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第四十七話 競り

 競りの会場となるのは、酩酊館の屋上だ。

 屋上の造りは主人オーナーの趣味で、古い円形闘技場コロセウムを模してある。中央の舞台を囲むように配置された観覧席からは競りに出される()()をどのような角度からでも観察できた。


 観覧席では商品と同じかそれ以上に多種多様な人種が競りに参加している。街を拠点とする奴隷商人に、お忍びで訪れた王国の貴族、クザンの武器商人からアイデリアの貿易商、冒険者ギルドのお歴々。この大陸で権力を持つすべての者たちがここに集っているといっても過言ではないだろう。


 そんなものたちに混じってラグナは競りの舞台を見つめている。その隣ではすっかり拗ねてしまったユウナギをリエルがなだめていた。

 この競りの場において、連れられている奴隷たちを除けば、彼ら三人だけが全くの文無しだった。


『――続いての商品は、はるか東方、日輪より持ち込まれた珠玉の一品でございます』


 舞台の上では、魚人族の女が清澄な念波こえを響かせている。人間の魔導士では会場全体にくまなく届くほどの念波を発するのは難しいが、海の底まで言葉を走らせるという魚人族の力ならば容易いことだ。

 そんな彼女の首にもまた隷属の首輪がはめられていた。


 競りを仕切っているのは、ゴドンの街における最大勢力『商会』だ。街の中では基本的に自由な商売が許されているが、街の一等地はすべてこの商会が抑えていた。


『こちらの兜は名を「坂之上の大兜』と発します』


 鎧が舞台の上へと運び込まれる、その瞬間、それまでへそを曲げていたユウナギが突然舞台を覗き込んだ。

 

『かつて日輪にて武勇を誇った将軍が身に着けていた兜であり、先の戦乱の折日輪より持ち出されたものです。装備レベルは100と非常に高く、装備可能な職業ジョブの制限も厳しいですが、この鎧はただそこに存在するというだけで防護結界を発生させます。また、観賞用の美術品としても大変素晴らしく――』


 念話による解説が続く中、ユウナギの指が懐剣へと掛かる。今すぐにでも舞台に殴り込みかねない、そんな様子だった。


「どうした? あの兜がどうかしたのか?」


 落ち着かせようと、ラグナはユウナギの肩に手を置く。そこから伝わる熱に一瞬気圧されながらも、ラグナはこう続けた。

 ほかの客の目は舞台にある兜に向いている。今ならば多少目立っても問題ない。


「まずは話せ。場合によっては手伝う」


「…………いえ、ただ、欲しいと思っただけです」


 ラグナの言葉に、しばらく考えてからユウナギは席に戻る。胸に手を当て深呼吸をするとぽつぽつと話し始めた。


「……先祖の兜だったのでつい逸りました。お許しを」


「……気にするな。オレもいつまで冷静でいられるかはわからん」


「……はい」


 控えめに頷くユウナギ。そんな彼女の姿にラグナは罪悪感を覚えた。


 ここで取引されている物はすべて盗品だ。であれば、それらを取り返すことには何一つとして後ろめたいことなどない。むしろ、正しい行いと言ってもいい。

 今はその正しい行いを止めねばならない。本来ならば、ユウナギと一緒に飛び出して行ってあの兜を奪い返してしまいたい。だが、そうすれば、この街全てと戦争になる。そうなれば、情報を集めるどころではなくなる。


 待つしかない。目を逸らすしかない。それをユウナギにまで押し付けていることがラグナには我慢できなかった。


 こんな時ロンドならば、そんな考えさえラグナの脳裏に過る。正面から乗り込むか、あるいは賢くなれと諭すか、どちらもありえる。


 そんなラグナの心中とは裏腹に、競りは順調に進んでいく。兜には最終的には金貨一万枚という城一つにも匹敵する値が付けられ、アイデリアの好事家が競り落としたのだった。

 

『――続いての品は、北方クザン帝国よりの贈り物でございます。牙の千人長と聞けば、皆さまの背筋にも怖気が走ることでしょう!!』


 兜の代わりに現れたのは、鎖に繋がれた熊爪族ウェアベアーの戦士だ。

 遠目で見てもこんな辱めを受けるべきではない立派な武人であることがラグナにはわかった。


 実際、千人長の目からは意志の光が消えていない。この場にすべてのものを殺気に満ちた目で睨みつけていた。

 ラグナにとっては、清々しくさえある。そのような爽快な武人を見世物にしているこの街によけいに嫌気がさすほどに。


 それからも、競りは順調に行われた。物言いが入ることも、諍いが起こることもない。路上で行われる取引に比べれば、上品な社交の場といってもいいだろう。


 もっともそれは客の品位に由来するものではない。このゴドンにおいてこの競りは神聖にして、犯すべからざるものだからだ。

 もし仮に、この競りを妨害、ないしは競りの結果に不服を申し立てることはゴドンの街において最大の法度だ。どこの国の、どんな勢力でもその瞬間にこの街の全てを敵に回すことになる。


『――次の商品が、本日最後の品となります。私ども商会としてもこの品を皆様にお披露目できること非常に喜ばしく思っております』


 数時間後、競りは最後の品へと差し掛かる。よほどの出物なのか、念波から伝わる感情にも明確な熱が籠っていた。


 それに対してラグナはというと、この競りに対してすっかり興味をなくしていた。

 待てども待てども、遺跡に関する情報など出品されない。出てくるのは稀少な奴隷や価値のある盗品、戦力となりうる魔物ばかりだ。


 そのどれもがラグナにとっては唾棄すべきものでしかない。怒りを向けることはあれど、興味を向ける気にもならなかった。


『本日のトリを飾るのはこの品! あらゆる情報を引き出すことのできる()()()()()でございます!』


 会場全体にどよめきが走る。へりから身を乗り出し、危うく転落しかけたものさえいた。

 続けて上がるのは、歓声と拍手の混声合唱。今までにない熱気が渦巻いた。


 今、舞台へと現れた品にはそれだけの価値がある。百年に一度、いや、千年に一度の出物と言ってもよかった。


「あれは……」


 舞台の上の()()を見て、ユウナギがうめいた。彼女の目から見ても最後の品は理解できないものだった。


 中空に浮かぶ半透明な石板、のようなもの。その表面では数字やラグナ達には判読できない文字列が点滅していた。

 見れば見るほど、そこに存在していることにさえ確信が持てなくなっていく。あるいは、存在していることが間違い、そう感じさせるような何かがこのアーカイブにはあった。


 そして、ラグナにはもう一段踏み込んだ確信があった。あのアーカイブなる物体は自分の中にある虫食いと呼ばれる存在と同種の存在だ、という確信が。


『この()()()()()はヴィジオン大陸、最高にして最大の記録媒体です。つまり、古今東西、否、未来永劫、これから存在しうるあらゆる情報さえもこの内部には収納されているのです。その事実にどれほどの価値があるのか、ここに集った皆々様ならばご理解できるでしょう!』


 続く解説に、ラグナは目を見開く。

 

 あらゆる情報がアーカイブの中にはある。つまりは、ラグナ達が探している遺跡と『門』についての情報もあの内部には存在するということだ。


 周囲の反応を見れば、そこに嘘がないことがわかる。このアーカイブは語られている通りの品なのだと。

 であれば、なんとしても手に入れる必要がある。手掛かりどころか、答えそのものが目の前にあるのだ。もはや、慎重になる必要性すらない。


「……ユウナギ」


 ラグナはただ静かに名を呼んだ。それだけでユウナギはラグナの意図を理解した。


 ここで仕掛ける。言葉を交わすまでもなく、二人は互いの戦意を共有していた。

 残す問題は、ただ一人困惑しているリエルだ。彼女の安全さえ確保できれば、あとは――、


「――我が声を聞け!! この地に集いし不徳と悪行の奴輩やつばらよ!!」


 そうして、その声が響く。鬨を告げる鐘のような、あるいは、運命が崩れるようなそんな清澄な声だった。

 

 

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