第五十一話 召集
競りでの騒動の直後、商会は街全体に触れを発した。
『競りを襲撃した下手人、”傷の女”に賞金を掛ける。生け捕りならば金貨一万枚、死体ならば七千枚』。その触れはあらゆる言語に翻訳され、街中の腕自慢達がこぞって動き出した。
めったに一枚岩になることはないとはいえ、ゴドンの街の総戦力は小国の軍にも匹敵する。
それだけの戦力が街中を探し回るのだ。下手人はすぐにも捕らえられるものと考えられていた。
しかし、腕利きのならず者たちが壺の中まで探し回っても下手人は愚か、消えた奴隷さえ見つからない。下手人と奴隷たちは何の痕跡も残さずに、忽然と消えていた。
ありえないことだった。
会場から消えたのは傷の女とアーカイブだけではない。競りの商品のいくつかとその場にいた奴隷のうち約半数近くが同じように消えている。それほどの人数を同時に遠くに転移させることはどんな行為の魔法を用いても不可能だ。
ましてや、ゴドンの周りには逃亡を阻止するための結界も展開されている。もし仮に転移できたとしても街からはでられないはず。こうして、百人近い人間が突如姿を消すなどということは奇跡でも起きたのでもなければありえないのだ。
事件の翌日、事態を重く見た商会は追加の対策を行った。
賞金額の倍増と商会直属の戦力の投入。ゴドンだけではなく大陸中に散らばっている商会の用心棒たちを呼び寄せたのだ。
これほどの対応は過去に類を見ない。もはや、恥も外聞もない対応だった。
だが、商会の面子は競りの襲撃を許した時点で丸つぶれだ。その報復をしなければ最悪商会はゴドンの街そのものを失うことにもなりかねない。商会はかつてないほどの必死だった。
その必死さの結果として、襲撃から三日後、酩酊館の貴賓室には商会の精鋭が集められていた。
そのそうそうたる面々の中にはラグナとユウナギの姿もあった。
「――急な呼び出しにもかかわらず、よく来てくれた! 諸君の商会への忠誠と機会を逃さない狡猾さに感謝する!」
紳士然とした優男、商会の顔役の一人であるウェインズが言った。
優し気な笑みを浮かべているが、悪徳な高利貸しとして知られているこの男こそがラグナ達を招集した張本人だ。
「諸君を招いたのは他でもない。今回の事件の解決に際して、諸君らの類まれな才能が必要だからだ」
落ち着きなく部屋中を歩き回るウェインズ。大仰に手を動かすせいでグラスの中のワインが辺りにぶちまけられていた。
「いうまでもなく、諸君の――」
「前置きはいいから、早く始めてくださる? 私次の舞台が控えておりますの」
高飛車な女の声がウェインズの歩みを止めた。
踊り子の衣装を着た翼人族の女。彼女こそは奴隷の身からゴドン最高の踊り手へと上り詰めた、イレーナ・アルルコスだ。踊り子として卓越した力量を持つ彼女は同時に優秀な賞金稼ぎでもあった。
「イレーナ、愛しのイレーナ。そういわずに私の話を聞いてくれたまえよ。われわれがあのにっくき『傷の女』のせいでどれだけの損害を追い、どれほどの怒りを抱いているのかをね! まさしく、万死に値する!!」
数滴で銀貨数今にも値する酒がさらにじゅうたんを汚す。集められた者たちのうち二人が同時に舌打ちをした。
「酒がもったいねえよ、旦那。なあ、弟者?」
「ああ、兄者。その通りだ」
双角族の双子、カルトルとアリオン。またの名を「双棍棒」。種族特有の筋骨隆々とした肉体を持つ彼らは、二人ともレベル100にも達する歴戦の賞金稼ぎだ。
「そうはいっても兄弟たち! 我らの怒りはそう簡単には収まらないのだよ! わかるかね! 商会の顔に泥を塗った愚か者どもがまだ息をしているなど……考えるだけで私は……私は…………!」
そういってしゃがみ込むと、ウェルズはそのまま黙り込んでしまう。怒りのあまり失神してしまったのだ。
「つまり、それだけ罪深いということです。商会を侮辱し、奴隷たちに無用な自由を与えるなど、かの大罪人でさえここまでの悪行は致しませんでしょう」
控えていた女、ウェルズの秘書が引き継いだ。主人とは対称的にひどく淡々とした物言いだった。
「そこで、皆さまに特別に依頼をお出ししたいのです。手段は問いません。必ずや下手人を捕らえ、盗まれたアーカイブを取り戻していただきたい」
女の発言に、居合わせた全員が何をいまさらという顔を浮かべた。もともとそれが目的でここに集ったのだ、念を押されるまでもない。
「商会は賞金を出してこそいますが、今回の一件はあくまで商会のものが解決するのが望ましい。しかも、次の顔役選挙の近い今、ほかの派閥に手柄を譲るのは望ましくない」
その反応を見たうえで、女はなおもそう続けた。彼女は命令通りにしているだけだが、その裏の意図を読ませようとしていた。
つまりは、政治だ。今回の一件はゴドンの街だけではなく、商会内部での権力闘争においても最重要の案件となっている。ほかの派閥に対して優位に立つ材料を得るために、ウェルズは自らの指揮のもと解決を試みたのだ。
「――で、わざわざ集めたんだ。何か情報があるんだろう?」
誰よりも先に、ラグナが言った。彼にしてみれば分かりきったことをこれ以上議論するくらいならば、今すぐにでもこの場をぶち壊してしまいたかった。
「さすがはウェルズ様の見込んだお方。そう、ここに皆さまをお呼びしたのは――」
「――そう! そこにいる、兜の紳士、ミスター・アイデオンは舞台上で唯一あの『傷の女』と渡り合った! その勇猛さを評価して、この場に是非にと招いたのさ! 素性を完ぺきに隠していることも気に入った! この街では信用ならないくらいがちょうどいいしね!!」
飛び起きながら、ウェルズがそう補足する。心底呆れたような表情を浮かべて秘書が下がった。
彼にしては珍しく言葉に嘘がない。舞台での戦闘を見ていたウェルズはこの応急の事態においてラグナを即戦力として勧誘したのだ。
その誘いをラグナは受けた。本来ならば商会の人間に手を貸すなど勇者の代理としてありえないが、連れ去られたリエルのことを考えれば四の五の言ってはいられなかった。
今でもリエルの現状を考えれば、怒りと焦りで我を忘れそうになる。かろうじてラグナが冷静でいられるのは、ユウナギが隣に居るからだ。もし、一人だったのならどんな蛮行に及んでいたかわからない。
「もちろん、彼の従者の力量も確認済みだ。商会生え抜きの君たち三人にも劣らぬ実力者だと私が保証しよう。でなければ、ここにいるはずもないからね」
ほかの三人が異議を唱える前に、ウェルズは自らお墨付きを与えてみせる。いかに三人が商会屈指の実力者といっても顔役の言葉にはそう簡単に逆らえない。余計な争いを未然に防ぐという点では見事な手だった。
「では、本題に入ろう。いい加減脱線していると、誰かに噛みつかれそうだしね」
ひとしきり笑うと、ウェルズはもったいぶって深呼吸をした。
「ここに諸君を招いたのは、”傷の女”の逃亡先におおむね見当がついたからだ。どうだ、すごいだろ?」
そう口にして、ウェルズは拍手を待つ役者のように両手を上げる。無論、誰も拍手はしなかった。
「ごほん。あとは私が説明いたします」
がっくりと肩を落としたウェルズに代わり、再び秘書が話し始める。
「皆さまご存じの通り、このゴドンのあるプルトン砂漠には遺跡が多く点在しています。この地方の街のいくつかはその遺跡の上に立てられたほどです。そして、このゴドンも水の再利用を含めていくつかの機能を遺跡に依存している。もちろん、これはこの地方において珍しいことではありません。ですが――」
秘書はそこで言葉を切ると、ちらりとラグナの方を見た。そうして、覚悟を決めたように息を吐くと、こう続けた。
「このゴドンの地下には、迷宮が存在するのです。傷の女はそこに潜んでいると思われます。言わずと知れた、ダイダロスの大迷宮、その片割れに」
女の言葉に、歴戦の猛者たちがざわめく。ラグナでさえ驚きに怒りさえ忘れていた。
ダイダロスの大迷宮。
初代冒険者ギルド長ダイダロスと勇者が攻略したと言われる双子の大迷宮。その片割れがこのゴドンの地下に今も存在している。ヴィジオン大陸に生きる者にとってはまさしく驚天動地の事実だった。