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第四十六話 情報

 人が集まる場所には情報もまた集まる。それはこのゴドンにおいても変わらない法則だ。


 もっとも、ここに集う情報は他の街のものとは些か以上にその特性が異なる。

 ゴドンの街は背徳の街であると同時に、あらゆる国のあらゆる種族が訪れる国際都市でもある。当然、そこで交わされる情報も大陸中から持ち込まれたものとなる。


「魔導院は中立宣言を出したらしい。俗世には関わらず、だとさ」


「じゃあ、魔法使いの出物はなしか。クザンの拳士が流れてくるのを待つか?」


「いや、連中は調教に手間がかかる。首輪が効きづらいし、オレたちのレベルじゃ無理だ。いつも通りでいこう」


「北の難民狙いか。けっ、安く買い叩かれるのが関の山だぜ。それより、高い山を狙おう」


「いいや、北だ。クザンが侵攻して、戦線が広がってる。難民はもっと増えるから数で勝負だ」


 いかめしい顔をした人攫いたちの口から漏れるのは北で起きている戦の近況だ。

 彼らのような職種の者たちにとって情報は命の次に価値あるもの。さらってきた奴隷の価値は市場に左右される、そして、市場は情勢に左右されるからだ。


 ゆえに、ゴドン随一の酒場、酩酊館では日々大陸の趨勢について論じられている。その点で言えば、この酩酊館は大陸一の情報の集積地と言えた。


 だが、いや、だからこそ、ここにラグナの求めるものはない。


「……むぅ」


 ジョッキを持ったまま、ラグナは深々とため息を吐く。奥の席に陣取り、いつも通りの情報収集を始めて半日これといって成果は上がっていない。何人かに周辺の遺跡について尋ねてもみたが、そちらのほうも空振りに終わっていた。


「……いい加減、飽きてきたのですが」


 声を潜めて、ユウナギが言った。奴隷として振る舞う以上、椅子に座るわけにもいかず立ちっぱなしだった。


 そもそも、彼女の性分はこういった消極的な方策に向いていない。情報が必要ならば、その情報があるだろう場所に正面から乗り込んで堂々と聞き出すというのが、ユウナギのやり方だ。隠密性だの、政治的配慮だのは一切考えたことがない。


「ふむぅ……」


 もっとも、積極的に動くべきだというのはラグナも同意見だ。しかし、何の手掛かりもないのに動けば厄介ごとに巻き込まれるだけ、という経験則もある。それらを総合して考えた結果、もう少し様子を見るというのがラグナの出した結論だった。


「あの……私も、脚が少し……」


 そんなラグナに、リエルが囁いた。

 奴隷らしく見えるようにとぼろきれのような服を着ている。そのせいで余計にラグナの目には彼女が辛そうに見えた。


 瞬間、ラグナの中に迷いが生じる。こんなところでオレは何をしているんだ、と。

 ただ必死でロンドの代わりを担おうとしていたころにはこんな思いを感じたことはなかった。今自分が動かなければ誰が死ぬ、そう思えば迷っている暇など一瞬たりとも存在しなかったからだ。


 だが、今は直接的には自分のために動いている。

 鎧がなくても聖剣は振るえる。聖剣が振るえれば門は壊せる。門が壊せるのなら最低限勇者としての義務は果たせる。


 鎧を手に入れるのは、自分の身体を守るためだ。

 そうしなければ聖剣を十全にふるえないという理屈はわかっていても、ラグナにはどうしても遠回りをしているように思えてしかたがなかった。


「……そろそろ動くべきでは?」


「あ、あの、わたしもその方が……」


 二人にそういわれて、ラグナは兜ごと頭を抱えたくなる。そんな自分の不甲斐なさに歯噛みして、ようやく冷静さを取り戻した。


 二人の言うことはもっともだが、不用意に動けば街に来た時の二の舞になる。

 特にユウナギは歩く爆弾のようなものだ。少しでも手綱を緩めればこの街を壊滅させかねない。


 一方で、辛そうなリエルを放っておくのは信条に反する。半日立ちっぱなしというのは戦士でもない彼女には拷問のようなものだ。かといって、普通に座らせたのでは奴隷らしく見えない。


 そういったことを鑑みた結果、ラグナは行動に出た。


「――よし、こうしよう」


「へ? ひゃっ!?」


 ラグナは素早くリエルを抱き寄せると、膝の上にのせる。そのまま愛でるように、頭に手を置いた。


 こうすれば主人が奴隷を()()()()()()()ように見える。思いつめた末のやけくそめいた解決策だった。


「あ、え? あ、あの、どうして……」


「……こうすれば怪しまれずに休める、はずだ」


「そ、そうですけど……」

 

 突然膝の上に乗せられて困惑するリエル。誰かの膝の上に乗るということ自体が初めてなのに、こうして周りが人にいる状態でこんなことをされるなんて思ってもみなかった。


 けれど、落ち着く。この街に来てから不安と恐怖が常に心のどこかにあったが、今はそれがない。背中に感じるラグナの大きさが恐怖をかき消すほどの安心感を与えてくれていた。

 実際、ずっと感じていた周囲からのケダモノめいた視線も今は気にならない。たった一つ、すぐ隣から向けられている刺すような視線を除いては。


「……っぅ」


 睨まれている。殺気こそないものの、射貫くような鋭さでユウナギはリエルを見ていた。


 これほど強く見られれば、リエルような子供でもその意味するところは分かる。

 「うらやましい。そこを代われ」、むき出しの切っ先のような視線がリエルに突き刺さっていた。


 そうと分かればすぐにでもラグナの膝を譲るのが上策だ。この程度のことで切ったはったに発展するようなユウナギでないことはわかっているが、それでもへそを曲げられてはリエルではどうにもならない。


 問題は、このユウナギの視線にラグナが気付いていないことだ。気づいていてあえて無視しているということもあり得るが、ラグナがそんな器用なことができる人間ではないことはリエルも知っている。


「‥……‥あの、ラグナさん?」

 

 リエルが恐る恐る声をかける。どう言語化すればいいのかはわからないが、後退を提案することぐらいはできる。

 

「なんだ? どこか痛むのか?」


「い、いえ、そういうわけじゃなくて……というか、私は大丈夫なので……そのユウナギさんを……」


「ユウナギを?」


 リエルの言葉にラグナは眉を顰める。やはり、ユウナギの視線にも、その意味にもまるで気付いていなかった。


 そんなラグナにリエルは「よい戦士ほど他人に鈍感なもの」という母の言葉を思い出す。

 為すべきことを為そうとすれば、時には人の心や己の感情を無視する必要がある。大事を為す人間とはそういった鈍感さをどこかに持っているものだ、とリエルの母は娘に言い聞かせていた。


 今のリエルならばその言葉のもう一つの意味が分かる。リエルの母が愛した男もそういう人間だったのだ。だから、母も自分も置いて行かれたのだ。


 不意に、リエルの内にある思いが沸き上がった。


 ユウナギがラグナを想っているのは誰の目に明らか。気付いていないのはラグナだけだ。だから、もしそれに気付いかないようなら自分が気付かせてやる、そんな八つ当たりめいた決意がリエルの心に芽生えていた。


「ユウナギさんも足が痛いって言ってました。だから、代わります」


「……そうなのか?」


「え? 別に私は――」


「実はここに来る前にくじいたんですよね。代わります」


 二人の言葉を無視して、好意を押し付ける。戦闘でも回復でも役に立てない自分が役に立てるのはこの道しかない、と闘志に燃えていた。


 ラグナもユウナギもリエルの迫力に押されて頷くしかなかった。


「で、では、失礼して……」


 深呼吸するユウナギ。羞恥や喜びといった様々な感情が脳裏を過るが、この機会を逃すべきではないという直感に彼女は従った。


「う、む……」


 対するラグナは緊張に身を固くした。

 リエルは子供だが、ユウナギは違う。彼女ほどの美女を膝の上で侍らせたことなど一度もないし、はたから見てどれだけ破廉恥な行為かも自覚していた。


 それでも、互いの距離は近づく。ほんの一瞬、ここがどこかという認識さえ消え失せてしまいそうな中、その声が響いた。


『――紳士淑女の皆さま! お待たせいたしました! 本日のオークション、ただいまより開始でございます!』


 脳内に響く魔法による念話。この酒場だけではなく、ゴドンの街全体を対象としていた。


 そして、この念話こそがこのゴドンの街の本質ともいえるある催しの開始を告げるものだ。

 ゴドンの競り《ゴドンズオークション》。競売にかけられるのはこの世界に存在するありとあらゆる価値あるもの。そこには当然、情報という形なき宝も含まれていた。



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