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第四十話 戦場にて輝く

 ラグナとユウナギの参戦は、戦局に大きな影響をもたらした。


 最初に動いたのは、大打撃を被った魔軍だ。彼らは前線の戦力を二人の迎撃に回した。二人こそがこの戦場において唯一の脅威だと彼らは認識したのだ。


 同時にそれは、帝国、王国両軍が自由に軍を動かせるようになったということを意味する。魔軍からの圧迫が消えた今、互いのみを敵として認識できる。


 この時点で、両軍の将には二つの選択肢があった。

 継戦か、あるいは撤退か。決断を迫られた彼らは同時に同じ判断を下した。


 クザン帝国。アルカイオス王国。二つの軍は戦いを選んだ。彼らに退きのく場所などない。魔軍と乱入した二人を無視して、相手への攻撃に注力せよ、というのが二人の将の下した命だ。

 もっとも、その命が末端まで伝わるまでには時間がかかる。命懸けで戦っている兵士たちに、目の前の存在を敵かそうではないか区別しろというのは酷な話だ。

 結果として、戦場の兵士たちは自分たちを救ったラグナとユウナギを敵として認識した。否、敵という認識すらあやふやのまま、目の前のものへと刃を振るわんとしていた。


 総勢二万の軍勢と数百体のゴーレムの群れ。この戦場の全てが二人の敵に回った。


 しかし、絶望的ともいえる戦力を前にして、二人は一歩たりとも退しりぞくことはない。それどころか、宣戦を布告するように各々の得物を鞘から抜き放ってみせた。


 蒼い極光が闇を照らし、刀の波紋がそれを反射する。一瞬の静寂の後、二人は動いた。


 ユウナギに背中を任せて、ラグナが先陣を切る。

 二人の間に言葉は不要だ。ここ六か月の経験が、あるいは死線を潜り抜けたことで生まれた絆が、二人の連携を完成させていた。


 二人が目指すのは、魔界へ通ずる門。何が狂い、壊れていたとしても彼だけは、否、彼らは変わらない。


 迫りくる四方八方からの斬撃をラグナは左手の盾だけで防ぎ、弾き、血路を開いていく。ラグナが銀色の大楯を振るうたび、兵士たちが吹き飛ばされた。


 右手の聖剣は振るわない。人に使うにはあまりにもすぎた力だ。

 それでもなお、今のラグナは強い。レベル依然60程度だが、その身体能力ステータスはレベル80相当だ。正面からなんの子細工ぬきに戦ったとしても兵士たちなど相手にならない。


 ユウナギに関しては言わずもがなだ。彼女の力量レベルならば、兵士たちを殺さずに無力化する程度わけもない。


 そう、二人は誰も殺していない。戦場にありながら、二人の刃は一人の命も奪ってはいなかった。


 甘さや殺人への忌避からの行動ではない。

 ラグナがロンドに誓ったのは彼の代わりを果たすというものだ。であれば、決して人を殺すわけにはいかない。勇者は希望であり、魔を討つもの、人の世の守り手だ。その勇者が人の血を流すわけにはいかない、例えここが戦場であったとしても。


 二人の進撃は止まらず、瞬く間に戦場の真ん中に道が拓く。

 門が視界に入る。空間テクスチャに穿たれた巨大な穴。やはり礎となるアイテムは見当たらないが、問題はない。今ラグナの手には聖剣がある。


 だが、今少し門へと近づく必要がある。地上の物体に対して聖剣の最大出力で使えば、この場にいる全てを巻き添えにしかねない。周囲に被害を出さないためには、門に対して聖剣を直接叩き込む必要がある。それが()()()()()()()()()()()()()()だ。


 ここ半年で二人は幾度となく門を閉じてきた。今このヴィジィオン大陸において、この二人こそが魔軍の天敵と言えた。


 だが、敵は魔軍だ。決して容易い敵ではない。


 そのことを証明するように二人の頭上に、巨大な鉄の山が落ちてくる。十数体の鉄巨人が空中で結合し、その身を破壊そのものへと変えたのだ。

 言うなれば、『鋼の天罰(アイアンテンペスト)』。ここ半年の間で、魔物たちが行うようになった特異行動だ。


 その攻撃範囲から言って回避は不可能。走り抜けて門を狙うこともできるが、地上にいる兵士たちは全滅だ。


 ラグナの足が止まる。呆れたようにユウナギも立ち止まった。


「……またですか?」


「まただ。もし倒れたら後は頼む」


 それだけ答えると、ラグナは聖剣を担ぐように構えなおす。両足を開いて、大地を踏みしめるように腰を下ろした。

 迎え撃つつもりなのだ、この不可避の天罰を。


 そんなラグナを見て、ユウナギは深々とため息を吐く。彼女に言わせれば、戦場での優しさや温情は酔狂でしかない。ましてや、今まさに刃を向けてきている敵を助けるために命を懸けるなど酔狂を通り越して、もの狂いの所業だ。


 だが、だからこそ、共に戦う価値がある。

 ラグナの行動は正気の沙汰ではないが、どこまでも正しい。その頑ななまでの正しさにユウナギは惹かれた。


 惚れた弱み、とでも言うべきか。最期の瞬間まで、ユウナギはその正しさに付き合うつもりだった。


 彼女の眼前にはいまだ牙を向く戦場がある。

 両軍の兵士たちには頭上の天罰を見やるような余裕はない。彼等にとっては目の前の敵との生存競争がすべてだ。

 その上、機械の巨人を筆頭として魔軍の半数はいまだに健在だ。天罰の攻撃範囲から二人を逃すまいと群れを成して、迫ってくる。


 それらすべてをユウナギは一人で相手どらねばならない。彼女の力量レベルならば容易いことのように思えるが、今は殺せないという枷がある。ユウナギにとってもここは正念場だ。


 そんな状況で、ユウナギは微笑みを噛み殺す。彼女はこの状況が愉快でしかたがなかった。

 守るべきものを背に、十重二十重の敵を相手取る。これこそ侍の本懐だ。笑みの一つも溢れようというものだ。 


「ーー星よ」


 そんなユウナギの心を知らぬまま、ラグナは呪文(コマンド)を唱える。ユウナギは信頼できる、ラグナにはそれだけわかっていれば十分だった。


 蒼い刃が輝きを増していく。夜の海の灯火の如くなにもかもを照らし出した。


 振りかざした刃はあまりに重く、熱い。逆流した熱量が神経を焼いて、聖剣の機構がラグナの生命力を吸い上げていく。

 気を緩めれば一瞬で意識を失いそうな中、ラグナは剣の柄を強く握りしめた。


 なんとしてもこの力を制御してみせる。そうできなければ、世界を滅ぼすことにもなりかねない。

 頭上に迫る巨大な鉄の山もこの力に比べれば脅威ではない。いラグナにとって戦うべきはいつだって自分自身だ。


「――っ!」


 呼吸を止めて、聖剣を振るう。切っ先が空を切ると同時に、蒼い極光が放たれた。


 光はまっすぐに鉄の山へとぶつかり、火花の如き燐光を空へとまき散らす。


 拮抗は一瞬だ。極光は鉄の天罰を中央から断ち割り、光の残滓が巨大な円を形成する。

 その内側に生じるのは、無明の闇。収束の瞬間、鉄の天罰とそれを構成する十数体の鉄巨人はこの世界から跡形もなく消失した。


 その結果を見届けたうえで、ラグナは崩れるように膝をつく。聖剣を杖代わりにどうにか身体を支える。こみ上げた血を咳き込むように吐き出した。


 戦場において、致命的な隙。本来であれば、この瞬間に首を取られたとしておかしくない。

 だが、ラグナに近づこうとするものは誰一人としていない。ユウナギが立ちはだかっているというのもあるが、それ以上に戦場の全てが、恐怖を待たぬ魔物でさえもが、ラグナを恐れていた。


 聖剣の力はあらゆるものを滅する。HPが減少するわけでもなく、肉体が損傷するわけでもない。完全にこの世界から対象を消し去ってしまう。


 その現象はヴィジオン大陸に存在するあらゆる死の中でも最も異質だ。

 少しの異質さは敵意を呼ぶが、極まった異質さは恐怖となる。人類の脅威たる魔物でさえもラグナと『始まりの聖剣』を自分たちとは決定的に異なるものだと理解したのだ。


 ラグナの眼前に、道ができる。満身創痍、息も絶え絶えな騎士に戦場の全てが首を垂れていた。


 その道をラグナは一息に駆け抜ける。

 壊れかけの身体に鞭を打ち、聖剣を再び構える。蒼い残光が尾を引いた。


 道の先には『門』がある。

 機械の巨人たちが遅れて動く。彼らには気圧されるような心はない。あくまで無機質にラグナへと襲い掛かった。


 聖剣を振るったラグナに彼らに対応するだけの力は残っていない。

 本来ならば、詰みだ。門は閉じられず、戦争は続く。


 だが、今はラグナの隣にはユウナギがいる。彼女の刃はあらゆるものを両断し、ラグナの道を守ってみせた。


 そうして、聖剣が二度ふたたび振るわれる。蒼の切っ先は過たずその役目を果たした。


 門が閉じ、戦場に静けさが訪れる。鉱物の巨人たちは大地に帰るように姿を消していた。


 そして、ラグナとユウナギの姿も消える。一瞬の幻のようにその痕跡だけを残して、二人の英雄は戦場を後にしたのだった。



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