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第四十四話 すべきこと

 

 ゴドンの街の悪評は、大陸中に広まっている。

 悪徳の街、奴隷の市、大陸の掃きだめ。この街を形容するよう言葉は数知れず、そのどれもが街の本質を言い当てている。


 ここ数百年の間、ゴドンの街は大陸の汚点であり続けている。この世界の汚濁と背徳の集積地と言っても過言ではない。


「……あの街も昔はまともだった」


 戻らない思い出を噛みしめるように、シスターが言った。

 ゴドンの街に潜入するには情報とかの街についての知識のある者が必要だ。その点で言えば、シスターの持つ生の経験は何よりも役に立つ。


 そう考えたからこそ、ラグナはその日の夜、シスターに話を持ち掛けた。だが、彼女の反応はラグナの予想とは違うものだった。


 シスターの瞳には深い悲しみが揺れている。どこか痛み耐えるような横顔はラグナの初めて見る顔だった。


「かつては大陸中の種族があの場所を中継して、砂漠を渡り、大陸の東と西を繋いでいた。だが、王国の成立以後、あの場所は不干渉地帯となった。王国の法も、商業連アイデリアの道理もあの場所では通用せん」


 事実を淡々と語りながらも、シスターの瞳は煌々と燃える焚火に向けられている。

 夜半を外で過ごすのは、孤児院を経営していたころからの彼女の癖だ。ゴドンについて話をしたいというと言ったラグナをシスターが連れだした。まるでそうすることで自分を守っているかのようだった。


「あの街は……あの街は…………あまりにも……」


 そこまで言って、シスターは唇を噛みしめる。続く言葉はそのまま消えてしまった。


「……あの街に行くのはやめておけ。ロンドもあそこには近づこうとはしなかったはずだ」


「……むぅ」


 黙り込んでしまうシスターに、ラグナも何も言えなくなる。


 どんな時でも、シスターは頼りになる。子供のころからそうだったし、今でもそれは変わらない。そこに無意識に甘えていたのかもしれない。


 シスターとゴドンの街の間にいかなる因縁があるのか、それはラグナには想像することしかできない。だが、彼女が苦悩しているという事実だけで己の甘さを恥じ入るには十分すぎる。


「……わかった。自分で何とかする。鎧がなくてもどうにかしてきたわけだし」


 これ以上甘えることはできないと、ラグナは奮い立つ。自分の情けなさを嘆く暇があるならば、少しでも行動に移すべきだ。


「……おまえというやつは」


 そんなラグナを見て、シスターは深々とため息を吐いた。

 本人に悪気は一切ないのだろうが、こんな態度を取られては黙ってみていることなどできない。シスターにしてみれば、いっそのこと癇癪でも起こしてくれた方がいいというものだ。


「……あの街のある辺りは大昔はドワーフの土地だった。砂漠になる前の話ではあるがな。ゆえに、もしかすると遺跡の一つや二つは埋まっているかもしれん」


「……探してみる」


 シスターの言葉に、ラグナはただ頷いた。これ以上、己の情けなさに拘ってはいられない。


 これかも戦いは続く。そのためにも力がいる。鎧を手に入れることで道が開けるのならばまずはそこからだ。


「それに、大昔、あそこでは魔族との大戦もあったはずだ。お前が知りたがっていた『門』についても何か情報が得られるかもしれん」


「門の……」


 ラグナの目の色が変わる。ここ半年の間、門の出現の情報と同じか、それ以上に探してきたのが門の発生原因そのものに関する情報だ。


 アトラス山の門を破壊して以来、明らかに魔界からの(ゲート)はその性質を変化させた。

 遺跡に迷宮を形成することなくなんの所以もない土地に突如として出現したかと思えば、今度は要石(コア)を抜きにして門が開く。ここ半年で分かっただけでも、正常に発生した『門』は一つとしてない。


 門が発生するための条件が緩くなってきている。このまま全ての条件が解除され、門が自由に発生させられるようならば、人間側に勝ち目などない。ラグナはそう考え、対策のために動いてきた。


 だが、その対策もこれと言った成果を上げられていない。ラグナにできたのはせいぜい門の発生した場所をしらみつぶしにすることぐらいだ。

 それではやはり限界がある。そのことは戦っているラグナ自身が誰よりも理解していることだ。


 いまや人界にとって門こそが最大にして最悪の脅威。その脅威への対処法が見つかれば、この戦いそのものを終わらせることも夢物語ではない。


 なおのこと、西へ、ゴドンの街に向かわなければならない。いい加減攻勢に転じるべき時だ。


「……すっかりやる気満々だな。実際にはどうするつもりだ? 正面から突っ込んでいって手当たり次第に尋問して回る、などとは言うなよ」


「…………なにか問題でも?」


「問題しかない。お前もユウナギも力押しに偏りすぎだ。少しは自分たちが大陸一のお尋ね者だということを思い出せ。ただでさえあの街には悪党しかおらんのだ。お前たちが二人乗り込んだが最後、あの街を地図から消すまで戦う羽目になるぞ」


 シスターの言い分にも一理あると、ラグナは考え込む。


 目的が遺跡の探索である以上、力押しは愚策。どうにか街に溶け込んで現地の情報を集めるのを第一とすべきだ。


 だが、ラグナもユウナギも今は大陸有数の大罪人だ。梟の兜の隠蔽効果があるとはいえ、潜入任務にはまったくもって適していない。


「……仕方があるまい。ここは――」


「――あ、あの!」


 背後からの声が割り込んだ。

 リエルだ。両手にいっぱいに薪を抱えて、今にも倒れそうだった。


 ラグナがすかさず助けに入る。薪を受け取ると、リエルを自分の座っていた場所に座らせた。

 ラグナは薪を何本かへし折ると、火の中に放り込む。眠れぬ夜にそうしていたように、火の番をしながら考え事をするつもりだった。

 

「あ、ありがとう、ございます」


「リエルは気が利くからな。私たちが外にいると聞いて薪を持ってきてくれたのだ。よい子だ、よしよし」


 恐縮するリエルの頭をシスターが無理やりに撫でる。手つきそのものは粗暴でがさつだが、その温度にある優しさをリエルも、そしてラグナも知っていた。


 アルゴーの街から山猫族の村に移ってからもシスターはリエルの親代わりとしてふるまっており、リエルの方もシスターやラグナ、ユウナギに対しては心を開いてる。


 問題はそこだ。リエルは村の人間とは接触的に関わろうとしない。村人たちの方もそんなリエルを遠巻きにするばかりで、いまだにリエルの扱いはよそ者のままだ。


「……あの、私、お話を聞いてたんです。それで、その何かお役に立てないかなって思って……」


 たどたどしくリエルが言った。盗み聞きしていたことを知られるのは恥ずかしかったが、それ以上に何か役に立ちたいという思いの方が強かった。


「どこから聞いていたのだ?」


「その、西の方にいかなきゃいけないってところからです。それで、何かお役に立てることがないかなって……」


 リエルの声は少しずつ小さくなっていき、最後には聞き取れないほどになってしまった。


 話を聞いていてたまらず声をかけたものの、リエルには自分がどう役に立てるという具体的な考えがあったわけではない。何の役にも立てず、どこにも居場所を作れない自分が嫌で仕方がない、そういった感情が彼女を動かしていた。


 ラグナにはそんなリエルの気持ちが痛いほど理解できた。


 ラグナにもそういう時期があった。いや、今でもそうかもしれない。

 だからこそ、その衝動に任せて動くことが必ずしも本人の幸福を招くわけではないことも知っている。

 リエルを自分のようにするわけにはいかない。そう考え、諭そうとしたラグナの声を――、


「――いや、お前にしかできぬことがある」


 シスターが遮った。

 子どものことを第一とするシスターらしからぬ一言に、ラグナはとっさに彼女の瞳を見た。そこには決意と覚悟の色が浮かんでいた。



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