第四十一話 王都にて
アルケイデン王国が本拠ガレアン城、その大広間では今までいくつもの重要な会談が執り行われてきた。
前回の大陸会議から半年、今宵の会合も歴史に記されるに足るものだ。
出席者は、国王ガイウス六世以下王国首脳陣、冒険者ギルドの各支部長、王国全土から召集された次の勇者候補たち。そして――、
「――それで、結局どうするんで?」
壮年の男がからかうような調子で言った。彼は会議といっておきながら延々と続く社交辞令に飽き飽きしていた。
机の上に足を乗せて、傍らには卯耳族と人間の美女を侍らせている。退屈そうにタバコを燻らせ、時折あくびまでしていた。
とても会議に出席するような態度ではない。無礼を通り越して、いっそ清々しくさえあった。王の御前であることを考えれば、死罪を命じられて然るべきでさえある。
だが、彼には、星の冒険者にはそんな蛮行さえ許される。
男の名は、アーネスト・クーガー。またの名を『穿絶』のアーネスト。ヴィジオン大陸最強の魔銃使いだ。
アーネストを含めて5人の星の冒険者のうち、半分がこの会議に召集されていた。
「我らで捕らえるほかない、というのは先ほど話したと思うが?」
鼻白んだ様子の若い剣士が応じた。金砂のような髪と碧の瞳は彼がアルケイデン王家に連なる血筋であることを示していた。
カスバート・ヴラム・アルケイデン。公爵家の至宝と呼ばれ、弱冠17歳にしてレベル100に到達した天才中の天才だ。
「そりゃ失礼。まあ、隣にこんな柔らかいもんがあるんじゃ仕方ないでしょ?」
「あん」
そんな称号へでもないと言うようにアーネストは両脇の女の胸元を弄る。女たちは嬌声を漏らしながら、彼に寄り掛かった。
カスバートは心底見下した声色でこう続けた。
「無頼漢風情が。そもそも貴様らがしくじったからあのような輩が聖剣を汚しているのではないのか。そのうえ、貴様らの一人はあの騎士目に手籠めにされ、寝返ったと聞く。忠誠心のかけらも持ち合わせぬ冒険者らしい話ではあるがな」
「そいつはごもっとも。しかし、お偉い王国騎士団の皆さんがしりぬぐいをしてくださると思ってたんですがね。いやはや、驚きでさ」
アーネストが応じた。王族が相手でも態度は変わらない。それどころか、これ見よがしに腰に下げた魔銃をちらつかせていた。
「貴様……」
カスバードの右手に力が籠る。アーネストも腰のホルスターに指をかけていた。
彼らの力量ならばただそれだけの動作でこの広間を崩壊させられるが、参加者たちに動じた様子はない。ただ一人、冒険者ギルドの長である若きメリンダ・ダイダロスだけが冷や汗を流していた。
彼女の年齢がわずか十二さんであることと、あくまでこの場には療養中の父親に代わってのは出席となれば仕方のないことではあった。代々ギルド長を担うダイダロス家の人間がこの場にいるということが重要だった。
「あ、アーネストさんの御無礼は、私がお詫びします! どうか、この場は穏便に……」
それでも勇気を振り絞ってメリンダが言った。代理だとしても自分がギルドの代表であるという自負がそうさせていた。
「おいおい、嬢ちゃんそりゃないぜ。おやっさんが過労でぶっ倒れたのだって、王国の馬鹿どもが無茶を――」
「わー! わー! どうかご勘弁を!」
なおも、挑発を続けるアーネスト。王国に対する憤りというよりは娘ほどの年頃の少女が慌てるさまを楽しんでいるようだった。
対するカスバードはますます怒りを深くしている。彼のような生真面目な人間にとってカスバードの態度も、メリンダの存在も許しがたいものだった。
一触即発。戦場もかくやという張り詰めた空気を、王の一声が破った。
「――控えよ。カスバード」
会場にいた全員が今にも殺し合おうとしている二人よりも、その声に注意を払わされる。アーネストでさえ不承不承ではあるものの、そそくさと姿勢を正した。
王の声にはそれだけの効果があった。
「へ、陛下、しかし……」
「余は控えよと言ったのだ」
なおも食い下がろうとするカスバードだが、二言目には抗えない。歯を食いしばって、席に戻った。
会議場に沈黙が訪れる。王の言葉の重みに誰もが言葉を慎んでいた。
「――どちらにせよ、聖剣は取り戻すという点ではここにいる全員の意見は一致していましょう」
そんなことを気にした様子もなく、アリアナは口を開いた。聖剣教会の司祭長である彼女には、王の言葉も効果がない。感情を封じた彼女のような司祭は威圧に対して強い耐性があった。
「アトラス山から放たれた光。あれは本来の聖剣の機能ではありません」
アリアナの言葉に口をさしはさむ者はいない。
聖剣教会の信徒でなくとも「始まりの聖剣」はヴィジオン大陸に生きる者なら誰でも知っている。その聖剣が未確認の効果を発揮したとなれば、垂涎の的といってもいい。少なくとも一端の冒険者ならばまだ見ぬアイテムに心を躍らせるだろう。
「あの光、蒼い魔力光はその強大さゆえに神々の封じた力です。かの力を用いれば、このヴィジオンの大地を割り、天に浮かぶ星々さえも堕とすことができるでしょう」
淡々と語られる聖剣の本来の力に歴戦の猛者たちでさえざわついた。
聖剣教会の司祭は嘘を吐かない。正確には、聖約による嘘を吐けない。その司祭の言葉となれば信じざるをえなかった。
「それほどの力がラグナ・ガーデンという個人の手にある。その危険性は大陸でも最高峰の力を持つ皆さまならばご理解いただけるかと」
今度こそ会議場は完全な沈黙に包まれた。
ここに集められたものは全員が一騎当千の強者だが、それでも大陸を割るほどの力は持っていない。だが、他者を寄せ付けない隔絶した強者であるからこそ、彼らは力に関して誰よりも知っている。
ゆえに、この世界を滅ぼすほどの力がたった一人の手に握られているという事実をもっとも実感できるのが彼らだ。その恐怖も、そして己でその力を握る優越も我が事のように思い描けた。
参加者たちの心に火が灯る。ある者の目は国を守るという使命感に、またある者の目には力への渇望が燃えていた。
「時に、司祭長殿。なぜ今聖剣がそのような力を発露したのか、何か心当たりはございませんのか?」
ただ一人、情熱も欲望も見せぬまま老人が尋ねた。
髭をたっぷりと蓄え、老年でありながら逞しい体を持つその人物の名はグスタブ・フォン・アイアネイアス。『王国の盾』、『護国の要石』、『騎士の中の騎士』と数多の異名をとる王国最強にして最古参の大騎士だ。
対クザン帝国の防衛戦の指揮も本来ならば彼がとるはずだったが、今回の会議のために王都へと呼び戻されていた。不本意かつ戦化を軽んじているとも思える命に当初は憤慨した彼だったが、この会議の間は努めて冷静にふるまっていた。
「いえ、わたくしにはとんと。何らかの方法で神々の封印を破ったとしか。なぜそのようなことをお尋ねに?」
アリアナの返答にはほんの微かだが感情の響きがあったが、巧妙に隠されたそれに気づくものはこの場にはいなかった。
「ほれ、力が顕われた所以が分かれば、封じる方法も自ずからわかるのではないかと思いましてな。しかし、分からぬということであれば各々の技と経験で対処するほかないということ。武人としての本領を試されるというわけだ」
毅然として言い放ったグスタブは鷹揚に席から立ち上がる。玉座のガイウスへと向き直ると、膝をついて首を垂れた。
「陛下、どうかこの老骨めに聖剣奪還を申し付けあそばしますよう。ラグナとかいう狼藉者も吾輩と同じ騎士、騎士の不始末は騎士たるこの身が片付けましょうぞ」
文句のつけようのない騎士の言上に、王は無言で応じる。鷹揚に立ち上がると、深く息を吸い込んだ。
彼の父、先代の王がそうであったように、ガイウスもまたグスタブを王の盾として全幅の信頼を置いている。
だが、今回はグスタブ一人に対して命を発するわけではない。この場にいるすべての騎士、冒険者が彼の命を受ける対象だった。
「――ガイウス・グラン・アルケイデンがこの場に集うすべてのものに命ずる。ラグナ・ガーデン、かの大逆人を生きたまま我が御前に引き出せ。これは王命である」
瞬間、発せられた王命に、空間そのものが傅いたかのようだった。
王命には逆らうことができない。心情的な問題ではなく、アルケイデン王国に属するという事実がその効果を実現させる。王国の民にとって王の言葉はその一つ一つが法であり、新たなる理そのものとなるのだ。
ゆえに、この命はラグナを待ち受ける運命そのものをも意味する。
これより先、彼の前に立ちはだかるのは大陸最強を自他共に許す超人たち。すなわち、この世界そのものが敵となったも同然だった。