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第三話 ありえない

 ラグナはぱちぱちと火のはぜる音で目を覚ました。


 屋内だ。みすぼらしい小屋の中にいる。小さな暖炉で火がくすぶっていた。


 ラグナは寝かされていたベッドの上で、痛む体をゆっくりと起こす。

 全身には包帯が巻かれている。薬草の匂いが鼻をついた。


 小屋の中にほかに人影はない。

 ぼろぼろのラグナの鎧がベッドの側に置かれている。肝心の聖剣もすぐそばに立てかけられていた。


「……どういうことだ?」


 もはや死んだものだと覚悟していたラグナにしてみれば、こうして生きていることは驚きだった。


 ましてや、この状況からいって誰かに助けられたことは明白だ。ラグナにはそれが一番信じられなかった。


 今のラグナには味方といえるものは一人もいない。

 人間には聖剣を盗んだ反逆者として追われ、魔族にしてみれば仇敵の仲間だ。実際今のラグナは聖剣教会から破門され、冒険者ギルドからも最重要指名手配(バウンティ)として追われている。

 気絶している間に首を切り落とされることこそあれ、こうして誰かに救われることなどまずありえない。


 一人で戦い、一人で死ぬ。王国が南部辺境領を切り捨てると聞かされた時から、あるいはロンドの棺から聖剣を持ち出した時から、そうなることは覚悟していた。どんな罵りの言葉を受けることになっても、どれほどの傷を負ったとしても、どこで野垂れ死のうともそれが自分の選択だと受け入れていた。


 


 だというのに、助けられた。

 感謝すべきなのか、罠と警戒すべきなのか、あるいは助けられたことに怒るべきなのか、ラグナは混乱の最中にあった。


 しかし、考えたところで答えは出ない。


 ラグナは立ち上がると、鎧を包帯の上から纏った。

 レベル50に上がった記念に購入したミスリル銀の鎧。白銀に輝いていた胸板には無数の穴が開き、べったりと血糊がついていた。


 青鱗兵団との戦いはまさしく死闘だった。

 三日間の戦いで、ラグナの受けたダメージは数十万にも及ぶ。

 ラグナの最大HPは5000。本来であれば荒野に転がっているのは青鱗兵団ではなくラグナのはずだった。


 だというのに、勝利した。数百の兵士を殺し、ついには先鋒軍団を率いていた四腕のドルナウまでもを打倒した。


 誰よりもラグナ自身が己の戦果に驚愕していた。

 何が起きていたかはラグナも理解している。しかし、なぜそうなったのかはラグナ自身にもわかっていない。


 あの戦いの間、ラグナはいくどとなく死んでいた(HPが0になっていた)

 通常であればその時点で動けなくなるはずだが、ラグナは動くことができた。死んでいるはずなのに立ち上がり、戦うことができたのだ。


 死体を魔術で動かす死霊魔術の産物でも、屍が命を得たアンデットでもHPが0になればその機能を停止する。それがこの世界のルールだ。例外はない。

 可能性があるとすれば勇者のみが持つという『十二神の加護』だが、勇者ではないラグナが習得できるはずもない。


 それに、仮に『十二神の加護』を習得していたとしても効果が異なる。かのスキルは死後の魂を保護し、新たな肉体を再構成するものだ。差し迫った死から習得者を守るようなスキルではない。


 ステータス(…………)を呼び出す。脳裏に現在レベルと各種能力値のバロメータが表示された。

 スキル欄を見ても、新しいスキルは見当たらない。


「……ん?」


 ステータスを閉じようとしたラグナは新たな異常に気が付いた。


 数値が上昇している。HPから運勢まですべての数値が微増していた。


 これもありえないことだった。

 青鱗兵団の戦いの前、ラグナのレベルは60だった。つまり、成長限界レベルリミットに到達していた。


 成長限界に達したものはそれ以上成長することはできない。いくら鍛錬を積もうとも、どんな強力な魔物を倒そうとも、もう能力値は上昇しないのだ。


 ゆえに、この世界では成長限界はその人間の価値そのものとされている。神々が定めた越えられない壁、それが成長限外だ。


 その壁をラグナは越えてしまった。


「どういうことだ、ロンド」


 途方に暮れて、ラグナは親友の名を呼ぶ。返事がないとわかっていてもそうすると少しだけ安心できた。


 『十二神の加護』は失われ、ロンドの魂は天に昇った。

 ありえない、というのならこの勇者ロンドの死こそありえない。


 だが、ほかならぬラグナ自身が誰よりもその死を実感している。

 腕の中で失われていく熱と光はどうしようもなく現実だった。何度夢であれと願っても覆ることはない。



 託されたものの重さも依然変わらない。


 ラグナの胸の内に炎が灯る。疑問や困惑などこの炎の熱さに比べたら取るに足らないものでしかない。

 自分の身に何が起きてていたとしても、誓いは今もこの胸にある。ラグナにはそれで十分だった。


 聖剣を杖代わりに、ラグナは立ち上がる。


 傷はまだふさがりきっていないが、内臓の再生は終わっている。

 眠っていたのは三日ほどだろう。あと数時間もすれば十全に動ける。

 ラグナ自身役に立たないスキルと切り捨てていた身体再生(小)に感謝することになるとは思ってもみなかった。


 装備一式を身に着け、状態を確かめる。ほとんどが破損して用をなさないが、それでも装備していないよりはマシだ。


 不意に、ラグナは気配……を感じた。

 今までにない感覚だったが、小屋の扉の向こうに誰かがいるとラグナは確信した。


「目を、覚まされたのですね」


 扉の向こうから凛とした声が響いた。女の声だ。


「入ってもよろしいでしょうか?」


「……どうぞ」


 家主でもない自分が許可を出していることに戸惑いながら、ラグナは剣を手放す。


 敵意や悪意があるのならわざわざ声をかける必要はない。家の外から仕掛ければ済む話だ。

 であれば、ことさら武器を誇示するのは愚かだ。無駄に相手を警戒させることになるし、もし扉の向こうにいるのが助けてくれた相手ならば恩を仇で返すことになる。


「君は……」


 扉を開けて現れたのは、少女だった。

 褐色の肌に長い耳。ダークエルフだ。今のラグナと大差のないみすぼらしい服装をしていた。


 怯えている。

 ラグナは、がっしりとした体格としかめっ面のせいで子供によく怖がられていたことを思い出した。


「君が、助けてくれたのか」


 親友ロンドの助言を思い返して、ラグナはどうにか笑顔を作ってみせる。

 しかし、もともと慣れていないせいで少女は余計に怖がってしまった。


「むぅ……」


 どうしようもなくなってラグナは呻き声を上げる。

 やはり、子供の相手は苦手だ。こればかりはロンドのようにとはいかない。


「おやおや、子供を怖がらせるなんていけない殿方ですこと」


 助け舟を出すように、先ほどの声が響く。扉の影から人影が姿を現した。


 ラグナの感じた気配は少女ではなく、この女のものだ。


 女は奇妙な藍色の服を身に纏い、腰に細身の剣が差している。長い黒髪は膝まで伸びて、黒いヴェールのようだ。


 記憶を辿り、ラグナは女の職業(ジョブ)にあたりをつけた。


「……侍か」


「はい。ユウナギと申します。以後、お見知りおきを」


 ユウナギと名乗った女は少女を連れて、小屋の中に入ってくる。少女はユウナギの後ろに隠れるようにしていた。


「こちらは、リエル。この小屋の主人で、あなたの恩人です」


 ラグナは膝を折って少女と視線を合わせようとするが、少女はますます後ずさってしまう。ラグナは自分の愛想のなさに内心苦笑した。


「まあまあ。リエル、先ほども言ったでしょう? ラグナ殿はお顔が強いだけで恐ろしい方ではないのですよ?」


「お前……」


 ユウナギの発言に、ラグナは警戒をあらわにする。


 ラグナ・ガーデンの名を知るものはそう多くはない。少なくとも聖剣を盗み出すまでは勇者の仲間、その一人に過ぎなかった。

 ゆえにラグナの名を知るものがいるとすれば、聖剣奪還のために差し向けられた刺客と考えるのが自然だ。


「ふふ、そんなに殺気を振りまかれては余計にリエルに怖がられてしまいますよ」


 言いながらユウナギは、リエルの肩に手を添える。いつでも首をへし折れると脅しているようなものだった。


「ご安心を。私の目的はそこの剣ではありません。でなければ、手持ちの薬草をあなたに全て使ったりはしません」


「……わかった」


 ユウナギの言葉には一理あった。

 聖剣が目当てならば眠っている間に取り上げてしまえばいい。わざわざ自分が目覚めるまで待ったということは他に目的があるのだ、とラグナは結論付けた。


「といっても、倒れていた貴方をここまで運んだのはこのリエルですし、私に貴方を助けてくれと懇願したのもこの子です。そういう意味でも、貴方の恩人はやはこの子でしょう。ねえ、リエル」


 リエルは何も答えない。ただ青色の瞳がラグナを見据えていた。


「ありがとう。君のおかげでまだ生きている」


 しっかりと頭を下げ、ラグナは右手を心臓に当てる。騎士としての礼だ。恩には命を持って報いるという一種の誓いだった。


「………その………あの………どういたしまして」


リエルは消え入るような声でそう言って視線を伏せた。恐れているのではなく、今は恥ずかしがっていた。


「それで、お前はなんだ?」


「なんだ、とは随分な言われよう。このユウナギ、悲しくて泣いてしまいます」


 わざとらしく泣き真似をするユウナギに、ラグナは疑問を深める。

 何を考えているのか、まるでわからない。おそらくは冒険者なのだろうが、その目的がラグナには読めなかった。


「ともかく、まずは夕餉といたしましょう。お互いつまる話もあることですし、ね?」


 悪戯っぽく笑うユウナギ。その笑みに、ラグナは背筋の凍るような冷たさを見出した。


 ラグナは無礼を承知で、ユウヌギのステータスを許可なしに閲覧する。

 相手の実力を知れるとは期待していなかった。多くの冒険者は自分のステータスを道具やスキルで隠ぺいする。そうでなければ手の内が知られてしまうからだ。


 そんなラグナの予想に反して、あまりにもあっさりとユウナギのステータスは表示された。

 職業は侍。そして、レベルは120。ラグナの倍、四腕のドルナウさえも超えて、いわゆる神の領域(オーバード)にさえ達していた。



第四話以降は明日から投稿されます。続きが気になる場合はノベルアッププラスで先行してますのでよろしくお願いします

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