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第五十二話 大迷宮

 迷宮ダンジョンはその深度と脅威度によって『難度』が設定されている。


 冒険者ギルドのもうけた段階は五段階。最五位の『ビギナー級』に始まり、第二位の『タルタロス級』にいたるまで様々な条件によってその難度が査定されている。

 この難度分け制度が制定されて以来、冒険者ギルドの死亡者数は大きく減少し、迷宮の踏破率は大きく向上した。

 その成果として、ここ百年の間で発見済みのダンジョンはすべて踏破された。


 だが、この百年間、第一位の迷宮は認定されてすらいない。それにふさわしい深さと危険度を併せ持つ迷宮が発見されていないのだ。


 あらゆる冒険者のあこがれにして、この世界から消え失せたとされる最大最強の異界。それに与えられる位階こそが『ダイダロス級』だ。

  

 その由来となったのが、冒険者ギルドの創設者にして初代ギルド長たるジェイド・イオライアスの冒険譚。

 かつての勇者と共に為された大迷宮ダイダロスの踏破。その偉業をもって、彼は己が名を聡明なるもの(ダイダロス)と改めた。


 つまり、今、ラグナとユウナギの前には伝説中の伝説が立ちはだかっているのだ。


「まるで初陣前のようですね」


「……そんなことはない」


 からかうようなユウナギに、ラグナは仏頂面で答えた。実際、内心では興奮と焦りがないまぜになっているが、兜越しでそれに気付けるのはユウナギだけだった。


 ゴドンの中心部、カロンの大井戸の底には、知る人ぞ知る遠大な地下階段があった。

 特定の手順を踏むことでしか姿を現さないその階段の先に鎮座していたのが、今、二人の眼前にある巨大なゲートだ。


 門はやはり、東部辺境領にもあった遺跡への入り口に酷似している。


 違いがあるとすれば、こちらの門は整えられているということだろう。

 空間の裂け目の周りには門構えが作られ、柱には幾何学的な模様がびっしりと描かれている。門の上方には細長いドラゴンのような生物のレリーフが刻み込まれていた。


 裂け目からは青黒い瘴気が漏れ出ている。梟の兜なしのラグナの耐性では一呼吸するだけで、状態異常に陥りかねないほどの濃度だ。レベルが90以下のものでは呼吸することさえ難しい。


 この瘴気程度を耐えられないのならば、この迷宮に挑む資格さえない。大迷宮の冠するにたる格の高さだった。


 さすがはかの深き、悍ましきダイダロスといったところか。ラグナは愚か、ほかの用心棒たちも二の足を踏んでいた。


 この門の向こう、あらゆる冒険者が畏敬する大迷宮のどこかにリエルは連れ去られた。

 

 傷の女が大迷宮逃げ込んだというウェルズの説には確かな証拠と説得力があった。


 まず第一に、多人数での転移は長距離では不可能でも短距離ならば可能という点。大迷宮はゴドンの地下にあるが、()()()()()()()ではゴドンの街と隣接しているということになる。

 これならば、百人単位でも転移は可能だ。逃走先としては最有力と言えるだろう。


 もう一つは盗まれたアーカイブの反応が地下から発せられているという点。これに関しては、こうして門の前まで来たことでラグナの中で確信へと変わっていた。

 門の向こうから微かに感じる気配。その感触は確かにラグナの持つ虫食いと同質のもの。そして、ラグナが傷の女に感じたものとも同じだった。

 

 しかし、何より重要なのは、リエルに戦う力はないということだ。

 彼女は今危険に満ちた迷宮で敵に囲まれている。もう死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない。その可能が揺らいでる限り、すべきことはかわらない。


 一秒でも、一瞬でも早くリエルを救出する。その使命がラグナの足を進ませた。


 止める者はいない。

 経験の浅い冒険者や荒くれ者達ならば賞金目当てに我先に争っただろうが、この場にいる者たちはみな経験豊富だ。

 迷宮探索において最も危険なのは最初に踏み込む瞬間だ。門を潜れば違う場所に転移させられるだろうが、それでも誰かが先んじてくれるのならばそれに越したことはなかった。


 隣に立つのは、ユウナギただ一人。二人は迷いなく大迷宮に踏み込んだ。


 そうして、次の瞬間、二人は落下していた。


「――なにっ!?」


 入り口をくぐり転移した先は、暗い縦穴の最中。かすかな灯りのおかげで遠くに壁が見えた。


 ラグナはとっさに体勢を変えて、落下先を見やる。

 はるか先にある落下点、そこには何か大きなものが口を開けていた。

 

 その正体もレベルもわからない。だが、途方もなく危険な何かであることは感覚で分かった。


「ユウナギ!」


 ラグナが叫ぶ。

 転移先がこんな場所であるというのには驚いたが、あくまで想定の範囲内だ。


「『陽炎かげろう』!」


 ラグナの腕を掴んだまま、ユウナギが戦技スキルを発動した。

 陽炎は回避系の戦技ではあるが、そこには短距離での移動も含まれている。

 そして、この戦技は空中でも発動できる。連続して発動すれば壁にたどり着くことも可能だ。


 五回のスキル使用の後、二人は壁へとぶつかる。

 ラグナの指先がわずかな突起にかかる。二人分の体重にラグナの腕が軋んだ。


「降りられそうな場所、ないか?」


 ぶら下がったまま、下のユウナギに聞く。


 暗闇の中、ユウナギは目を凝らす。内心では祈るような心持ちだった。

 

 難度の高いダンジョンの中には、侵入した段階で()()()()()()()もある。

 転移した先が壁の中であったり、先ほどのように空中、もしくは罠のど真ん中ということも十分にありうる。


 それどころか、挽回の機会があるのならまだマシと言える。場合によっては、転移した先が何一つとして行先のない袋小路だということも十分にありうる。


 そうなれば、詰みだ。一度脱出しようにも、二人にはそのたぐいの魔法は使えない。最悪の場合、リエルを助けるどころか、ここで死を待つしかない。

 

 ここはかの大迷宮だ。そんな事態も十分考えられる。


「…………見当たりません」


 何度も見返して、歯噛みするようにユウナギが答える。

 ユウナギの視力で見える範囲には横穴やほかの場所に行けるような通路は見当たらない。


 袋小路。つまり、選択肢は二つしかない。このまま掴まっているか、あるいは、落ちて下の怪物と戦うか、だ。


「――ユウナギ」


「……私が先に落ちます。あなたは後ろから」


「ユウナギ」


「三、二、一で、手を放して――」


「まず聞け」


 ラグナが言った。焦りと不安を吹き飛ばすような力強い自信がそこにはあった。

 

 ユウナギが頷く。ラグナの籠手から伝わる冷たさが彼女に冷静さを取り戻させた。


「そこの壁、切れるか?」


「え、ええ、切ろうと思えば切れますが……」


「じゃあ、切ってみてくれ。それでだめなら、もう少し落ちてみよう」


 ラグナの提案に、ユウナギはハッとした。

 確かにこの縦穴には出口がない。だが、それは大した問題ではない。状況の厳しさで言えばアトラス山での戦いの方がはるかに困難だった。


 ()()()()()()()()()()()()。ここ半年でラグナの思考にも慣れたつもりのユウナギだったが、改めてその外れ具合に感心していた。


「――はっ!!」


 空いた右手で刀を抜き、壁を切りつける。耐久値は城壁並みだったが、ユウナギにしてみれば紙を切るのと大差なかった。


 十字に切断された壁がゆっくりと崩れる。その向こう側には通路のような空間が広がっていた。


「……オレにしては幸運だな」


 ラグナはそういって、ユウナギを通路へと投げ入れる。遅れてラグナも地面に降り立った。


「……流石ですね」


「大したことはしてない。こうなってから考えられるようになっただけだ。それにお前がいなかったら壁を破れてない。お前がいなきゃ死んでたさ」

 

 心底関心したようなユウナギに、ラグナはそう返す。思わず赤面するユウナギの姿に、兜の下で笑みをこぼした。

 

 通路の先には暗闇が広がっている。その奥底では二人の見たことのないなにかがうごめいていた。


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