ。

 大半の冒険者はそれらの宝箱を目当てに迷宮に潜るが、宝箱の周囲には必ず大量の罠や強力な魔物が配置されている。

 それが迷宮の決まり(ルール)であり、基本ともいえるだろう。


 一方、この大迷宮では宝と言えるようなものは何一つとして見つかっていない。三百二十層にまで至りながら、ラグナ一行は価値ある品を一つたりとも発見していないのだ。


 しかし、ここに至って敵の数が格段に増えた。もし、この階層にそれだけのことをする価値があるとしたら――、


「――っ」


 内心、焦りが募る。


 迷宮に潜ってからすでに五日が経過し、リエルがさらわれてから数えればもう七日だ。

 それだけの時間が経ちながら、リエルの行方について手掛かりさえつかめていない。そんな己の不甲斐なさがラグナには我慢ならなかった。


 そんなラグナの心中がユウナギには感じられた。無自覚だった悋気りんきが鳴りを潜め、頭に過った言葉を口にした。


「……リエルはただの娘ではありません。私をも恐れぬ強い心根があります。必ずや」


「……わかってる」


 ラグナは努めて冷静にユウナギの言葉にうなずく。気を遣わせてしまったことを内心詫びながら、再び通路の向こうに意識を向けた。


 この階層に何があるにせよ、敵の数が多いことは確かだ。正面から相手をしていては厄介なことになる。できるだけ戦闘を避けて、次の階層を目指すべき。

 そうラグナが判断を下そうとしたとき――、


「――っ!」


 階層全体が大きく揺れる。通路の向こうから響いてきた轟音がその震源地だ。


 言葉を発するより先に、ラグナが走り出す。彼を先頭に、ユウナギとイレーナが続いた。

 先ほどまでの諍いなど感じさせぬ一糸乱れぬ動きは、三人が三人とも一流の戦士であることを示していた。


 通路を曲がると、大広間がある。そこでは、三つの人影が戦っていた。


 人影のうち二つは、カルトルとアリオンの双角兄弟。

 身の丈ほどある巨大な棍棒を振るい、()()を仕留めんと荒れ狂っている。


 そして、もう一つ。吹き荒れる破壊の嵐の中を優雅に舞うその姿は、間違いなく傷の女のものだった。



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