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第四話 逸れもの二人


「……それで、おまえはなにをしにきたんだ?」


「おや、まだ気になられるのですか?」


 はぐらかすユウナギに呆れながら、ラグナはシチューを胃に流し込んだ。

 

 このシチューを用意したのは、暖炉の側で眠っているリエルだ。今は猫のように丸まって寝息を立てていた。


「お前が眠るまではこっちも寝られない」


「ふむ。そこまでおっしゃるなら縛られます? この小屋でも縄くらいはあると思いますけど」


「ついでに武器も預かる」


 「それは嫌です」とユウナギ。彼女はわざとらしく刀を手元に寄せてみせた。

 

 やはり、読めない。


 ラグナはここ数時間ユウナギの思惑を探ろうとしているが、何度もはぐらかされている。

 ユウナギは常に笑みを浮かべている。美しくはあるが、張り付けたような微笑みがラグナには不気味だった。


 そのうえ、ユウナギのレベルは120。勇者であるロンドのレベルでさえ100だったことを考えれば驚異というしかない。

 そこまでのレベルを持つのは人間界でも数人しかない。勇者でも、()()()でもないとすれば、ありえるのは――、


「私は、ただ任を果たしに参っただけです。もっとも、その任も貴方に取られてしまいましたけど」


「……『星』の冒険者か」


 ラグナの答えを、ユウナギはロザリオを取り出すことで肯定してみせる。ロザリオの中心には光輝く星光石スターライトがあしらわれていた。


 冒険者ギルドに所属する冒険者には、その成長限界に応じた位階のロザリオが渡される。

 冒険者の位階は下から、蛍、篝火かがりび、灯台、稲光。そして、レベル100を超える最上位の者たちにのみ許される『星』が存在する。

 星の冒険者ともなれば、勇者に並んで人界の切り札と称されるほどの戦力だ。


 ラグナのような凡人では比較にもならない。ユウナギがその気になればこの小屋どころか村そのものを簡単に吹き飛ばせる。

 

「『断絶』のユウナギ。それなりに名前は知られているつもりだったのですが……」


「……悪いな。あまりお前たちに興味がない」


 ラグナの挑発にもユウナギは表情を変えない。

 花のような笑みを振りまきながらも、どこか冷たい気配を放っている。


「そういう貴方はとても有名ですよ。聖剣を盗んだ大罪人としてですが。自分の首にどれくらいの賞金がかかっているかご存じです?」


「百万(グラン)、くらいか?」


「いえいえ、一億Gですよ。史上最高額だと皆さん大騒ぎでした」


 一億という数字に絶句するラグナ。

 百万Gあれば王都の一等地を買い取って豪邸を立てられる。一億Gもあれば大貴族でさえ首を垂れて、領地を差し出すだろう。


 自分の首にそれだけの価値がある。

 そう考えると、どこか誇らしいような、恐ろしいような、複雑な心持だった。


「で、それが目当てなわけか」


「金に興味はありません。さっきほども言いましたが、私がここに来たのは別の仕事です」


 ユウナギは初めて退屈そうな声を上げた。ため息を吐く姿さえ一つの絵画のように美しかった。


「私が請け負ったのは魔軍の侵攻に対しての防衛任務(クエスト)です。報酬も低く、達成難度も高いので楽しめると思っていたのですけど……まさか、貴方にお会いできるとは思っていませんでした」


「……光栄なことで」


 通常、冒険者ギルドは魔軍とは直接戦闘しない。それはあくまで勇者の役割だからだ。

 だが、勇者は死んだ。そのしわ寄せを食ったのが冒険者ギルドというわけだ。


 確かに三大国すべてに支部を持ち、強力な戦力を有する冒険者ギルドならば魔軍にも十分対応できる。

 実際、ラグナが戦わずともユウナギ一人で青鱗兵団を撃退することもできたはずだ。

 

「……じゃあ、本当にオレと戦う気はないのか?」


「それはまだわかりません。貴方次第というべきでしょうか」


 思わせぶりな態度を崩さないユウナギに、ラグナはますます困惑を深める。


 ラグナでは逆立ちしてもユウナギには勝てない。

 あまりにも生まれ持った成長限界さいのうが違いすぎる。

 戦術や作戦でひっくり返せるレベル差はせいぜい10程。倍のレベル差ではもはや戦闘そのものが成立しない。蟻と竜が戦うようなものだ。


 しかし、挑まれるのならラグナは戦うつもりだった。

 勝ち目の有り無しはもはや足を止める理由にはならない。無茶無謀は百も承知で、ラグナは親友に誓いを立てた。


 それに、不可能という意味では青鱗兵団との戦いも同じだった。戦いもせずに諦めるほどラグナは潔くなどない。


 そんなラグナの覚悟もどこ吹く風で、ユウナギはリエルの髪を撫でている。

 一見隙だらけだが、一歩でも間合いに踏み込めば間違いなく切り捨てられるとラグナは確信した。


「青鱗兵団との戦い……あれは見事でした。何度傷を負い倒れても、立ち上がる。本来なら死んでいるはずのダメージを受けて、戦い続けるなんて『わたしたち』にもできません」


「……見ていたのか」


「はい。実に胸の躍る光景でしたとも」


 戦いを見ていながら手助けしなかったのだと、ユウナギは言ってのけた。

 ラグナもそれをとがめる気はなかった。あの戦いはあくまで己一人のもの。はなから手助けも援軍も期待していない。


「でも、解せません。貴方は特別なスキルを持っているわけでも、魔法を使えるわけでもありません。ましてや、勇者でもない。そんなあなたがどうしてあそこまでの戦いができたのか……聖剣の加護、というものですか?」


「……いや、違う、と思う。聖剣の効果はあくまで魔への特効のはずだ。どうしてあんなことが起きたのか、オレにも……」


 本来ならば情報を隠しておくべきなのだろうが、ラグナはそうしなかった。『星』の冒険者ならばこの奇怪な現象について何か知っているのではないか、そう期待してのことだった。


「うーん、私にもわかりかねますね。貴方のそれは我々の知る『スキル』の範疇にはないのかもしれません」


 スキル、あるいは戦技とはこの世界における魔法と対を成す力の象徴だ。

 レベル上昇により獲得されるこれらの能力は能力者の意志一つであらゆる法則を無視して確実に作用する。スキルさえあれば子供の筋力で大岩を持ち上げることも、鋼より硬い皮膚をえることも可能となるのだ。

 

 だが、そんな神の手による奇跡さえ今のラグナには当てはまらない。最高位の冒険者であり数多のスキルを自在に行使するユウナギの言葉であるからこそ説得力があった。


 ますますわからなくなってラグナは己の手のひらを見つめる。


 ごつごつとした手のひらはいつもと何も変わらないように映る。

 しかし、自分の中で起きている変化をラグナは知っている。


 ただそれがいつからなのかがわからない。友を亡骸に誓いを立てたあの日からなのか。あるいは、この世に生を受けたその日からそうだったのか。


「――ぅうん」


 ラグナの思索に割り込むように、リエルがうめき声をあげた。

 黒い髪がはらりと落ちる。服がはだけそうになり、ラグナは毛布を掛けてやった。


「ここは、ダークエルフたちの村でいいのか?」


「正確にはその外れですが」


「よく、受け入れてもらえたな」

 

 ダークエルフという種族は人間族からは疎まれ、魔族からも迫害されている。

 エルフと魔族の混血児を祖とするが故といわれているが、実際のところは定かではない。


 はっきりしているのは、このダークエルフという種族が辺境に追いやられ、踏みつけにされてきたということ。彼らは生きるため、そして、団結するために排他的にならざるをえなかった。


「別に村全体が受け入れてくれたわけではありません。貴方を助けたのも、貴方が村を救ったということを知っているのもこの子だけです」


「……そうか」


 ラグナはそれ以上詮索しなかった。


 どんな場所にも爪はじきにされるものはいる。

 ほかのあらゆるものから排除されてきたダークエルフたちの村でもそれは変わらない。

 たまたまリエルがそうだったというだけ。彼女自身に罪はないし、またそうしている村人たちを一方的に責めるつもりはない。


 ましてや、今のラグナ自身もリエルと似た身の上だ。いや、あるいは聖剣を盗む前から、そうだったのかもしれない。


 ラグナはいつでも自分のあるべき場所を探していた。ここでならば死んでもいい、そう思えるような場所を。

 ボンコツとさげすまれてなお戦場に立ち続けたのも、あるいは親友の最期の言葉に誓いを立てたのも、すべてはそのためだけだったのかもしれない。

 そうして、友の隣に見出したと思っていた。だが、こうして生き延びてしまった。ならば、もはや――、


 ラグナは己の身勝手さに苦笑した。これだけのことをしでかした理由わけがこんな自棄だと知れば、王国もギルドも呆れて剣を収めてくれるのではないかとさえ思った。


 だが、もう止められない。大河の流れが止まらぬように、ラグナもまた己の足を止められるほど器用ではなかった。



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